そこへ、次なるお客がやってきた。若い男だった。頭と肩に積もらせた雪を払い落としながら、一秒でも早く安全地帯の奥へと避難しようと早足で受付へ進んでいく。受付さんは既にカウンターの向こうに生えており、来客用の笑顔を皮膚のすぐ内側に用意している。

 ローテーブルを囲む四人はじっと黙り込んで、受付での手続きに耳をすませる。すると、新しくやってきたのはフリーターさんだということが分かった。

 ちょうど漫画家さんが温泉から満足げな表情で帰ってきて、受付を横目に通り過ぎてソファに座った。

 手続きを終えるとフリーターさんは荷物を持ったままローテーブルに近づいてきた。そして「みんな計画のメンバーっすよね?」と酒に尋ねるように言った。

「そ」漫画家さんが歓迎の意を示す陽気さを滲ませて答えた。

 フリーターさんは顎を突き出すような会釈をしてからソファに腰掛けた。「えと、ここにいるのが俺含めて六人なんで、リーダー以外はあと一人で全員集まる感じっすかね?」

「いえ、あと二人ですね」とリーマンさんが答えた。「学生さんと、看護師さん」

「ああ看護師さんはノーカンで」とフリーターさんは手をひらひら振って言った。

「どういうことです?」と弁護士さん。

「ああ、えと、そっすね、ちゃんと説明しないとすね。ひとまず整理するんでもうちょい待ってください」

「とりあえず飲みますか?」声優さんがローテーブルの上の酒天国を手で示しながら尋ねた。「飲みながらのほうが話しやすいでしょうし」

「いんや俺酒ダメなんで、すんません。それより誰か煙草持ってないすか?」

「あ私持ってます」声優さんが活発な優等生のようにまっすぐ挙手する。そしてパーカーのポケットからインディアンの絵がプリントされた黄色い箱を取り出し、片手で慣れた手つきで一本飛び出させて差し出した。

「アメスピすか渋いっすね。親父がよく吸ってたなあ、あざす」フリーターさんは片手で拝むようなポーズをとった後、煙草を一本抜きとって口にくわえた。ライターは持参しているようで、ダウンジャケットのポケットからジッポを取り出してキィンとジッポライターの音としか形容しようのない金属音を空間に刻んでキャップを開け、親指でホイールを何度かこすって火をつけた。「あやべ、禁煙すよね普通ホテルって。どうかしてるわ俺。喫煙ルームどこすかね?」

「二階にございます」いつの間にか背後に立っていた支配人さんが言った。

 ローテーブルをぐるりと囲む一同の視線が縦横無尽に張り巡らされているにもかかわらず、彼がそこに立っていたことに今まで誰一人気づかなかった。

「二階すね、あざす」と席を立とうとするフリーターさんを声で押さえるように、支配人さんが「現在二階へ上がることはできません。ですのでここで吸って頂いて結構です」と間髪入れずに言った。そしてドラマの殺人事件で凶器にされがちなガラス製灰皿をローテーブルに置き、ことんと品のいい音を放射状に拡散させた。

  フリーターさんは疑問を舌で転がすような表情を浮かべながらも浮かしかけた腰を素直にソファに戻し、天井を見上げた。「火災報知器と平気な感じすか?」

「煙草くらいでしたら問題ないかと存じます」「ふうん。俺アパートで三回鳴らしちゃって消防にめっちゃ怒られたことあっから軽くトラウマなんすよね」

 そうは言うも、火種から立ちのぼる煙が蛇行して体力を無駄に消費し、高すぎる天井の半分にも満たない位置で空気に淡く溶けて透明になるのを見て、安心したようにうまそうに彼は煙を吸い始めた。

「声優さんって煙草吸うんですね」漫画家さんがショックを隠し切れない声色で探るように言った。

 声優さんは自分も一本口にくわえながら、くぐもった声で「ふぁい」と答えた。「ふぅだんは加熱式ですけど」火をつけ、吸い、大きく大きく煙を吐き出した。

「声の仕事って煙草厳禁なんじゃ?」と漫画家さんが未練がましく尋ねる。

「まあ喉は傷めますよね当然。でも誰も声なんて聞いてないですし、かまいませんよ」「みんな吸うんです?」「吸わない人のほうが多いけど、たぶん世間が思ってるよりは全然吸いますよ」

