第46話

「なんか……、妙だな」

「なにが?」

 レガリオが飛び立った遠くの塔へ向けて目を凝らしながら懐疑的な表情を浮かべるミス=ポッツに、バナナマンは問う。

「仲良く話し込んでいるみたいだが、なんかこう……レガリオの存在感というか、纏ってる魔力が急に薄くなったみたいだ」

「どーせレディ相手に萎縮してるだけだろ? けっ、いい気なもんだよ。この身体じゃ、俺のお見合い相手は腐食少女だか骨婦人だか透けた浮遊体しかいないってのに」

「ボロクソ言ってるなと思ったが、ゾンビとスケルトンとゴーストってことか。豊富な候補に恵まれてるじゃないか」

 苛立った様子のゴースト。

 彼が短い腕で腕組みをする横で、猿顔の男がなんとか慰める。

 一方、腑に落ちない様子のミス=ポッツ。

 しかし、初めての身体と度重なる戦闘で疲弊している彼女は「どうでもいいか」と座り込む。

「にしても疲れたな。余分に使える魔力もほぼ残ってないや。日が昇るまで大暴れはお預けか」

「ぷけ、日が昇るまで?」

「光合成するってことだろ」

 そんな他愛もない雑談のさなか、ゴーストがなにかに気づく。

「あれ? レガリオのやつ、なんかふらついてる」

 バナナマン。

 そしてミス=ポッツも遠くの景色を見やる。

「やっぱ変だ。てか、あ────」

 言葉を失う植木鉢の女。

 彼女が見た光景は、猿顔の男の目にも映っていた。

「落ちた⁉︎」

「ぷけけーっ振られたか! ざまあねえぜレガ……」

 息を呑み、沈黙。

 その間。

 わずか一秒。

 違和感に掻き立てられ、三者が同時に夜の空へと飛び出す。

「なんで飛ばねえんだあいつ⁉︎ ぐぁ……ッ‼︎」

 なけなしの魔力で無理やり枝葉を伸ばすミス=ポッツが負荷がかかり過ぎた身体に激痛を覚え、苦悶の表情を浮かべる。

「分からねえ、てかダメだ! 俺の脚力じゃ間に合わ────」

「僕なら間に合うッ‼︎」

 身軽かつ透ける身体で空気抵抗を無視し高速移動をするソルドメスターの亡霊。

 彼が誰よりも先に魔族の王に到達する。

「フラれたくらいで死のうとしてんじゃねえぞレガリア‼︎ どうせ死ぬなら僕にぶっ殺させろよ畜生ッ‼︎」

 目一杯広げる腕。

 しかし。

「あダメだ触れねえ詰んだ」

 ふわりと霧散したゴーストの腕を、レガリオの身体が素通りする。

「ふざけてる場合かバカオバケ! このままじゃ本当に……ッ!」

「腕を貸せミス=ポッツ‼︎」

 自分の脚力では飛距離が足りない。

 かといってミス=ポッツが伸ばす枝葉を伝って行くのでは助けにならない。

 自分を支えるためにより太い枝を伸ばしていたのでは、残りわずかだという魔力もレガリオに到達する前に尽きてしまうだろう。

 ならば、

「ぬぅんッッ‼︎‼︎‼︎」

 バナナマンはミス=ポッツを腕のところで掴み、魔族の王の落ちる先へ目掛けて偏差的にぶん投げる。

ド畜生ブルシットッ‼︎ 届けッ‼︎ 届けェッ‼︎」

 移動用の太い枝葉は必要ない。

 あとは捕捉用に蔦を伸ばし、捕らえたところで城壁に掴まればいいだけ。

 ミス=ポッツは、生命活動のための魔力に手をつける。

「うぐ────ッ⁉︎」

 高速で枯れゆく頭髪部の蔦、葉、花。

 それらが力なく切れ始め、次第に顔の樹皮がバリバリとひび割れていく。

 魔族の王へと伸びていく蔦。

 ついに、はためく彼のマントを捕える。

「やった! つかまえ────」

 限界だった。

 桜の樹皮のように艶やか、新緑のように鮮やかだった身体の半分が朽ち果て、

 ブチッ‼︎ と、レガリオを捕捉した蔦が切れた。

「ポッツ⁉︎ おい‼︎」

