第50話

 ヒト族の里から故郷へ向かう帰路。

 盗んだトロッコを剛腕の兵士の残骸パーツを装備したアンデッドキッドに操縦させ、牽引させた二台の空の石炭車に俺っちたちは乗っていた。

 これはそこで繰り広げられた、

 世にも無駄な井戸端会議である。


「あっはは! にしても、魔王様の初恋はとんだヒス女だったな!」

「感受性豊かだと言ってやれ。てか植木鉢が棲家の凶暴女に言われたかねえわ」

「レガリオ! 助けてもらった相手にそういうこと言わないの!」

「分かってないんだ側近は。いいか、こいつは体内にうんこ溜め込んでおくことを成長と同義だと捉えるような卑しいやつなんだ」

「植物ってそういうもんなんだよ! レイナちゃーん、こんなやつのどこがいいの?」

「あっそれオイラも聞きたいっす、姉さん!」

「おいゾンビボーイ、俺っちに文句でもあるみたいな言い草だな?」

「言葉の綾っすよ、言葉の取り!」

「あやとり⁇」

「え、へぇええ……? みんなの前で言うのは恥ずかしい、な……」

 長い黒髪を耳にかけ、レイナがはにかむ。

「べけけ、僕は惚気話はごめんだね」

「こいつと一緒はそこはかとなく心外だが俺っちもだ。話題変えよ話題」

「あっれーぇ? なんか照れてねお前? 顔赤けぇぞ、うりうりぃ」

「触んなポッツ、花粉が飛ぶだろ」

「あのすみませんミス=ポッツあたしからもお願いしますそう易々とレガリオにボディタッチをしていただきますとなんとも居心地が悪いというかうっかりあなたを鉢植えに戻してしまいたくなる衝動に駆られて────」

「わっ、分かった分かったごめんて! てか盗りゃしないよこんなの! ひぇえ久々に鳥肌立ったぜ……」

「どこに⁇」

「うしっ、話題変えるか話題! おいツギハギとゴリラ! お前らボーッと無駄に酸素吸ってねえでなんか考えろよ! でなきゃ光合成やめっぞ!」

「新手の脅しだな……といっても俺は事務的な情報伝達以上の会話があまり得意じゃないからなあ。なにかないか、アンデッドキッド?」

「話題っていうかさ! ケルベロスってどこいったんすか?」

「俺っちがお姫様と殺り合う前に死んじまったよ」

「え! ケルベロス死んじゃったんすか⁉︎ ふぇええあんまりだぁぁああ」

「仲間の別れはいつだって辛いものだ。オーガも死んでしまったしな」

「サイクロプスな!」

「ぷけっ! 僕も死んでるの忘れてんじゃねえだろーな⁉︎」

「うるせーよオバケ剣士。お前それで死んでる扱いはおかしいだろ。死んでるなら死んでるらしく黙って死んでろ」

「えっ、よかった! レガリオにも見えてるのね? てっきりあたしだけ見えてるのかと思って心配してた……」

「え、側近なんか見えてるの?」

「ちょっ! やめてよ脅かさないで!」

「ぶけぇぇ畜生ぉぉお! 僕のせいでイチャイチャが生まれてしまったぁ!」

「しとらんわハゲ! ちゃっちゃと成仏しろ!」

「うぇえええケルベロスぅぅうう」

「なんだなんだ、ここにいる男はみんな男らしくねえな! おいツギハギ、泣くな泣くな! 塩水で髪が枯れるだろーが!」

「あっ、お墓でも作ってあげたらいいんじゃない? それならアンデッドキッドも心が休まると思うし! あたし手伝うよ!」

「うぅぅ姉さぁぁん! オイラ、一生ついていくっす!」

「じゃあ先頭はレガリオね!」

「やめろ、蟻の行列みたいになるだろーが」

「今日にでも準備しなきゃっすね! 墓石はどっかの花壇から適当に岩掘っくり返して……」

「ぷけっ⁉︎ こいつ発想が召使いの女と一緒だ!」

「あ、そういやあいつは置いてきたの?」

「ん? あぁそうそう。レガリオのお弁当持って出かけるとき、連れて行こうかとも思ったんだけどね。あの子なら戦力になるだろうし」

「あいつ変身すると人が変わるし、手がつけられなくなるからなぁ……連れてこなくて正解だよ。でなきゃ最終的にあいつ倒す羽目になってたんじゃね」

「あ、でも本人に言っちゃダメだよ? 一応秘密にしてるつもりみたいなの」

「まぁ自分じゃ気づいてないだろうな。悪夢にうなされても起きずに夢遊病みたいなって寝たまま暴走してるし……『聞いてくださいよ魔王様ぁ、悪い夢見たんですぅ』って泣きついてくるのマジで腹立つ。悪夢はこっちだわ」

「遮って悪いんすけど、魔王様! 墓石に彫るのって名前と生年月日だけっすか?」

「じゃね? 『サイクロプスここに眠る』みたいな」

「(存在しないやつの墓ができるな、これ……)」

「なんか言ったかいバナナマン?」

「いいや、オーガなんて言ってないぞ。あとはオルトロスとゴブリンキングの墓か」

「ぷげっ! 僕のも忘れんな!」

「言ったなゴースト? 作ったら一生埋まってろよ⁇」

「ちょっと待つっす! オルトロスじゃなくてケルベロスの墓っすよ!」

「もとはケルベロスだったかもしれないが、死んだときはオルトロスだったんだ。そちらを使うのが適切だろう」

「ダメっす! ケルベロスとの方が思い出が多いんすから!」

「しかしだな……兵士は死後に勲章を授かる、逆に剥奪されることだってある。となると、生前の最期の功績を優先するべきでは」

「ダメっす! オルトロスっす!」

「あれ、ごっちゃになってる……あたしの聞き間違い?」

「あっはは! バカがいるぞバカが! んじゃここは魔族の王としてレガリオに判定してもらうのがいいんじゃね? よっ、裁判官!」

 ミス=ポッツが言うと、みんなが一斉にこちらを見てくる。

 ケルベロスかオルトロスか。

 オーガなのかサイクロプスなのか。

 ゴーストには除霊師を雇うべきか、塩でいいか。

 召使いの少女の寝相の悪さは言うべきか、伝えるべきか。

 ミス=ポッツとバナナマンはこれから森に棲むのか、野生に帰るのか。

 どうでもいい。

 全部どうでもいい。

 俺っちがいま考えなきゃいけないのは────

「ねぇ聞いてる? レガリオ?」

 首を傾げて俺っちの顔を覗き込む側近。

 一瞬だか数秒だか目を合わせていたのち、俺っちはそっぽを向いて飛び出す。

「あっ、魔王様! どこ行くんすかーっ⁉︎」

「逃げんじゃねえよ! 優柔不断がバレたくないってか! 王のくせにーっ!」

「悪いなゾンビボーイ、ポッツ。魔力が回復したから先に帰って寝るわ!」

 背後から聞こえてくるブーイングの嵐。

 吹き抜ける風。

 揺れるマント。

 目の端で捉えたぼやぼやの景色のなか、

 レイナだけがはっきりと見えた。

 ────そう、

 俺っちが考えなきゃいけないのは、

 もっと大事なことだ。

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スーパーレガリオコンキスタドールズ ハカセの助手 @jnoishi

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