 それから声優さんは数人の声優仲間の名前を挙げた。漫画家さんはその全員を知っているようで「イメージが……」と割とガチで落ち込んでいる様子だ。

「世間の声優へのイメージってだいたいハズレてますよ。だいたいみんな彼氏いますし、口で言うほどファンに感謝なんてしてないですし」「いやもう結構です俺のライフはもうゼロよ……」

 ぽつぽつと雑談が舞い、話題が本筋からずれていく。雑談と雑談の隙に生じた切れ目を見計らい、リーマンさんが「フリーターさんのお話を聞かせてくれませんか? なぜ計画に参加しようと決めたのか」と言った。

 フリーターさんは微動だにせず、場にはちょっとした緊張が走った。でもべつに無視していたわけではなく、ややあって彼は始まりの狼煙のような煙を宙に吐いてからゆっくり語り始めた。

「なんつーか、月並みな意見でごめんなさいなんすけど、人生って親ガチャでほぼ決まっちゃうじゃないすか。親が偉けりゃ子も偉くなるし親が貧乏なら子も貧乏だし親が不細工なら子も不細工じゃないすか。ごくたまーに微粒子レベルでたまーに親ガチャ外しても一発当てて大金持ちになりましたーって奴いて、なんか自己啓発本とか出したりしてっけど、あれって実は架空の人間なんじゃないかなって思うんすよね。政府が負け犬たちに希望を持たせるために生み出した情報操作の産物。ほら、江戸時代だかいつかに穢多・非人って制度あったってガッコの授業で習ったでしょ? あれの逆バージョンなんすよ。負け犬が大金持ちになるサクセスストーリーでっち上げて嘘の希望を演出してるんすよ。ここ十年くらい漫画とかアニメでも負け犬男が異世界行って何の努力もせずに運だけで富と栄誉と女を獲得するキモいやつ流行ってるじゃないすか? それもたぶん政府の陰謀っすよね。え? いやもちろんマジで言ってるわけじゃないっすよ失礼っすね漫画家さんは。でも絶対にないとは言い切れないと思うんよす、やりそうじゃないすかうちらの国のお役人さんならそれくらい」

 役人さんが否定とも肯定ともつかない声色で「ほお」とこぼした。

 フリーターさんは短くなった煙草を無言で見つめている。

「あーえとうんそうそうそんで、なんの話だっけ? ああ親の話ね。そうそう、んで俺の親はカルト宗教にどっぷりだったんすよ。たぶん名前聞いたことある人もいると思うんだけど、■■■■って名前のカルト」

 ついさっき、役人さんの話に出てきた団体とドンピシャだった。少なからず驚きの波紋が広がったけど、話に水を差すのを恐れてか誰も説明しようとはしなかった。ただ役人さんだけが「政権与党に信者やパトロンが大勢いることで知られていますね」と補足をした。「あまり表立って名を口にできる組織ではありません。公文書では固有名詞を出さないのが暗黙のルールですし、どうしても出さなくてはならない時は後から黒塗り改ざんするのが恒例です」