「起きてくれ頼む‼︎」

「あぁああ最悪だ最悪だ最悪だ‼︎」

「ふざけんなレガリオどうせ死ぬなら僕に殺させろいやマジで死ぬな畜生ッ‼︎」

 輝きを持たない、暗く沈んだ目のレガリオ。

 そして右半身が枯死して白目を剥くミス=ポッツ。

 ふたりの身体が、

 高速で、

 硬い石畳の地面に、

 叩きつけら────

「しゃきっとしなさいよレガリオ‼︎」

「間に合いましたね! 姉さん!」

 響くふたつの声。

 それぞれがミス=ポッツ、レガリオを抱き止め、

 ズザザッ‼︎

 と、ソードマン=スーパーノヴァによって切り飛ばされ、散らばり、無作為に堆積した建物の瓦礫の上に着地した。

 背中の矢筒、ベルトの腰部に横向きで固定された幅広の剣。

 首から上は無邪気な笑顔、首から下は鍛えあげられたゴリゴリの肉体という、首を境界に見た目が異様に乖離した妙なバランスをもつツギハギ顔のゾンビ。

 そして、

 片手に風呂敷、襷掛けに背負うは魔力砲の銃器という軽装備ながら、ゴツい軍用靴と顔に張りつけられた鬼の形相が圧倒的威圧感を放つサキュバス。

 道中で撃破した他の王権象徴物レガリア保有者。

 彼らの持っていた指輪、ピアス、ネックレス。

 それら怪しげな紫色の光を放つ貴金属を身につけたふたりが現れる。

「って重ッダメだこりゃ!」

 体勢を崩したレイナが脚を縺れさせ、レガリオに覆い被さるようにして倒れる。

「……これオイラが見てていいやつっすか姉さん?」

「ばっ、バカ言ってんじゃないわよ⁉︎ 転んだだけ! 転んだだけだから‼︎」

 そこで。

「────……側近……なのか?」

「っ! レガリオ! 気づいたのね!」

 瞳に光を取り戻したレガリオが、悲しげに笑う。

「そっか……俺っち、死んだんだね」

「なんであたしが死んでる前提なのよ‼︎」

「あ痛ぁッ⁉︎」

 レイナが思っくそ平手打ちを食らわせると、「なにすんだ!」と魔族の王が起き上がる。

「地獄で惰眠を貪りたかったって?」

「そういうわけじゃねえけどさ(てか勝手に地獄行き確定すんな)。それより、なんでこんなとこにお前がいんだよ? 危ないだろうが」

「自分の身くらい自分で守れますう! ていうか、あんたが弁当忘れたから持ってきてあげたんでしょーが!」

 言い合っていると、ツギハギの少年が横槍をいれる。

「お久っす、魔王様!」

「あれ、ゾンビボーイ。見ない間にずいぶんとたくましくなったな」

「いやそんな久々に会う親戚の子どもの成長に驚くような反応しても違うから……」

 レイナが目を半円に閉じて額に呆れの汗を浮かべる。

「ていうか、」

 気を取り直した彼女は、半壊した塔を見上げた。

「話してる場合じゃないみたいよ」

 空に現れた、幾何学的な模様が施された巨大な円。

 中央に立つ人影ふたつ。

 魔法陣を足場に滑空するお姫様とシバッグ王子が、数十メートル上空から降臨した。

 返り血で汚れた純白のナイトガウンに身を包む若い女性。

 彼女は手に持った分厚い本、

 魔王の王権象徴物レガリアがひとつ。

 歴代の魔王たちが魔族の里に代々伝えてきた、千の魔法が記された魔導書グリモアを片手に口を開く。

「『集いなさい、生贄の子羊たちよ』」

 瞬間。

 魔法陣の八方に配置された小型の円のひとつひとつに、老若男女は様々、ただし、どのひとりも半人半魔の人間が現れた。

「儀式を始めましょう。魔族の王、災厄の子、世界を脅かす悪の元凶を討ち滅ぼす、崇高にして聖なる儀式を」

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