第45話
痛い、痛い。
身体を動かそうとすると、なにかが引っかかるようで痛い。
なにか鋭利なものが皮膚を、筋肉を、臓器を貫いていて、ひとたび動かそうとすれば傷口が開くようなそんな感覚。
変なものでも食べたか。
そうか、駅で食べたあのお菓子か。きっと消費期限切れのものが店頭に並んでいたに違いないぞ。
でなければ空腹過ぎてお腹が痛いのかもしれない。
側近が……レイナがせっかく作ってくれたお弁当を忘れたんだもんな。ああ、お腹がすいた。なにが入ってたんだろう。あいつはそんな器用な方じゃないから、リクエストしたキャラ弁じゃないのは確かだ。パンかな、米かな。
あぁ……、
ダメだ。
そんな一連の現実逃避が、彼女の一言で終わる。
「さあさ、死んでくださいな
やめてくれ。
「あなたたちのせいで……半人半魔のわたしたちが、どんな扱いを受けてきたか! あなたに分かって?」
やめてくれ。
「生まれたときから化け物扱い。なにひとつ悪いことをしてないのに、あなたたち魔族と似ているからって……同じように危険視され、蔑まれ、貶められ、」
やめてくれ。
俺っちの幻想を、どうか、
「同じ人間だって認めてもらうために、わたしは好きでもない男、わたしに下劣な視線を向ける世襲制の地位だけしか取り柄のない
壊さないでくれ。
「分かります? 人間の国には上下関係があって、わたしの国は国として認められてすらいない。異邦人の支配下、植民地。結婚してやっと序列最下位の国になれるんです。まぁこんな話をしても無駄でしょうけど。のうのうと好き放題生きていればいいだけのあなたに、わたしの苦悩が理解できるはずもない」
「俺っちはただ、君を助けたくて────」
「あはぁっ、助けたい? 助けたいって言いました⁇」
俺っちが咳き込んだ拍子に浴びた顔の返り血を気にせず、お姫様は笑い出す。
妖艶にして奇怪な笑み。
それは俺っちの知る、俺っちがそうであってほしいと抱いていた幻想の彼女とは、随分とかけ離れてしまっていた。
「じゃあ尚更、とっとと死んでください。魔族の王を討ったとなればわたしの、ひいては私の民への信頼も高まるというもの。ともすれば、あのシバッグとかいう
「……君を助け出してハッピーエンド、じゃダメなのか」
「どうやら供物の花は必要ないみたいですね。魔族の王の頭のなかは既に咲き乱れるお花畑とお見受けできますもの」
階段を駆け上がる慌ただしい足音。
開かれる扉。
見たことのある来客があった。
「なにがあった⁉︎ ……お前は、」
各国序列第一位、常任理事国トップの最高責任者たるドゥー国王子のシバッグである。
携えた魔力砲の最新兵器。
その右手や、寝巻きの裾から覗くぐるぐる巻きの包帯から、昨夜の落下事故の怪我の痕が垣間見えた。
事故だよ? うん……あれは
「私を突き落とした魔族!」
「その節はどうも(ざまあみやがれでした)」
「あらシバッグさん、夜分にどうも。あのぅ、僭越ながら下がっていてもらえません? これはわたしの獲物ですので、わたしがこの
そう言って、お姫様は突き刺した短刀。
きっと自分が持つ魔力を込めたのであろう凶器を引き抜くなり、
「あとでまた会いましょう、名も知らない魔族。あら、名乗っていましたっけ? まぁどうでもいいけれど」
傷口を抉るように、
裸足が蹴り込まれる。
半壊した建物から叩き出された俺っちは、地上八階ほどの高さからの自由落下を始める。
胸が痛かった。
短刀に込められた魔力の総量が少なかったためか、傷口は既に治りかかっているが、激痛がいまだ俺っちを甚振り続けている。
頭部を下にした垂直の落下。
有り余っている魔力で飛翔の魔法を使えば、地面に直撃せずに済む。
……が、
もういいや。
やる気が起きない。
生きる気が起きない。
さすがの俺っちでも、数十メートルの高さから落ちて頭を打てば、即死はしないものの近々死ぬことになるだろう。
どうせ、たいした目的とか目標のある人生じゃなかった。
ぐうたら昼過ぎまで惰眠を貪っては、夜中に侵入してくる兵士たちを駆除するだけの日課。
それも、ここらが潮時か。
理想とは違ってしまったけど、最後にお姫様の顔を拝めてよかった。
……いや、
最後にレイナの作ってくれたお弁当を食べたかった。
お腹、空いたなぁ。
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