「うん。マジでシャレんなんない怖い組織なんすよね。でそれを上級国民たちはちゃんと分かったうえで仲良くしてる。よく親に連れて行かれた会合に■■■■センセとか■■■■センセなんかも来て挨拶してましたよ。なんでそんな偉い政治家センセがそんなヤベー組織と癒着してっかっつーと、■■■■はやべー組織だけど信者がやべーくらい多いんで、政治家連中は組織票欲しさにこぞって擦り寄っていくわけね。上級国民どもにとっては旨味のある組織なんだよね。でも俺んちみたいな庶民の信者はただの養分。お布施とか霊験あらたかな壺とか飲むだけで病気が治る水とか、そーいうアリガターイアイテム買うのにうちの財産はほとんど消えたよ。で、そーいうアリガタイアイテムをマルチ形式で知り合いに売っていくわけ。ついでに信者も増やしていく。俺も親の言うことが全部ほんとだって信じてたんで、ガッコの友達に水売ってたよ。さすがに壺は高過ぎて売れなかったな。でまあ気色悪いカルトのガキってことでイジメられて、泣きつくと親には信心深くないってことでぶん殴られて、さんざんな青春だった。近所の同じ支部の女の子と高校ん時にちょっと付き合ってたけど、恋愛は大人になるまでそれっきり。恋愛にも厳しい組織でさ。彼女は今でも壺売ってるんじゃないかな? 昔から頭も口も回る子だったから、その年担当地区で一番モノ売った信者に与えられる栄えある『ゴッドマザー賞』を何度も受賞してんじゃないかな今頃。信者いっちゃん増やした奴には『世界平和賞』ってのも与えられるんだけど、その賞状もたぶんいっぱい溜まってると思うな。んまあそんな教団に俺は毒されてたわけだけど、ある日気づいたんすよ。キッカケなんて特に無かったな。高校出て大学行く金無いから自衛隊入って上官にうじうじ小言言われてる時にふと、あ■■■■ってインチキじゃんて、俺と家族ずっと騙されてたんじゃんって、気づいた、てか悟った。家帰ったらさっそく、あ俺そん時実家暮らしだったんで、両親にほんとのこと教えてやったんだよ。でもまあお察しのとーり聞く耳なんて持ちゃあしない。そんなんで洗脳解けたらそんなの洗脳じゃねぇしな。どっぷり洗脳された両親は俺をぶん殴ろうとしたけどもう老ぼれだし俺は自衛隊で毎日体鍛えてるしで、もうなんかさ、子供がわんわん泣き叫んで腕振り回してぽこぽこする漫画みてーなあんな感じになってさ、俺思わず泣いちゃったよ。何千万も、もしかしたら億いってたかもしんない金を教団に貢いでさ、手に入れた未来がこれかよってほんと悲しくてさ。永遠の命を手に入れて天国で信者を見守ってくれてるはずの『世界のお母様』は何してんのって。不幸な家庭を守るどころか養分として利用しまくる政府のセンセどもは何考えてんのって」

「実を言いますと、教団と政府の強い繋がりを決定的に証明する証拠の資料を本日は持ってきています」役人さんは、背広の胸元をぽんぽんと叩いて言った。A4用紙数枚に収まる情報とは思えないので、そこにUSBなりSDなり(さすがにフロッピーディスクということはないだろう)が埋まっていることを予感させた。「計画を実行する前に、暴露してやろうと思いましてね」

「粋ですね役人さん! 痺れるよマジで。でも俺の予想だと、けっきょく世の中なんも変わんないと思うんすよね。そりゃ内閣支持率は一時的に落ちて、もしかしたら今のポンコツは辞任するかもですけど、次のポンコツが補充されて世間は悪いこと一瞬で忘れて支持率もV字回復っすよ。今までずっとそうだったし、今回だけ例外なんてありえないし。いちばん悪いのは一般国民騙して甘い汁吸ってる上級国民すけど、養分連中の頭の悪さも相当だよ。高卒の俺にこんなこと言われるようじゃマジでこの国終わりっすよマジ」

 フリーターさんの話はそこで終了、あるいは区切りのようだった。

 リーマンさんが僅かに身を乗り出し、フリーターさんの首あたりに視線をそっとのせた。「フリーターさんは、教団と国への復讐のために、計画への参加を決意されたということですね?」

「ちょっと違うかな。根っこには、教団と国への憎しみがあるのは確かなんすけど、計画参加を決意した決定的なキッカケではないかな、うん」フリーターさんは自分のてのひらに視線を落とし、そこに記されたカンペを読むように続けた。「俺自衛隊辞めてもう五年で今はバイトの毎日でさ、んでバイト行くときね、駅の階段あがって外に出たらさ、大通りに路駐してるロールスロイスのSUVのサンルーフから子供が二人、男の子と女の子、どっちもたぶん小学校低学年くらいの二人が顔出していろんなところ指さしてきゃっきゃしてたんすよ。俺その様子を横目に横断歩道渡ってバイト行ったんだけど、バイト中ずっとその光景が頭から離れなくてさ、その日退勤するのと同時に計画への参加を決意したんだよね」

