2、境内にて

 大鳥居をくぐって境内へと足を踏み入れると、木々が遠巻きに取り囲む敷地内に様々な建造物が立ち並んでいるのがまず目に入った。


 右手側には手を清めるための手水舎ちょうずしゃと物品を取り扱う授与所じゅよじょや住居らしき建物があり、左手のほうには小さなほこらがあるのが見え、その前では浴衣やコスプレ衣装で着飾った少女たちがいくつかの集団をつくっていた。


 遠く前方には重厚ながらもこぢんまりとした拝殿が見え、その前に広がる参道に沿うように、焼きそばや焼きトウモロコシ、ワタアメ、金魚すくいやヨーヨー釣りのような定番ともいえる出店でみせの屋台が所狭しと並び、さまざまな年代の男女がそれらを楽しんでいた。


 それらのにぎわいから少し離れたところにできている人だかりのひとつに、ひときわ異彩を放つ存在を見つけて龍星と陽樹は目を丸くする。

 それは大きな目と口、小さな鼻と漫画のようにデフォルメされた可愛らしさを前面に押し出した百五十センチほどの二・五頭身の巫女の着ぐるみだった。


「さっき来たときはあんなでっかいぬいぐるみとかいなかったのに」

「着ぐるみってやつだね」

「ああ、中に人が入ってるのか」

「それでなくて動いていたら、それはそれですごいよ」

「ということはあれもコスプレかな? 動きにくいうえに暑そうだし、かなり中の人は大変だろうな……しかし不思議だな。初めて見るはずなんだけど、なんか見覚えがある」

「そりゃあまあ」

 と陽樹が周囲に頭を巡らす。


 龍星も同じようにしてみると、ポスター、祭り提灯ちょうちん、人々が手にしてる団扇うちわやワタアメの袋と、あちらこちらに同じようにデフォルメされたキャラが描かれているのが見てとれた。

「ん? 特に気にしてなかったけど、ここでの祭りの主役かなんかか?」

「どうだろう? あっ、そこで団扇配ってるけど、リュウちゃんはいる?」

 屋台の近くで団扇が配られているのを見かけて、陽樹が聞いてくる。

「いや、俺はいいや」

「じゃあ、ちょっともらってくるね」

 

 陽樹が団扇をもらいに行っている間、龍星はこの境内の中でもとりわけ異彩を放っている巫女の着ぐるみをじっくり観察することにした。

 着ぐるみ巫女は子どもやコスプレした少女たちに囲まれ、彼らとのツーショットやちょっとしたポーズを取った写真を撮られている。

 動きにくそうに見えるが、その実、身のこなしはかなり軽やかなほうで、それに加わるコミカルさがまた人気を呼ぶのかそれなりに人が周囲に集まっていた。

 しかし動きや姿に愛嬌はあるはずなのだが、いかんせん張り付いたような笑顔のまま表情が変わらないのが微妙にホラーっぽくも見える。

 そんなことを考えながら見続けていると、龍星の視線に気づいたのか、着ぐるみ巫女は彼のほうへ顔を向けて可愛らしく小さく手を振ってきた。

 その無邪気むじゃきな仕草につられて龍星も思わず軽く手を振り返す。

 ついさっきまでホラーっぽく見えていた表情も妙に可愛らしいものへと思えてきた。

(しかし、いくら可愛らしいといっても、アレをカノジョにするというわけにはいかないしなあ)

