第39話
直後。
螺旋状に放射された火柱がミス=ポッツを襲う。
ゴウッ‼︎ という爆音を伴い、彼女を交点としてふたつの光の軌跡が宙を裂いた。
炎の直線攻撃のあとに残ったのは、焼け焦げた植物の匂いと煤を振り撒く真っ黒な残骸。
自分を襲ったモーニングスターの先端に蔦で繋がれた巨大な果実が力なく落下する様子を満足そうに眺め、炎帝は口を開く。
「はっ……ははっ! 勝った! やった、ざまあ!」
とそこで、はっと気づいた彼は咳払いをした。
荘厳な自分のイメージを崩さないように、重々しい調子で言い直す。
「蜃気楼のような儚い露の命の、呆気なく終わる様よ。それも仕方あるまい。我が『ドラゴンズ=ブレス』を受けて生き残った者など存在しないのだからな」
すると。
「撃ったのが初めてだからじゃないの?」
背後からの声。
「バカな! あり得────」
首の両側から貫かれる喉。
声を失った炎帝に突き刺さったのは、複数の根を筍の先端部のように鋭くまとめた球根だ。
「植物だからさ、蚊に食われたことないんだけど、いったいどんな感じ? ねぇどうなの? 教えてよ!」
炎帝の体内に根を下ろした球根が、養分の吸収を開始する。
それは拗らせマキシマムの血肉、果てには生命力をすべて吸い尽くし、紫の花を咲かせた。
「……チューリップって嫌いなのよね」
ミイラ化した炎帝拗らせマキシマムおじさん(50)。
からからのその身体を蹴り砕きながら、ミス=ポッツはつまらなそうに吐き捨てる。
俺っちはというと、食べ終えたお菓子の袋をそこらに捨てつつ、街頭の上から飛び降りた。
「養分ちゅーちゅーチューリップ。吸収が始まればほぼ即死させられるけど、近づかなきゃだし、地肌が出てないと刺せないしっていうのが難点かしら」
俺っちへ向けて言ってるのか独り言なのか。
あまり釈然としない調子でミス=ポッツは話し始める。
ちゅーちゅー連呼するも、こいつじゃ可愛げがない。
「刺した部位ごとの効果の違いも調べておかなきゃだしなぁ。技としてはまぁまぁってところね。なにより咲いた花に殺したやつの面影が残ってる気がして、愛玩できないもの」
そう言って、咲いた二つの花を躊躇なく握り潰す。
こいつはこいつでやべえな。
いや知ってたけど、なんかエスカレートしてる。
「てゆーか、邪魔すんなよな!」
「え、なにを?」
「しらばっくれんな。お前だろ、あいつが奥義とやらをぶっ放したときに横槍入れたの」
「あー……」
俺っちはそのときのことを思い出す。
『ドラゴンズ=ブレス』──やばい、恥ずすぎて技名口に出したくねえわ──と交差するように光った魔力砲の軌跡。
あれは俺っちが拗らせマキシマムの攻撃をある程度相殺するために放ったものだ。
普通にミス=ポッツ死ぬ気がしたし、そもそも最初に後方支援するって言ってあったし。
よかれと思ってやったのだが、植木鉢の女はどうやら不服らしい……なんで俺っち怒られてるの?
「いや、横槍と言われましてもね。お前が瞬間移動できるの知らなかったし。てかどうやったの、あれ?」
「いい質問ね。特別に答えてやろうじゃない」
するとミス=ポッツは誇らしげに腕組みをし、力説を始めた。
まずったな。尋かなきゃよかった。
「種子を使った分身の応用技よ。今まではただ駒としての分身を作って敵にぶつけることしかできなかったけど、今度は分身の一体をあーし『本体』にできるようになったの。だからあいつの火炎攻撃で死んでも、それを分身の一体として、自分本体は別の個体に移して生き延びられたわけ」
「へー、すごいね」
すごいキモい。
なに、分身と本体の入れ替わりって。
まず自分を『一個体』って認識してる時点で狂気を感じる。
「なに、その微妙な反応⁇ 文句あんなら聞いてやろうじゃ────」
瞬間。
「ぐほッ‼︎」
俺っちと気の短い植木鉢の女の間を、大きなゴリラのような影が横切った。「うほっ!」て言ってたし、ゴリラで間違いないと思う。
建造物のひとつに激突し、バラバラと落ちてくる壁面のレンガに地味な追撃を食らう人影が口を開く。
「取り込み中悪いが、こっちも手伝ってくれないか?」
ゴリラ的なものと思われた影はゴリラだった。
すまんなバナナマン。お前が戦闘になると大抵単なる泥試合になってつまんないから見てなかったわ。
猿顔の男が飛んできた方を見ると、そこには満身創痍のムサクルシ=ナイトが凍った地面の上でふらふら滑りそうになりながらもなんとか立っていた。
やっぱ泥試合だったか。
「無慈悲なる炎帝、業火のマキシマム=ファイアを倒していい気になっているようだな!」
マジかよ、二つ名込みのフルネーム呼び?
お前くらいだよ、あの厨二病の設定に律儀に付き合ってるやつ。
「だが残念! 低く見積もってやつの数倍は格上のこのアイシクル=ナイトが、ついに慈悲の心を忘れて重苦しく貴様らを処刑してやろうぞ! 我が奥義『
俺っちが面倒臭げにミス=ポッツへと目を向けると、彼女も同じように感じていたらしい。
俺っちたちの考える次の行動が一致する。
「高めに持ち上げてくれ」
「あいよ」
「なッ、なにをする⁉︎ 放せ────」
適当な調子で地面から巨大な樹木を発芽させるミス=ポッツ。
その枝葉は急成長を遂げ、一緒に生えてきた蔦に拘束されたキキグルシ=ナイトは天高く掲げられた。
俺っちは折った小指薬指に親指を添え、立てた残りの二本の指先に魔力を集める。
「『
上空へ向けた魔力砲。
それは敵を焼き尽くしてなお衰えず、ついには雲を引き裂いて天へと昇っていった。
「……微妙な演劇を見た帰りにクソでも踏んだ気分だな」
「あ? 誰の戦闘が微妙だって⁇」
なんですぐ察しちゃうのこの植物怖い。
「なんか俺、足手纏いみたいだな……」
やっべ、またゴリラが自信なくしてる!
「気にすんなよバナナマン。お前が相手にしてんのは食物連鎖の頂点なんだ、負けるときだってある」
「俺もそっち側なんだけど……」
適当にゴリラを元気づけ(?)たところで、俺っちは街で一番高そうな建造物を指差した。
「あれ、一番怪しくね?」
それは高台に建てられた大きな城。
いくつものとんがり帽子の屋根に加え、壁面には特殊なガラス細工の大きな窓が嵌め込まれており、他のどの建物より存在感を放っている。
故郷でいうところの魔王城なのだろう。
それを目指して、俺っちたちは歩き出す。
お姫様に会ったら、なにを話そう。
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