 リーマンさんは頷くと、さっき乗り出したぶんだけ体を後ろに引いた。

「ところで、みんななんか持ってきました? 酒とかつまみじゃなくて計画に使えるもん」フリーターさんは自分に集まっている視線を振りほどくように、誰にともなく尋ねた。

面々はきょろきょろとお見合いをし、互いに徒手空拳であることを無言のうちに確認する。唯一、役人さんだけは微動だにせずじっと前を向いていた。

 フリーターさんは特に落胆した様子も見せず、「俺はいちおこれを」と言って大きなリュックの中から某書店名がプリントされた丈夫そうな青いビニール袋を取り出し、その中からさらに黒鉄色の物体を取り出した。それは、実際に見る事はまず無いが、映画の中では頻繁に見る形をしていた。

「え本物?」と漫画家さんは目を丸くし、直後に「なわけないか」と三日月型に変形させた。

「たぶん本物すよこれ。ニューナンブM60。今じゃお巡りさんも普通にオートマ携帯してますけど、リボルバーもまだ残ってて、たぶんこれそれっすね」

 言うと、フリーターさんは銃のシリンダーを横に飛び出させ、そこに込められた銃弾をパラパラと手に滑り落としていく。「暴発したらまずいんで弾は抜いときますわ」

 まず最初に、一番近くに座っていた役人さんが、銃と、弾を一発受けった。「ずっしりと重いですな。弾も、なんといいますか、リアルといいますか」

 役人さんは伝染型の呪物でも扱うように、銃と銃弾をそそくさと向かいの弁護士さんに回した。弁護士さんは天秤みたいに片手に銃、片手に銃弾を持って重さをはかるように両手を僅かに上下させた。それから二つを重ね合わせるように近づけて凝視し、「ホンモノですね」と結論づけた。「以前これと同じ銃に触れる機会があったので、たぶん間違いありません」

 弁護士さんが銃をフリーターさんに返そうとしたのを見て、漫画家さんはすかさず「俺にも!」と手を伸ばし、テーブル越しに銃をひったくった。弁護士さんは呆れ顔で、ややあって銃弾も自主的に手渡した。

「すげえこれが拳銃か」と漫画家さんは目を輝かせてしげしげとあらゆる角度から観察を続ける。

「いちお元自衛官すからね俺、間違いないっすよ、ホンモノの拳銃すよ」とフリーターさんがお墨付きを与える。「まあリボルバーなんてほとんど触ったことないんで間違いないとか言っておきながら100パーとは言い切れないんすけど、もしモデルガンならハンパないクオリティすよこれ」

「どうやって手に入れたので?」と役人さんが尋ねた。

「貰ったんすよ」「どなたからですか?」「看護師さんから」

 カンゴシ? カタカナ表記で、その言葉は一同の頭上にクエスチョンマーク付きで浮かんだ。言葉が示す意味と拳銃という概念がうまく結び付かなかったからだ。その空気を感じ取ったフリーターさんはソファに深く座り直し、一同をぐるりと一度見回してから語り始めた。

