第42話
「やっぱお前に譲るわ、ミス=ポッツ。むくつけきジジイの加齢臭はごめんなんだ」
「言ったな? 横槍入れんのマジでなしだからな!」
念押しをするや否や、ミス=ポッツは腕を横に振り、手のなかからバラッと大量の種子を一面に散布した。
床に落ちた瞬間、一粒一粒が急激に成長し、巨大なウツボの群れのようになってエルダー=ソードマンを襲った。
「やれやれ……」
大剣豪を名乗る老人はそう言うなり、立ち上がって剣を引き抜いた。
流れる水のような滑らかさで素早く剣を空中を往復させると、そのまま鞘に戻して座り直す。
直後。
ズババババッッ‼︎‼︎‼︎ と。
轟音とともに襲いかかる樹木の枝葉、蔦の全てが木っ端微塵になった。
「この程度とは言わんだろうな、魔族よ?」
「嘘だろ⁇」
唖然と口を開くミス=ポッツは、膨大な手数を誇る攻撃が無に帰せられる様子を見て半歩後退りする。
「無理そうなら代わるぞー?」
「冗談言ってんじゃねえ、いまのはほんの小手調べだ!」
ミス=ポッツは再び種子を取り出し、足元に放る。
「そうだ小手調べだ!」
「腕試し足慣らし!」
「肩慣らしは済んだ。ここからは全力だ」
生まれ成長する分身たち。
それらは拗らせマキシマムとの戦闘で見せたものより大きい。
加えてそれぞれが木製の槍、果実のモーニングスター、剣身から紫色の液体が染み出す剣などを携えている。
足を振ったり首を鳴らしたり。
ついに体勢が整ったようで、全員が同時に走り出した。
同時にウツボのような樹木の群がエルだー=ソードマンを襲う。
座っていた椅子が破壊されると、老人は軽やかに飛び上がって木の上を走り出した。
向かってくる分身たちを切り捨てながら駆け抜け、畝る樹木の足場に対応し、掴み、飛び、切り捨て、乗じる。
対するミス=ポッツは、両脇の足元から巨大なヒマワリを顕現。
花開くと同時に、中央から大粒の種子が弾幕となって発砲される。
「蜂の巣だ!」
ミス=ポッツがさらにもう二本のヒマワリの砲台を出現させると、弾幕の攻撃は苛烈を極める。
ザンッ‼︎ ギャキキキキキキキキンッッ‼︎‼︎‼︎
と、大粒の弾丸を連続で切り捨てるのは、高速回転する老人の剣。
弾道は裏返したスプーンに直下する水流のように散らされ、ひとつとして当たる様子はない。
代わりに跳弾が大広間を穴ボコにした。
天井のシャンデリアが粉々に砕けて落下。
それをエルダー=ソードマンが躱す間も、窓ガラスは粉砕され、引かれたカーテンはボロボロになっていく。
「ッ⁉︎」
一瞬、大剣豪を名乗る男の動きが止まり、掠めた種子の弾丸がその頬に切れ込みを入れる。
ツーと流れ落ちる血液。
しかし、エルダー=ソードマンの意識は他にある。
「キーッシャッハァーッ‼︎」
ドロッと粘り気のある紫の液体が溢れ出す剣身。
その武器を持った分身の一体が、背後から老人の首筋に剣を沿わせる。
「毒か」
「気づいても遅せぇーよ! 触れたらお陀仏だ。一瞬でもな!」
「ふむ。弱者の考えだな」
剣を持ち替え、脇の下に通して背後へ。
「ギュプッ⁉︎」
串刺しにされた分身。
エルダー=ソードマンはそれを軽く払い落とすなり、ミス=ポッツが叫ぶ。
「そっちは対処できたか! 代わりに蜂の巣が確定したな‼︎」
迫り来る弾幕。
大剣豪を名乗る男は、剣を使って自分がすっぽり入る程の円を空中に描いたかと思うと。
静かに、剣身を鞘にしまった。
横薙ぎに流れ込む弾丸の雨。
すべてが、エルダー=ソードマンに当たる直前で粉々に切り刻まれ、地面に落ちてしまう。
「斬撃の膜、とでも言うべきじゃろうか。この円を潜ったものは、ワシの太刀筋を実に数千回受けた状態で出てくることになる。要するに、」
最後の弾丸が、斬撃の膜に着弾し地に落ちる。
「お陀仏の毒の刃も弾丸も、ワシの前では無力。『触れれば』という仮定は、実現されるには非現実的すぎるということじゃ」
キンッ! と軽く小突くような仕草。
しまった剣の柄でエルダー=ソードマンが押し出すと、斬撃の膜はミス=ポッツに向かって猛スピードで直行した。
老人の発射した攻撃と俺っちの間にはミス=ポッツが。
巻き添えを食らわすかもしれない。
建物の奥に誰がいるかもわからない。
そんなセーブがかかった状態で、俺っちは迎撃の魔力砲を撃つが。
「ッダメだ避けろバナナマンッ‼︎」
「くそッオルトロ────」
