第44話
シュッ、と空気を裂く静かな音があった。
大広間の壁、四方八方に入る微細な線。
直後。
ゴバッッ‼︎‼︎‼︎ と、建物ごと部屋が両断され、上階もろともすべてが爆散する。
開けた視界。
月の光が俺っちたちを照らしだす。
「夜風が気持ちいいな! これが勝者の吸う空気の味か!」
「そうか? 俺っちはなんか煙突臭え気がするけどな。機関車とかいう乗り物が吐き出す排気ガスのせいか」
そこで、
不意に俺っちは見いだす。
遠くの景色。
剣技の超新星が放った斬撃の被害にあった他の建物複数。
そのひとつに、
「あんなところにいたのか」
儚げな存在。
淡く映るのはなぜだろう。
風にそよぐネグリジュの純白。
月夜に輝く紫陽花の如き艶やかな肌。
そして、せせらぐ川のような癖のある長い髪の波形。
見え過ぎじゃね⁇
何メートル離れてると思ってんだよ、ってか?
当たり前だ。
ゾンビボーイに比べりゃ見劣りするだろうが、俺っちは目がいいからね。
それに。
彼女を探し求めて、ここまでやって来たのだから。
突如。
得も言われぬ恐怖が俺っちを襲う。
うぉおおお、どうしよう⁉︎
なんて声かける?
飛翔の魔法でいきなり現れたらまずいかな⁇
でも直接行かずに建物の入り口から入り直そうものなら迷子になりそうだし。
まったく嫌になっちまうぜ、自分の純真さが。
ちょっとそこ笑わない!
誰に言ってんの俺っち?
「あのちょっとお尋ねしたいんですがねミス=ポッツ。ほぼ初対面の女性にかける第一声と致しましては、いかがなものが適していると思われますでしょうかはい」
意識を取り戻した様子のミス=ポッツ。
彼女になにか策を提案してもらおうと思って声をかけたのだが。
「なんだ変な畏まり方して気色悪りぃな。それでも魔族を統べる王かてめえ」
「うるせえよ枯れ木、俺っちもテンパって訳分かんねえのさ。あーあ、尋く相手間違えたよ。バナナマンも女性慣れしてなそうだし使えねえな」
「いや一応俺、既婚者なんだけど」
……え、⁇
それはどっち。人間? ゴリラ?
「まぁ遠い昔の話だがな。不治の病だったんだ。俺は傭兵として各地を回っていたから、随分とほったらかしにしちまったのが、ずっと後悔の種さ。今でも他界したあいつを忘れられな────」
「悪いがその話はあとだバナナマン。俺っちはこれから見目麗しきマドモアゼルに謁見しなけりゃならねえからな」
「がんばー逝ってこーい」
「おっと、なんでだ。優しい声で送り出してくれてるはずのミス=ポッツの口調に撃沈報告を期待しているような色が」
枯らすぞクソが。
まぁいい。
第一印象が九割とか聞いたことある気がするけど。
ただの迷信だよね、うん。
「……え、舐めてんの?」
そんななか。
本気の驚愕顔を披露するソードマン=スーパーノヴァが口を開く。
「なに余裕ぶっこいて世間話始めてんだクソ魔族どもッ‼︎ 上等だ‼︎ 全員まとめて切り刻んでやるよッ‼︎」
放出される膨大な魔力。
まとったフランベルジュは形を変え、禍々しい様相を呈していた。
複数の目。
猛獣の牙を彷彿とさせる突起の数々。
振るう男は狂気の怪異。
「ぶち死に晒せ
……、
…………。
あのさ、
「邪魔すんな」
通り道となった大理石の床を抉る暴風を纏いながら突進してくる剣技の超新星。
対する俺っちは、脱いだ手袋を軽く放る。
魔力が編み込まれ、また、ついでに追加の魔力を込めた手套。
水仕事もお手のもの! が「ぽすっ」と若き剣豪にぶつかると。
「えあ────?」
内包されていた膨大な魔力のすべてが瞬間的に解放され、炸裂。
竜巻のように荒々しく吹き上がり、
ドゴッ‼︎
バァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎‼︎
大気を引き裂き、
天空を穿ち、
彼方の景色へと吸い込まれていった。
お姫様の位置を捕捉したいま、火力の抑制は必要ない。
俺っちは初めて、力の規模を気にしない攻撃を放った。
「手袋をぶつけるのは決闘の印らしいが……」
俺っちはバナナマンとミス=ポッツの方を振り返り、親指を立てる。
「決闘じゃなくて決着の印になっちゃった、なんつってな!」
「早くいけよボンクラ。日はもう暮れてるぞ」
えぇ……。
毒舌過ぎませんかねこの植物。
「俺もそろそろ疲れたし帰って寝たい」
ゴリラにすら見捨てられた!
こっちは緊張を紛らわせようと必死なのに。
勘弁してくださいよ。
俺っちはふたりの激励(?)に背中を押され、夜の空へと飛び立つ。
ところであのゴリラはどこで寝泊まりするつもりなんでしょうか。
閑話休題。
そんなことより、なにを話せばいいのか。
分からず進んだせいか時間はあっという間。
なにも決まらないまま、お姫様がいる塔に着いてしまう。
「……あなたは、」
困惑した様子のお姫様。
そりゃそうか。
大剣豪ソードマン=スーパーバカに屋根を吹き飛ばされたのだから無理もない。
それとも俺っちにビビっているのか?
いやビビってるのはこっちだ。
なんで声が出ねえんだ畜生。
「初めまして、ではないですよね。以前お会いした気がするのですが、わたしの勘違いでしょうか? たとえば昨日とか」
固まる俺っちに、彼女は楽器の美しい音色のような声をかける。
「改めて、俺っちは魔王レガリア。そうだ、会うのは二回目だ」
あーれ昨日のことだっけ?
ここまで長い道のり(精神的にね? だって旅のお供がゴリラとゾンビとバカと王様紛いと野良犬だったんだぜ? 毒舌植木鉢女も加わったし)だったから忘れかけてた。
てか俺っちフットワーク軽過ぎじゃね?
いやどうでもいいだろそんなこと! 考えるな! いや考えろ真面目に!
「やっぱりそうでしたか! はぁ! 来てくれたんですねっ!」
そう言って、名も知らぬお姫様は走り寄ってきた。
彼女はその柔らかな表情のまま俺っちを抱きしめ、
「ありがとう……」
なんだこれ。
心の臓が異常なまでに躍動している。
うっかり口を開こうものなら飛び出していってしまいそうなので、俺っちは黙ったまま、ただ目の前の女性に身体を任せていた。
「ありがとう、ありがとう来てくれて……おかげで────」
熱い、熱い、身体が熱い。
高揚感で吐きそうだ。
まずいぞ、ゲロったら絶対に嫌われる。
そんな考えとは裏腹に、
俺っちの口から、
ボタボタと、
「ゴフ────ッ⁉︎」
鉄の匂いがする真紅の液体。
なにか、
まるで血液のようななにかが溢れ出す。
「────おかげで、こちらから殺しに行かなくて済みましたもの」
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