第35話
「…………早すぎないか⁇」
長い沈黙の末に、バナナマンが口を開いた。
「「なにが?」」
俺っちと植木鉢の女がハモる。
やめろ、仲良いと思われるだろうが。
俺っちはお淑やかな子が好みなんだ。お前みたいなお転婆はごめんだね。
「いやさ、なんかすごそうなのが出てきたと思ったら、」
消し炭となったシュークリーム=ナントカが最期に立っていた場所から、俺っちがピアスの
「ものの数秒で死んでるんだもん」
高火力で跡形もなく焼き尽くされた幹部と兵士たち。
俺っちの魔力砲が描いた一直線の軌跡にある石畳は、高熱を帯びてそこらじゅうにひび割れを起こしており、シュゥウウウと蒸気を噴き上げていた。
焼けこげた一帯を境目に、植木鉢の女が処理した残骸は別の様相を呈していた。
締められ、貫かれ、叩きつけられ。
彼女の腕や背中や脇腹から蛸の触手のように伸びた枝の餌食となったブルシット=ナントカとその背後に控えていた兵士ら一隊は、トマト投げ祭りでもしたのかという有様。
まったくもって品性がなく汚らしい。
俺っちはそっちの方も消し炭にし、お掃除を済ませた。
そこでパッパッとひと仕事完了! というように手を叩く植木鉢の女に声をかけた。
「結構動けるじゃんお前」
「まぁね」
長い髪、というべきか細かい枝というべきか、を指先で巻きながら答える。
こいつには案内だけじゃなく戦闘にも参加してもらおう。
「俺っちはレガリオ、一応魔王だ。んでこっちはバナナマン。よろしくな、ミス=ポッツ」
いや本当はゴリゴルゴスなんだけど……と口を挟もうとする猿顔の男の声に被せるように植木鉢の女が反抗する。
「ちょっと、変な名前つけんな。あーしはユグドラシルってんだ。一応補足しておくと世界樹の親戚だから、そこんとこよろしく」
「いや、お前はミス=ポッツだ。
「うざ、死ねよ」
「君の言葉には棘があるねぇ。もしかしてサボテンの親戚?」
「世界樹ってサボテンだったのか」
意外にもバナナマンがいじりに乗ってきた。
いいぞもっとやれ。
「てかお前、店で売られてた最後の一株だったよな? 他のお仲間はどうした」
在庫処分ということは他にも個体がいたはずだ。
まさか全部が全部こんな性格じゃないだろうから、シンプルに問題児のミス=ポッツだけ売れ残ったんだろうが。
「喋る植物はヒト族にとって珍しいらしくてな。土産に買う人が多い。同胞は小さな植木鉢から解放されたいやつだとか、もっと栄養のある土壌に住みたいやつが殆どだったから、媚びるようにいい子ちゃんぶってたよ。情けねえ。ヒト族に媚びへつらうなんて言語道断だ」
「なるほどね。ちゃんと肥料もらってなかったから、そんな風に捻くれちまったのか」
葉っぱ枯れてたしな。
その名残か、いまもミス=ポッツの髪の一部は色褪せてメッシュみたいになっている。
「あーしはちょっと苦しいからって自分を曲げるような
言われて思い出す。
ひとまず俺っちたちはもと来た道を戻って、お手洗いへ向かうことにした。
久々に見る魔外套の
大丈夫かな、シミにならないといいけど。
駅構内にあったトイレは大きな鏡があり、その裏に設置された間接照明が空間をオシャレにしていた。いくつもの路線が発着する終着駅なだけあって、気合を入れた作りになっているのだろう。掃除がよく行き届いていて、ありがたいことに固形石鹸まで用意してあった。
バナナマンが用を足しに個室に入っている間、俺っちは大きな洗面台にマントを広げて揉み洗いを始める。
いつも側近や召使いの少女が
案外落ちないなこれ。めんどくせえ……。
「はっ! 魔王が洗濯物ねぇ」
「茶化すくらいなら洗濯板のひとつでも作ってくんない? てかなんで入ってきてんだよ」
腕組みをしながら入り口の壁に
俺っちは手を止めず、鏡越しに彼女に答える。
「用を足しに来たんなら、女子トイレは隣だぞ」
「必要ねえよ。植物は排泄しないから」
え、しないの?
たしかにしてるの見たことないけど。
「じゃあお前、うんことかいつもどうしてんの?」
「人間と違って老外物は細胞のなかに溜めてるんだよ」
「汚ったな! お前常時うんこ携帯してんのかよ」
「人間も排泄するまでは同じようなもんだろ! それに知ってるか? 人間って生涯トイレにいる時間を合計すると一年にもなるんだぜ。寿命の浪費だね。その点あーしら植物は高効率なんだよ」
ならマジでなにしに来たんだよ。
俺っちは無関心を示すため、ごろっと黒目を半回転させて溜め息を返す。
「それで、これからどうするわけ?」
「どうって、お前にお姫様の居場所案内してもらうつもりだけど?」
すると、なんの悪びれもなく、
「そんなの知らん」
「は? お前、魔力をやる代わりに教えてくれる約束だろ」
「お安い御用って言っただけよ。知ってる人にとっては簡単な頼みなんじゃない? あーしは知らないけど」
「なんだそのクソガキでもしねえような屁理屈。鉢植えに戻すぞ」
バチバチと火花を散らせていると、用を足したバナナマンが個室から出てきて隣の洗面所で手を洗い始める。
「列車でせこい手使って兵士一掃しておいて、どの口が言ってんだか」
余計な口挟むな。
俺っちは親指で背後のミス=ポッツを指差し、抗議する。
「こいつだって(商品)棚に上がってたんだ。俺っちも自分を棚に上げてなにが悪い」
「棚に上がってた、って聞いたことねえよそんな表現」
まぁ言っててもしょうがない。
俺っちは洗い終えたマントを丁寧に絞り、バサバサッと
概ね綺麗になった。
あとは魔力で熱を与えて乾かすのみ。
そこで、暇そうなミス=ポッツに、
「これから向かってくるヒト族ぶちのめしてお姫様助けに行くんだけど、お前もくるよな?」
ご飯にでも誘うような軽いノリで尋いてみる。
「もとからそのつもりよ。言っておくけど、ヒト族への恨みだったら誰にも負けねえ」
「ほう? その話、詳しく聞かせてもらおうか」
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