第36話

 初めて白羽の矢を使って人柱なかまを招集して以来、久々の入団面接を開始する。

 別にいらないんだけど、亡きサイクロプスに敬意を表してヒト族をぶち殺したい動機を聞いておくとしよう。通過儀礼的なね。

「あーしはもともと森で暮らすデカい木だったんだよ。日がな日光を浴びてすくすく成長して、そりゃもう神秘的な美しい健康優良児に育ってだな」

「こいつはいけねえ。バナナマン、忘れた嘘発見器を持ってきてくれ」

「尋問か! 黙って聞けよ」

 植木鉢の女が怒鳴る様子は、獰猛な野生生物の威嚇そのもの。

 あー怖い怖い。なんでこんなやつ助けちまったんだ。

「ある日から妙に仲間の樹木たちが少なくなってな。まぁ密集して生きてるから、成長速度が遅い木は陽が届かなくて枯れちまうから自然と間引きされるんだが、そうじゃない。ヒト族の母性愛者マザーファッカーどもが森林伐採してやがったんだよ」

「線路開通のためか。俺っちも見慣れた景色が破壊されててびっくりしたよ」

 魔力を込めたマントが、シュゥウウウと蒸気を放ちながら徐々に乾いていく。石鹸のおかげで匂いもよくなった。

 つけて外歩いていれば、あとは日光が消毒してくれるだろう。

「それだけじゃねえんだよ! 知ってるか? ヒト族が切り倒した木でなにをするか」

「家具作ったり、本にしたり。それこそ線路の枕木作ったり?」

 バナナマンがいくつか例を挙げる。

 そこで仲間外れにされていたオルトロスがトイレに入ってきた。

 バナナマンはハンカチがないことに気づくなり、オルトロスを抱き上げてその体毛で手の水気を拭う。

 新しいな。

 ハンカチがないとき、髪型を整える体で前髪に水分吸収させたり、ないハンカチを取り出すフリをしてズボンで拭くこともあるが、犬を使うのはレアだ。どうでもいいけど。

「そんならまだマシだ。だがな、あいつらあーしを切り倒してなに作る相談してたと思う⁇」

 腕組みをやめたミス=ポッツが手のひらを返して両手を挙げ、僅かな間を空ける。

 クイズに参加する気はないので、俺っちとバナナマンは肩をすくめるだけにした。

「あーしの綺麗なうでを切り落として、ケツを拭く紙を作りやがったんだ!」

「トイレットペーパーか」

「名前なんざどーでもいいんだよ! 許せねえ、ぶっ殺して剥いだ顔面の皮でケツ拭いてやるッ‼︎」

 長い一巻きにはできないだろうから、箱に入れてティッシュみたいに一枚ずつ使うつもりだろうか。

 なんだとしても笑える。

 俺っちはミス=ポッツの憎悪がたしかなものだと確認するなり、マントを身につけて出発の合図をした。

「意気込み十分ってことで、そんじゃヒト族ぶちのめしに行きますかね。街の高級そうな建物を虱潰しにしていけば、そのうち見つかるだろ」

 そんな話をしていると。

「構内で立てこもっている魔族に告げる!」

 外から拡声器で声量が倍加された怒声が響いてくる。

「貴様らは完全に包囲されている! 速やかに投降し、我々の指示に従ってもらおう‼︎」

「まーたなんか出てきたよ」

 構内を抜けて眩い光のなかへ出ると、そこには複数の長官と思しき男たち──なにしろ俺っちの大事な王権象徴物レガリアをさも自分のものかのように身につけてるからね──と、その後ろに数百の兵士が、魔力砲を撃つことのできる最新の銃火器を携えて隊列を組んでいた。

 石造の背の高い建物が俺っちたちを囲み、

 その中央は噴水がさらさらと柔らかな水飛沫を上げる広場となっていた。

 もちろん兵士らを除いて一般人は人っ子一人いない。

「ずいぶんと御誂おあつらえ向きなロケーションじゃねえか。広いし人全然いないし。ここって結構田舎な方?」

 俺っちはヒト族の言葉で質問するが、会話が通じること自体に驚く反応はなく、四天王だとか六部衆だとかいうアホみたいな肩書をもってそうな男のひとりが淡々と返答した。

「住民は既に避難済みだ。貴様ら魔族の侵略に対する措置は常日頃から訓練しているからな」

「酷いもんだねえ、こっちから来たのは初めてだってのに。まぁ侵略行為はいつもそっちがしてるから、やり返されるかもって発想になるのは自明の理か」

 俺っちが手を挙げてマントをはためかせる。

 すると、兵士らが一斉に銃器の安全装置を外して構えた。

 お偉い役職に就いていそうなピカピカの勲章でうるさい軍服の男たちも、各々剣を取り出したりゴツい銃を取り出したりと慌ただしい。

「いや、耳クソほじりたいだけなんだけど……」

 驚かせやがって、という様子で互いの顔を見合わせる兵士たち。

 ひとり、気を緩ませた王権象徴物レガリアの所有者もいた。

 俺っちは小指でかっぽじった耳クソを取り出すなり、彼に向けて口を窄ませる。

「ふっ‼︎」

 刹那。

 俺っちを前に油断していた王笏の王権象徴物レガリアを持った男。その上半身が削り取られ、奥で控えていた兵士たちも同様に消し飛ぶ。

 そうとは悟られないように小指の先に込めた魔力の一点放出。

 ヒト族の兵士らは、すぐさまその奇襲を開戦の合図として認識した。

「撃てぇぇえええッ‼︎」

 生き残った長官の一斉射撃の号令とともに、戦闘の火蓋が切って落とされる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る