「デタラメじゃねえかこんな────」
ズザザザザンッ‼︎ という鈍い音とともに。
斬撃の膜が通った軌跡は、円柱状に大広間を削って奥の部屋をもくり抜いた。
立ち込める砂埃。
パラパラと天井や壁面の破片が降るなか。
割れた窓から吹き込む風が、ミス=ポッツが立っていた場所から葉っぱを吹き上げ、大広間を漂わせていた。
「……」
俺っちが様子を見守る横で、
「オルトロス……」
バナナマンは床にできた血の染みを見て呟いた。
「さて、娘を追って次に死にたい若造はどいつじゃ?」
大剣豪を名乗る男。
彼が剣身を鞘にしまい力を失った大木の残骸に腰掛けた、
そのとき。
舞い落ちた一枚の葉っぱが、彼の耳元で口を開く。
「お前だよ、
喉元に括り付けられた蔦。
直後、顕現した二体のウツボのような樹木はそれを食い縛り、左右逆方向に向かって飛び出す。
「葉っぱから────腋芽か⁉︎」
「
「
ミシミシと軋み始める首の骨。
エルダー=ソードマンは咄嗟に鞘に入ったままの剣を自分の喉元に突き立て、蔦の下を潜らせた。
「はっ、粘るね老害! いいじゃん見ててやるよ。剣が折れるか首が折れるか、どっちが先かなぁ?」
「あのーミス=ポッツ? それ俺っちの
「あ? 知るかそんなもん」
まぁ剣身が折れることはまずないが、鞘が傷みそうなのでやめていただきたい。
先に処理してしまおうと、俺っちは大剣豪を名乗る男に魔力を込めた指先を向けた。
その瞬間。
「ちゃっちゃとくたばれよ、クソジジイ」
なぜだ。
なぜ、エルダー=ソードマンの口から剣先が突き出ている。
しゃがんで覗き込んでいた男が後頭部から串刺しにされているのを見るなり、思考が停止した頭でミス=ポッツは上を見上げた。
「やあ」
ドゴッ‼︎ と蹴り込まれる重い一撃。
息を詰まらせ声が出ない植木鉢の女の身体が、水平方向に飛ぶ。
「控えの男……戦えたんか、お前」
スラリとした長身。
ハーフアップで結ばれた長い髪。
顔の横を垂れるひと房を、首を振って払うは、大広間に入ったときにエルダー=ソードマンの後ろに立っていた若い男だ。
突然の同士討ちに唖然とする俺っちたちに、彼は構う様子はなく、老人に突き刺した剣を引き抜くなり口を開く。
「危うく壊れるところだったじゃないか。そしたらどうするつもりだったの、老害? あんたの首より、この武器の方がよっぽど価値があるんだぜ?」
「────ぜ……なぜ、こんな──をする……ワシは、はぁ……お主の師匠────……」
「お前を師匠なんて思ったことなんざねーよクソジジイ。てめえはずっと
怒鳴りつける若い男。
剣技の超新星を名乗る彼に、老人は虫の息で答える。
「年金が……」
「えぇ? なに?」
「年金の……受給年齢が上がって……最近は魔族討伐に国家予算を使い過ぎて、国も退職金────くれないし……ごはぁッ……働くしか────」
そこで、エルダー=ソードマンが息を引き取る。
部屋は静かだった。
誰も言葉を発しようとしない。
というか、どう反応、どう切り出せばいいのか分からない。
まぁこのままじっとしてるわけにもいかないので、俺っちは静寂を破らせてもらうことにするんだけど。
「鬼だな、お前」
「あ?」
「可哀想……でもないかオルトロス殺してくれてるし……じゃあ残念な老人だこと。さぞかし老後が心配だったんだろうな、あんな歳になってまで働いて。もうちょっと労わってやれよ」
「魔族になんざ言われたくねえんだよ! それにこんな老ぼれ、いつ死んだって変わりはしない! 大事なのは、」
言うなり、剣技の超新星は老人の亡骸から
「おい、ちゃんともとに戻せよ? いや、お前をぶっ飛ばしたあと自分で戻せばいいか……やっぱなんでもなーい!」
空の鞘。
腰に掛けたソードマン=スーパーノヴァ。
彼は本来ならば剣の柄が存在するであろう位置の、
虚空を掴んだまま構えた。
「俺の方がこの武器を使いこなせるってことだ。あのジジイは原理主義的なとこがあって頭が固かったからな。数々の種類の剣、そして魔力、魔法ってやつのポテンシャルを微塵も理解してなかった」
直後。
若い剣豪の周囲が紫色に発光しだし、鞘の近くで虚空を掴んでいたはずの手のなかに剣の柄が現れる。
「来いよ、魔族。来なくても、そこは俺の間合いだがな」
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