第43話

 顕現した柄と鞘の間から眩い光が漏れ出す。

 剣技の超新星を名乗る男がそれをゆっくりと引き抜くと。

 徐々に、徐々に。

 見えてくるのは幅が広く、それに対し丈が幾分短いように思える剣身。

 なにより目を引いたのは、

「剣先がない?」

 剣と言ったら斬撃の他に刺突を繰り出すための鋭い切先がついているもの。

 そのイメージに反して、ソードマン=スーパーノヴァが魔法によって生み出した、またはどこからか転送してきた剣の先は丸かった。

「ぽけっ⁉︎ 騎乗用の、スパタ⁇」

「まだいたんかゴースト。ちゃっちゃと成仏しろよ」

「てめえの死に様を拝まずして死ねるかレガリオ! それより、なんで馬にも乗ってないやつがあれを……」

 不意にどこからか現れたソルドメスターの亡霊がそんな疑問を口にする。

 そっか、こいつ一応故郷では一番の剣豪だもんな。

 剣の種類に詳しくてもおかしくはない。

「なにが異質なんだ?」

 俺っちが問うと、ゴーストは小さく八の字を描きながら早口で捲し立てる。

「ぷけけ、あの剣の刃先が丸い理由。それは騎兵が馬上で剣を振るうとき、自分の馬を傷つけないようにするためなんだ。刺突攻撃を犠牲にする代わりに馬を守る。けど、馬にも乗ってないあいつが使ったらデメリットしか残らないはずなんだ」

「まぁつまり舐めプしてる、と」

 剣技の老ぼれを後ろから刺したあとの彼の言葉を聞くなり、よほどの自信家とみえる。目的はこいつらと遊ぶことではなくお姫様を探すことなので、油断をしてくれているなら結構なのだが。

「レガリオ……」

「ここは任せろ。お前はミス=ポッツのことを見てやっててくれ」

 持たせていた王笏を取り、心配する猿顔の男を遮る。

「んじゃ、」

 俺っちが王笏に魔力を込めると、アラベスク模様の彫り込みに紫色の光が走り抜ける。

 大理石の床を踏み締め、

 跳ぶ。

 一気に距離を詰められたソードマン=スーパーノヴァは、それでも落ち着き払った様子で剣を振い、王笏と拮抗させた。

 ギリギリと、軋み合う音が大広間に響く。

「打ち合えると思ってるようだな、魔族。そいつは大きな間違いだ」

 瞬間。

 若い剣豪の切先のない剣から立ち上る魔力の光明が、剣身の側面をぐるぐると回りだす。

 ガキンッ‼︎

 と、金属が床を打つ音が響いたのは数秒後。

 騎乗用スパタの剣身をなぞるように高速回転する斬撃は、俺っちの持っていた王笏を真っ二つに切り飛ばした。

「あ⁉︎ 俺っちの王権象徴物レガリアッ‼︎」

 魔力を纏わせて強度を上げ、鈍器として使っていたものの、実際のところ王笏は武器ではない。

 剣戟、それもノコギリのような削り切る斬撃を纏わせた本物の武器に、儀礼用の祭具がかなうわけなんかなくて。

「うぉおお許さねえ! お気に入りをよくも!」

 俺っちはソードマン=スーパーノヴァの剣を剣先から柄に向かって手を這わせるようにして掴み、仕返しに膝蹴りでへし折った。

 ノコギリのような特性の回転斬撃。

 引いて始めて切れるノコギリは、並ぶ細かい刃を反対から撫でれば切れはしない。

「あーあ、折れちったか。まぁいいや」

 若い剣豪は再び鞘に手を伸ばし、次の剣を召喚。

 今度は短刀。

 間合いが詰まった今はそれが最適解か。

 かと思えば、続けて二本目として長剣を召喚する。

 長い剣。

 されど、その形は剣というより農具を思わせる。

「百姓からの叩き上げだったか。大人しく畑でも耕してれば幸せな余生を過ごせたろうに」

 魔法を使っているからこそ出せたのだろう。

 到底鞘に入らないような大きく湾曲した剣は、鎌を思わせる見た目だ。

「ぷけっ、ショーテルか! なかなか通だなあのヒト族!」

「珍しい武器なのか?」

 長短、種類のどちらも異なる二刀流となった剣技の超新星と俺っちが打ち合う背後で、知識をひけらかしたくて仕方がないゴーストとバナナマンがそんなやりとりをする。

「刀身が湾曲していることにより斬撃の威力が向上。加えて先端を相手に向けるようにして振るえば、たとえ盾で防ごうとしても鋭利な先端部分が相手を刺突するってゆー優れものさ!」

