第34話

 そのうえよく見ると、文字が二重線で消された横に、

『無料! お買い上げの際にお店の商品を一品タダで差し上げます』

 とある。

「お前、とんだ問題児みたいだな」

「客がタマなしカワードばっかなだけ。それよりあんた魔族よね? ちょうどいいわ。植木鉢ここからあーしを救出する光栄にあずからせてあげる。さぁ、さっさと商品ひとつ選んであたしを連れて行きな」

 可愛げのない植物だ。

 その枠はすでに野良犬が埋めているので、残念ながらこのパーティに彼女を入れる余裕はない。

 って、彼女って言い方で合ってるのか?

 植物って一個体で生殖できるから、両方の性別を併せ持ってるよな。

「悪いな、旅行鞄は空で持って行ってお土産でいっぱいにして帰るタイプの人間なんだ。お前みたいなお荷物を入れる場所はない」

 とはいえ。

「まぁでもここら辺の道案内ができんなら、連れてかないこともないぜ。俺っちたち、ちょうど水先案内人を失ったばかりでさ。紫色の肌にチャーミングなホクロが麗しいお姫様の居場所が分かるっつーなら助けるわ」

「なんだ、そんなことかよ」

 愛想のない植物はつまらなそうに笑い、得意げに枝で腕組みした。

 こいつ動けんのかい。

「お安い御用よ。それに魔力を供給してくれれば自分の足で歩けるし」

「ガジュマルの仲間か」

 バナナマンが口を挟む。

「なにそれ」

「歩く木だよ。といっても人間みたいに二足歩行するわけじゃない。地面より高い位置にある根っこを太陽の方向に伸ばして、代わりに今ある根っこを腐らせて切り離すことで、徐々に移動するのさ」

 なるへそ。やっぱ傭兵として各地渡り歩いてるだけあって植物とかに詳しいのか。

 いや違うか、ゴリラとしてバナナやそれに代わる果物を探していただけあって詳しいんだなきっと。

「俺っちの魔力も無尽蔵じゃないからな。ちょっとだけ分けてやるよ」

 そういって、無愛想な植物に手を翳した。

 指先に魔力を込めて葉っぱのひとつに触れ、一気に放出する。

 植木鉢の女は紫色の光に包まれて静かに呼吸をしていたが、

 直後。

 体に異変を感じたように顔色を悪くし、焦り気味に過呼吸を始めた。

「な……お前なにしてくれてんだよ⁉︎」

「え、魔力供給しただけだけど……足りんかった?」

「逆だよ! 多すぎ! こんなの体が保つわけ────」

 言い終わるや否や、植木鉢の女が発光しだした。

 眩さに目を細めたところで、植木鉢の割れる音とともになかの土が四方八方に吹き飛ぶ。

 パラパラと辺りに土塊が撒き散らされ、爆ぜた陶器の破片が軽快な音を立てながら石畳の床を叩いた。

「やっべ、死んだか⁇」

 そこで。

 俺っちとバナナマンは、周りに置いてあった植木鉢やブーケのフラワーギフト諸共爆散した残骸の向こうに、逆さまに突き出た足を目撃した。

「痛ッてえ……」

 バナナマンと顔を見合わせると、先にオルトロスがテーブルの裏を調べに走っていく。

「あっ、なんだこの犬! 舐めん──キャハハ! やめろっつってんだろ畜生ッ‼︎」

 バナナマンと二手に分かれて、テーブルの両側から覗き込む。

 そこには、見たことのある無愛想な顔をもつ人が商品棚ごしにL字に倒れ──壁に向かってした三点倒立が失敗みたいな──、顔を舐めてくるオルトロスを振り払おうとする姿が見えた。

「突然変異⁇」

「……みたいだな」

 俺っちたちに気づいたもと植木鉢の女は、乱暴に机を蹴って起き上がり、俺っちに吠えてくる。

「なにしくさってんだてめぇ、死ぬとこだっただろうが!」

「ありがとうを知らずに育つと人間こうなっちゃうんだ」

 胸ぐらを掴んでくる植木鉢の女に頭突きをお見舞いすると、よろけた先で彼女は自分の身体がまったく別の形になっていることに気づく。

「え、なにこれ……足?」

 魔女と契約交わした人魚かお前。

 植木鉢の女は困惑しながらも、転ばないようにテーブルに手をつき、ふるふると笑う膝をなんとかコントロールする。

 人の形をしていたが、見た目は植物のままだった。

 腕や脚に筋肉の筋に見える凹凸があるが、それは茎だか根っこだかがより合わさってできたもの。

 服は着ていないが、材質が完全に木材そのものなので裸には見えない。花だったときに顔の周りにあった花弁が首の周りに移動し、むしろフリルのブラウスを着ているみたいだ。

 もろ植物だった頃に歩行していた経験があるためか、彼女は早い段階で足の操作を覚え、そして初めて笑顔を見せる。

「マジか、足じゃん! うっひょーめっちゃ速く走れる!」

「うわーこいつ止めてくれバナナマン。見てるこっちが恥ずい」

 上機嫌でテーブルの商品を叩き落としたり、積まれた箱のピラミッドを蹴り崩しながら土産屋のなかを走り回る植物女を見て、俺っちは助けを求める。

 が、バナナマンは別の店で商品を物色し、無関係の客を装っていた。

 気が済んだのか、走り終えたもと植木鉢の女が俺っちの前で止まる。

「やるじゃんお前! おかげで徒歩以外の移動手段ができたわ」

「走行も移動手段的にいったら徒歩の部類なんだけどな」

「お礼に店のやつらが転売目的でこっそりとってあるコラボ商品をやるよ。こないだ店仕舞いのときに企んでんのを聞いたんだ」

「いや、道案内してほしいんだけど……」

 バシバシと豪快に腕を叩いてくるのが鬱陶しい。

 植木鉢に戻したろうかな、このクソアマ。

 土葬じゃ土葬。

 そんななか。

「お取り込み中悪いね」

 背後から見知らぬ声が聞こえてきた。

 なんだバナナマン、他人のふりをしたいからって声質まで変えるのはやりすぎなんじゃ。

 そうして振り返ると、ふたりの男を先頭に十数人の兵士が控えていた。

「駅で魔族の侵入があったという報告があってね。君たちが侵入者で間違いないかな?」

 他の兵士とは異なる軍服。

 お偉い長官を思わせるそのふたりの身体には、見覚えのある装飾具が身につけられていた。

「そういやこっちも大事な王権象徴物レガリアが盗まれたって、側近から報告があったんだった。お前らがチンケなコソ泥で間違いない?」

 シンプルなデザインの耳飾り。

 そして、リングに細いチェーンを通したネックレス。

 怪しげな光を放つそれらは、紛れもなく俺っちの王権象徴物レガリアだ。

「残念ながら、ここを通すわけには行かない」

 一方は長剣を。

 他方は魔力放出が可能な新兵器を翳し、ふたりして高らかに宣言する。

「王家直属部隊、幹部がひとりコンバット=シュプリームと!」

「ブルズアイ=ランチャーの名に賭けてッ‼︎」

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