第47話
「まずは小手調べよ。注ぎ込みなさい、あなたたち」
「「「仰せのままに、我が王女」」」
重なる八人の声。
それぞれが手を地面に置き、魔力を込める。
周辺から幾何学模様の線をなぞって、魔法陣の中心へ向かって流れ込んでいく魔力。
集約されたそれは、第二の魔法陣となってお姫様の前に顕現した。
「すごいじゃないか! こんなことができたんだね?」
こんなこと、とシバッグが言うものの。
彼は実際のところ、なにが起きているのか、いまいち分かっていないように見える。
それを知ってか知らずか、お姫様は答えた。
「いえ、たいしたことでは。この
シバッグに答えながら、お姫様は宙に浮いた
直接触れていないのにパラパラと捲られるページ。
マジか。
めっちゃ使いこなしてる。
俺っちなんか、壊れてガタガタする机を水平にするための継ぎ脚にしか使ったことないのに。
「野郎……なにするつもりか知らないけど、オイラの新武器で粉砕してやるッ‼︎」
危険を察知したゾンビボーイは、魔力砲の銃器を構え、
発砲。
直後、握られたままの銃が地面に落ちた。
「な、んで⁉︎ アンデッドキッド! あなた、腕が……ッ‼︎」
「────ッ」
自分の身体を見下ろすツギハギの少年。
視線の先。
腕があるはずの場所は、
虚空。
「反射、マジかよ……もうそんなに
右腕に加え、左の手首から先が消し飛んでいるので、背負った矢筒から新しい腕を取り出すこともできない。
そんな彼を手伝おうと側近が動こうとした、
そのとき。
「『敵を討ち、我が平穏の願いを叶えよ』」
撃ち出される魔力砲。
それは俺っちたち四人を飲み込んでなお余るほどの規模。
咄嗟に側近を掴み、俺っちは横に跳んだ。
ドッ‼︎
ゴォォォオオオオオオオオッ‼︎‼︎
削り取られる石畳。
周辺に振りまかれる熱気が、俺っちの肌を焼く。
「アンデッドキッド‼︎」
立ち込める蒸気、土煙に向かって側近が叫ぶ。
風によって退けられる遮蔽物。
現れるは、
「ポッツ‼︎」
「歓声はあとにしてくれ頭痛えんだよ!」
植木鉢の女は、相変わらずの素直さで応える。
枯れて切れて色褪せた髪をわしわしと掻くミス=ポッツが、それをぶち破りながら面倒くさそうに出てくる。
他方から聞こえてくるのは、
「魔法陣の損傷はなし。射角誤差、ゼロ」
調律されていない楽器の不協和音のような声。
「発動時差は……まぁ許容範囲内でしょう。次は出力を上げます」
さらに巨大化する魔法陣の半径。
もともと周辺に配置されていた小型円の内外に新しい枠が追加され、それらを埋めるように生贄たちがさらに召喚される。
「入力開始」
総勢三十二人の人柱。
お互いが被らず、魔法陣の中心に立つお姫様から一直線上に位置するように配置された彼らは、お姫様の号令のもと、魔力の注入を開始する。
「撃たれる前に……、」
────破壊する。
俺っちは瞬間的に莫大な魔力を手のひらに集める。
まだだ、このまま撃っちゃダメだ。
いままで以上に丁寧に練らなきゃ。
より高密度に。
より強力に。
魔力砲を発砲したと同時に吹き飛ばされたアンデッドキッドの腕。
あの魔法陣には自動的に発動する防壁機能が備わっている。
生半可な攻撃では返り討ち、ゲームオーバー。
反射して戻ってくるであろうこちらの砲撃。
加えて、向こうの攻撃魔法によって発射される魔力砲。
その全てを上から押さえ込み、まとめて押し返し、貫通できる力が必要だ。
────。
──────……、初めてだ。
これほど全力で魔力を練るのは。
巨大な魔力の砲弾を形成するなか、俺っちが構築している攻撃の規模を察したらしい。
焦りに顔色を悪くしたお姫様が、生贄に召喚された人たちに怒声をぶつける。
「全然足りないわ! もっと魔力が必要よ!」
民の妄信的な承知が起こるかと思われた矢先。
彼らの反応は、俺っちの予想と真反対であった。
「もう無理だ! 申し訳ございません、王女様!」
「限界です! これ以上は身体が保ちません!」
「王女様、俺もです!」
「私もです! お赦しください、王女様!」
あちこちから悲鳴じみた嘆きの声があがる。
こんな夜遅くに突然召喚されながらまったく動揺を見せずに協力したのは、もとから──それもきっと俺っちと会うずっと前から──考案、計画されていたことなのだろう。
誰もが魔族を討つための犠牲を、自分たちを人間と思わない土地で自分たちの社会的地位を確立するための犠牲を払うことに賛同していたに違いないが、初めて目前にする死の前ではそんな覚悟も瓦解する。