「ほ、ほぅ……?」

 ゴリラが戸惑ってるぞオバケ剣士。

 ゴーストは気にせず続ける。

「でも一番すごいのはショーテルを使いこなせるあのヒト族の剣士さ! ショーテルは特殊な形状のせいで他の剣とは重心の位置が違う。慣れるまでかなりの鍛錬をしたはずだ! まぁ、僕は三日で習得したけどね! ぷけけっ!」

 指も鼻もないが、おそらく人差し指で鼻の下を擦りながらふっふーんとかって鼻を鳴らしてることだろう。うぜえ。

「情報あんがとな、ソルドメスター。おかげで攻撃パターンが読みやすくなったわ」

「だぁもう!」

 なんなんあいつ。

 とっとと成仏しろよ。

 ゴースト向けてお祓い棒を振り回す想像をしていると、

「手の内を知られて瓦解するのは三流。それでも迎え撃って始めて二流────」

 構造上、手首を返すことなく連撃を繰り出せる剣で猛攻撃を仕掛ける剣技の超新星が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「────そしてこれが一流!」

 喉元目掛けて突き上げられた短剣。

 俺っちが手首のところで掴んで封じた刺突。

 制止した高さは胸の辺り。

 しかし。

 攻撃を防がれたと見るなり、ソードマン=スーパーノヴァは柄のところに仕掛けられた隠しスイッチを作動させた。

「いつだって奥の手を用意してあるのさ!」

 瞬間、短剣の刀身が猛スピードで射出される。

「ッ⁉︎」

 首の可動域だけでは避けきれない。距離を取ろうにも俺っち自身がソードマン=スーパーノヴァの腕をがっしり掴んでしまっている。反対側の手は、眼球を抉らんと迫るショーテルの鉤爪のような剣先を止めるので塞がっていた。

 となれば、

 受けるしかない。

 ガキィィィッッ‼︎ と響く衝撃。

 それが伝わるのは大広間ではなく、俺っちの顎の骨。

 顔に飛び込んできた短剣へ向けて口を開き、喉を貫かれる前に勢いを文字通り噛み殺した。

 くっそ、側近の毎朝のストレッチのすゝめを無視してきたツケが回ってきたか。でもそれでも俺っちは朝はダラダラしてたい!

 だらりと吐き出すと同時に、舌の上でくるりと一八〇度回転。

 咥え直した俺っちは、唖然としながらも続く攻撃を予想して真一文字に口を結びつつ、目を極限まで細めた剣技の超新星に渾身のヘッドバットをぶち込む。

 ドシャッ‼︎ と貫かれる刃。

 吹き出した鮮血が、咄嗟に閉じた俺っちの瞼を染めあげる。

「ぐ、がぁああッ‼︎」

 刃を失い無力化された短刀を気にする必要はもうない。

 俺っちはソードマン=スーパーノヴァを抑えていた右手を離し、その手で顔にべったりとついた目隠しをひと拭い。

「狡い手を奥の手っていうのか。一流だかなんだか知らんけど、」

 仰け反った剣技の超新星の顔面を鷲掴みにし、

 そのまま床に叩きつけた。

「戦い方は邪道、っていうか外道だね」

「黙れぇェッ‼︎」

 ばっくりと頬に空いた傷口から溢れ出す血液。

 抑えながら、若き剣豪が凄絶な咆哮をあげる。

 魔力の、

 衝撃波が走った。

 バキッ! バキバキッ‼︎

 ドバァッッ‼︎‼︎‼︎

「どうせ俺の国の城じゃねえんだ。インフラや建造物の破壊は御法度ってことになってるが、お前らド畜生ファッキン魔族のせいにすりゃOKッ‼︎」

 引き抜かれる第四の剣。

 それは炎の揺らめきのようなウェーブがかかったロングソード。

「フラン……」

「……ベルジュッ!」

 剣のうんちくにおいては右に出るものはいない、

 青二歳サノヴァビッチゴーストことソルドメスターの亡霊と、俺っちの呟きが共鳴する。

「オタク知識はあとでにしてくれよソルドメスター。こいつガチだ」

 波打つ刀身。

 その周りに紫色の陽焔かげろうが立ちのぼる。

 ボタボタと流血する顔でソードマン=スーパーノヴァが口を開く。

「こいつは波状の刀身が絶大な殺傷能力を実現する大型の両手剣。単なる斬撃でも傷口を治療することは困難だが────」

 深い構え。

 続く高速の居合い。

「魔力を帯びた俺の太刀筋は、岩をも断ち切るッ‼︎」

 おいおい……マジかよ。

 その言葉に俺っちは戦慄する。

 今度はお前が解説するんかい。

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