 と考えていると、着ぐるみの巫女は他のゆるキャラの着ぐるみに手を引かれて、祠の前にできている人だかりのほうへと移動してしまった。


 それと入れ替わるようにして、団扇を手に戻ってきた陽樹が、

「お待たせ。あのキャラはここに奉られている服と福の神様を模したマスコットキャラクターのヒーメちゃんだって。団扇にそう書いてあるよ」

 と説明してみせた。

「ヒーメってカタカナなのは、元は外国の神様だったりするのか?」

「いや、男の神様が『ひこ』、女神様は『比売ひめ』だからそこから来ているんじゃないかな。名前だけで詳しい由来とかは書いてないけど」

「ヒメだからヒーメちゃんか、単純だな」 

「マスコットにひねったネーミングはいらないって考えでしょ。で、さっきの話の続きだけどどうするの?」

「さっきの話って?」

「ブルーグレーだかブルーローズな感じの青春」

「ああ、そういやさっき脱線したな。それなんだけど、この祭りに来る前に思いついたことがあってだな」

「聞かせてもらいましょう」

「うむ。『何かお手伝いしましょうか』作戦、英語で言うと『メイ・アイ・ヘルプ・ユー』作戦だ」

「なんでわざわざ英語にしたの? まあそれはいいとして、その内容を詳しく聞かせてもらってもいいかな?」

「つまりだな、たとえば草履の鼻緒が切れちゃって困ってる女の子がいたとする。そんな彼女の草履をささっと直してあげて、それをきっかけに仲良くなっていくという感じで、まあ簡単にいうと、困ってる女の子を助けてコレ幸いと仲良くなろう、というプロジェクトなわけだ」

「なんだか遠大な計画みたいだけど、行き当たりばったりじゃないのかなあ。だいたい、草履の鼻緒が切れるとか、いまどき時代劇でも見ないよ。その時代劇も今じゃそんなに見ないけど」

「そう思うだろ? ところがだな、これが案外上手くいってしまいまして」

「というと? 鼻緒が切れた女の子に遭遇したとか?」

「いや、そうじゃないんだが、実はもう女の子にある頼み事をされていてだな、男手が必要らしいんで、お前さんが来るのを今か今かと待っていたんだ」

 龍星の言葉に、陽樹はようやく感心したような表情を見せて、

「へえ。で、その頼み事って?」

「まあとりあえず歩きながら話そう。こっちだ」

 龍星は境内から少し外れて、神社の横手に回るように陽樹を誘って歩き始める。


「さっきも言ったとおり、祭りの始まる三十分も前にここに着いていたわけなんだが、お前さんが来るまで暇なんで、準備中の出店を見たり、可愛いはいないかなー、とぶらぶらしていたらだな……」

 龍星はここでいったん言葉と歩みを同時に止めて大きく深呼吸すると、

「なんと、三人の巫女さんに声をかけられたのだ!」

 目を輝かせながら言った。

「声をかけたんじゃなくてかけられたんだ」

「ザッツライト」

「いや、だからなぜ英語。でも、なんか話がうますぎやしないかい? キツネやタヌキのたぐいにだまされてるとかじゃ?」

「たとえ狐狸妖怪こりようかいだろうと、女の子にだまされるのなら本望だ」

「前向きだねえ。で、どんな感じの巫女さん?」

「よくぞ聞いてくれた。ひとり目がおっとりした育ちのいいお嬢様風の物腰が穏やかな巫女さん、ふたり目はメガネをかけたムネが大きいお姉様系巫女さんで、三人目はボーイッシュでアクティブなネコミミ帽子をかぶった巫女さんと、そんな感じでなんというか男子が夢見る理想形がそろっててだな」

 朗らかに答えた龍星だったが、陽樹は憐れむような視線で、

「ゲームやアニメにはまり始めた影響がこんな形で……」

「大丈夫。ふざけたことを言ってるように聞こえるかもしれないが、理性はきちんと仕事してる」

「そうは言うけどね、『それ、なんてタイトルの新作?』ってみたいになるのは普通の反応だと思うよ。新作と呼ぶにはチープで陳腐ちんぷな内容だと思うけど」

「どうでもいいことでいんを踏むな。まあ『百聞は一見にしかず』と言うし、実際に見てもらったほうが早い。というわけで、こっちだ。この先で待ち合わせしてる」

 龍星は陽樹をうながすようにして、神社の裏手のさらに奥へと向かった。

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