「いやね俺ね、ここくる途中で看護師さんと居合わせたんすよ。猛吹雪の中視界きかない道に急に女の人が飛び出してきてさ、タクシー急ブレーキで止まって。乗せてくれって相乗り希望してきて、ふだんなら知んない人と相乗りとかマジで無理なんだけど、さすがにこの吹雪ん中に放置するほど俺も人でなしじゃないんで、どうぞって答えてね。で行き先聞いたらホテル・島国で、え俺と一緒じゃん奇遇っすねてかもしかして計画に参加する人って聞いたら、そうです看護師ですって。でホテルまでまだ距離あるし吹雪でタクシーのろのろとしか進まないしで暇なんで自然と身の上話することんなって。まず俺が話して、さっきとおんなじ話を、で次に看護師さんがぽつぽつ話してくれて、だいぶ精神的にキツいみたいでほんとぽつぽつと、身を削るように顔を歪ませたり涙目になったりほんとキツそうで、無理して話さなくていいっすよって言ったんすけど首を横に振って、苦しいけどどうしても誰かに話しておきたいって感じだったんで俺も話を聞き続けてさ。看護師さん、流産したみたいなんすよ。でその原因がたぶんストレスなんだって。俺初めて知ったよ、ストレスが流産の原因になるなんて。でストレスの原因は仕事で、言うまでも無いけど看護師の仕事。マジでキツいらしくて。クリニックじゃなくて大学病院の勤務らしくて、ただでさえ万年人手不足で個人の負担がハンパないのに流行り病で更に負担増で心も体も病んでどんどん人辞めていくしで。看護師さんはそれまでもなかなか妊娠しなくて、不妊治療受け続けてようやく授かった子らしくて、そりゃショックも一入だよね。で旦那さんが優しく慰めてくれたかというとそうじゃ無くて、びっくりなんすけど、なんと看護師さんを責めたんだって。これがマジ笑っちゃうくらい笑えない話で、なんて言ったと思います、旦那さん。(五秒の沈黙)子供を欲する気持ちが足りなかったんじゃないか、そう言ったんですって! ヤバくないすか? 世界広しと言えど、そんなバカそうそうお目にかかれないんじゃないかって、偏差値40以下の高卒の俺ですら呆れるんだけどさほんと」

「悲しい話ですが、そういったモラハラ夫はとても多いんです」と弁護士さんは静かに言った。「モラハラを受けてない家庭を探すほうが難しいかもしれません。前時代的な露骨な家父長制をむき出しにする家庭は減りましたが、代わりにどんどん陰湿になってきています」

「なんか自衛隊時代のクズ上官を思いだしますわ。自衛隊も昔は殴ったり蹴ったりが当たり前だったらしくて、今はほとんどそんなことはないんだけど、代わりに小学生のイジメみたいのが増えてるんすよ。ほら、上履き隠したり、誰々とは口きいちゃダメだよって猿山の大将から号令が出たりとか。いやもちろん自衛隊はガッコの上履きなんか履かないっすよ、何言ってんすか漫画家さんは。でも猿山の大将はいますよ、ガッコのクラス以上にいっぱいね。……うーん、なるほどね、あんな輩が一家に一台設置してあるって考えると、いやほんと終わりだよこの国って思うよマジメな話。で看護師さんの話に戻るけど、彼女はそんな現状に疲れ果てて、それでもなんとか頑張ってつらい日常をやり過ごしてたんすけど、ある日仕事帰りにスーパーで、女児が子供用の買い物カゴを手に取る姿がふと目に入ったんですって。その子供用のちっさい買い物カゴは青とピンクの二色があって、女児は一番上の青を一旦どけて、二段目のピンクを選び取ってご満悦の表情で母親に駆け寄った。その様子を見て、看護師さんは泣き崩れちゃったらしくて。生まれてくるはずだったのは、女の子だったそうっす。それが計画への参加の決め手らしいっす」

 フリーターさんは空の拳銃をローテーブルに置き、それを囲むような配置で五つの銃弾をこつこつと丁寧に等間隔に並べていく。こつ、こつ、こつ、こつ、かっ。銃弾同士を線で結ぶと綺麗な五芒星が完成するほど神経質に等間隔だった。

「それで、そこからどんな風に拳銃に繋がるんですかね?」漫画家さんはややじれったそうに尋ねた。

「うーんとね、それがさ、ここからうまく繋げるのが難しくてさ。普通さストーリーってさ、断面と断面がうまく繋がるじゃないすか。恨みを買って殺されて殺人事件になったり、夫が不倫したから不倫し返してやったり、とか。でも看護師さんの場合その法則が当てはまらなくて、途中で大声で止めて下さいってタクシー止めて、リュックから銃入りの袋取り出して俺の手に強引に押し付けてきたんすよ。当然銃にもビビったけど、それ以上に看護師さんがタクシーからさっさと降りて歩いていっちゃうのはもっと焦ったな。だってこんな天気すよ? 視界真っ白で普通の道でも遭難しそうな感じなのに。俺は危ないから戻れって叫んだんすけど全然ダメで、看護師さんのモッズコートがどんどん白に溶けて小さくなっていって。でも運転手さんは冷静で、このへんは民家多いから心配しなくて大丈夫ですよっつーもんだから、俺は看護師さん追いかけるのやめてタクシーのシートにモヤモヤしながら座ったって次第ね。でついさっきLINEきたんで、ちゃんと生きてるみたいで安心したっす」