とはいえ、彼らに非はない。
外見から察せる。彼らは魔族の血が薄い。
頭の角や口元から覗く牙を度外視すれば、ほとんど人間にしか見えないような人もいるくらいに。
さっきの攻撃だって十分脅威的だったんだ。
人数を増やしたとて、おそらくお姫様が目標としている威力を実現するに及ぶ魔力量には到底及ばない。
ドゥー国第一王子、シバッグ。
凄惨な光景を楽しげに眺める
「なるほどなるほど! 魔法陣の外側に配置された魔ぞ……お前の国の民を生贄に発動する魔法ってわけだ!」
「……ええ。わたし体内魔力量では、魔族の王を殺せるほどの攻撃力を実現できませんので。現に先ほど短刀に魔力を込めて刺した傷口は、既に治っていると見えます」
淡々と告げるお姫様。
愕然としたレイナが、信じられないと言わんばかりに呟く。
「仲間を、犠牲にするつもり……?」
「────」
泣き出しそうな側近に、かけるべき言葉が見つからない。
代わりに。
巨大に成長させた魔弾。
維持したまま、俺っちは発射する手を止めて叫ぶ。
「人が死ぬぞ!」
「
再び展開される魔法陣と、二倍、三倍に増員される生贄。
魔力どころか、生命力すら搾り取られる彼らは、半狂乱で持ち場を離れようと逃げ出す。
「させないッ‼︎」
お姫様が翳す手に
顕現した無数の鎖が逃亡者を捕縛し、貫き、魔力のすべてを吸い出し始める。
捻った雑巾のようにひしゃげていく。
乾いた泥人形のように崩れていく。
続くは、ドドドシャッ‼︎ と人間が爆ぜる音。
魔法陣の周囲に配置された生贄たちが鮮血を撒きながら散っていくと、抽出された魔力を、血液を、肉塊を吸って、魔法陣の上に作られた半透明のドームが真紅の光を放ち始める。
「キャハハハッ! 実に愉快な光景だ!」
ちょろちょろとお姫様の周りを駆けるシバッグが、手を叩きながら笑い出した。
「いや実にいい! 私は眠りが深い方だからね、いや運がよかった! 寝ていたら、魔族どもが無様に死に晒す様子を拝めなかったからな!」
「……魔族ども?」
軽はずみに放ったシバッグの言葉。
それに対し、お姫様が刺すような視線を向ける。
「え、いや! 違う違う! これからの話さ! 侵略してきた魔族どもが、見るも無惨な方法で死ぬと思うとワクワクして────」
クソ王子が言葉を終えることはなかった。
「ぶッ────⁉︎ ごふゥッ‼︎‼︎」
背後から腹部を貫く魔法の鎖。
圧倒的強者を前に、威厳も矜持も失ってペコペコしていたシバッグが、吐血の末、なにも言えないまま倒れ込む。
もうダメだ。
なにもかもがめちゃくちゃだ。
眼前で進行する本物の悪は、誰にも止められない。
それどころか迎撃できるかすら危うい。
飛ぶ以外の魔法を知らない俺っち。
持て余すほどの莫大な魔力を放出する他に芸がない俺っちに、
だから、
ケリをつけよう。
ここから先は、
慈悲も、迷いも、躊躇も、あってはならない。
「初めて会ったとき、言ってたよな? 『私に力があれば』って」
眼球全体が漆黒に染まり、
目元に亀裂が入った王女。
もともと小さなツノがあって、それが享受したことのない膨大な魔力に当てられて形を変えたのか、頭部から禍々しい一角を生やしたお姫様。
「きっとお前は無力だった。自分の価値を証明する力を、見下す他人を捻じ伏せられるだけの力を持っていなかった」
牙を剥いた口から身の毛のよだつけたたましい咆哮をあげる、
俺っちの初恋。
もはや自我が残っているのかすら不明な殺人マシーンと化した、
かつて、俺っちが好きだった人。
「でも俺っちという好機。自分たちが普通に生きていいんだって証明できる最大のチャンスを前に、お前はこうして覚醒した」
彼女に、
一度だけ問う。
「帰ろう! 俺っちたちの故郷に! お前は
「──御託は済んだ?」
心底つまらなそうな、
それとも、もうなにも心に響かないのか。
築き上げた死体の山のなか、
お姫様は無機質な声で告げる。
「殺し合おうぜ、魔族の王。お前の屍の上に立って、私はヒト族、魔族、動植物、大自然……この星のすべてを統べる王になる」
────
──────。
…………………………。
……
………………。
……心中せよ。
────我が恋情。
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