「なぜ看護師さんが本物の銃を?」と役人さんは眉根を寄せる。「モデルガンすら似合わないと思いますが」

「さあね謎っすよ。ただ気になることがあって、どうもこの銃、一発撃った後みたいなんすよ」言うと、フリーターさんは銃弾をひとつつまみ上げて架空の五芒星を崩し、つまみ上げたひとつを念のためって感じで一瞬チェックすると、背面の部分を一同に流れるように見せていく。「ほらこの薬莢。からっぽなんすよひとつだけ」

 確かに、それは空っぽの薬莢だった。役人さんがローテーブル上の残り四つを生き物でも扱うように慎重に持ち上げて確認していき、「残りはすべて中身が詰まっていますな」と述べた。

「なんか外国の昔の偉い作家センセがさ、物語に銃が登場したらそれは必ず発射されないといけないみてぇなこと言ってた気がすっけど、もう既に一発発射されてる場合はどうなんだろうね?」とフリーターさんは言った。「とりまもう一発撃っといたほうがよさげ?」

「念のため撃っておけば?」と漫画家さんが言った。「あ俺撃っていい?」

「なんであれ、銃は持っておいて損は無いですね」と弁護士さんは言った。「私も爆弾か何か持ってくればよかった」

「後ろめたくて言い出せなかったのですが」はにかみながら頬をかき、役人さんがボストンバッグをローテーブルにのせてチャックを開けた。誰もが聞き慣れているジィーッという音に不吉さが混じっているのを、ここにいる誰もが感じ取っていた。

 空き地に謎の穴を見つけた好奇心旺盛な少年少女のように、一同は顔を寄せ合ってバッグの中を覗き込んだ。

「うわ、これって!」とフリーターさんが両手を叩いて笑った。「またエグいものを!」

「まさか爆弾ですか?」と声優さんが口を両手で覆って隙間から声の糸を垂れ下ろすように尋ねた。

「おや、ご存じですか」「むかし演じたアニメのキャラが、ちょうどこれと同じものでデモ隊を爆殺しようとするシーンがありまして。けっきょく爆発しないんですけど」

 それは、合計6つの短い鉄パイプがワイヤーで束ねられた、無骨な代物だった。三段になっていて、一番下が三つ、真ん中が二つ、一番上が一つの、ピラミッド型になっている。それぞれの鉄パイプの先端からは青と赤のコードが一本ずつ飛び出していて、それらコードは小さなデジタル時計に繋がっている。

「夜なべして作った渾身のパイプ爆弾です」

「お役人さんが爆弾って!」フリーターさんは膝を叩いて大笑いした。「ちょーロックじゃん!」

「こう見えても学生時代はヘビメタのバンド組んでましてね」

 役人さんは冗談ぽく言ったが、本当に冗談の可能性も濃かった。

「銃だけでなく爆弾まで……」と弁護士さんが困惑を隠さずに言った。「いくらなんでも暴力的過ぎでは?」

「いやいやこれくらい必要でしょ今回の計画」とフリーターさんは苦笑を浮かべる。「てか逆にみんなほんとに何も持ってきてないんすか? やる気あんすか?」

「いや君もたまたま看護師さんから貰っただけでしょ銃」と漫画家さんが反論する。

「いやいちお俺クラッカー持ってきましたし」「クラッカーがなんの役にたつんだよ!」「いやおっきな音出るでしょ音重要でしょ」「クラッカーって大して大きな音出ないよ、誕生日パーティー思い出してみなよ」「いや俺誕生日パーティーとかやってもらったことないんで」「おいそれずるいだろ、もう何も言えなくなるじゃん。いいよもう、クラッカーありがとう」

 ロビーのレトロな柱時計が十五時をぼーんと知らせる。それを合図にしたかのように、エントランスドアがギィと呻き声をあげた。ドアが内側に開き、呻き声の実体みたいに苦悶の表情を浮かべた少女が入ってきた。

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