第32話

(おかしい……なにかがおかしい……ッ‼︎)

 猿顔の男の飛び蹴りを受け止めた手をどこからか現れた手袋の男に叩かれ、捕捉に失敗。

 すぐさま標的を手袋の男へと変更して繰り出したパンチを躱されたところで、空を切った手を猿顔の男に掴まれ、列車の屋根に叩きつけられる。

 あまりに連携の取れた攻撃を何度も食らううちに、セージ=イン=ザ=フォレストはある可能性に気づいた。

(ハンドシグナルを使ってるのか、こいつらッ‼︎)

 気づいたところで、完全にふたりの術中。

 歯噛みするマントの男の焦燥に気づきほくそ笑むは、無音の攻略法を思いついた魔王、レガリオ。

 彼と付き添いのゴリラ顔の連携に拍車がかかる。


 イラついてるイラついてる。

 ソーセージ野郎の攻撃をすべて無効化し、隙ができるたびにバナナマンと交互にカウンターをぶち込み続けること数十秒。

 俺っちは老人の背後からマントを掴みつつ、そのまま頭上を飛び越した。

 捲れたマントに視界を奪われ体勢を崩すド畜生ファッキン老害だが、目的はそこではない。

 そのままブランコのようにスイング。

 俺っちは客車の窓をぶち破って車内へ移動する。

「これ借りるぜ! これも!」

「あ、おい!」

 三等車両に乗っていた大工と釣り人から荷物を奪うと、そんな反応が聞こえてきた。

 音が戻ってる。

 そりゃそうか。永続的に無音の空間を作り出せるなら、ソーセージ=イン=ザ=フォレストも都会がうるさいだのなんだのと言い出さないだろう。マントが魔力切れを起こしたのか、単に制限時間を迎えたのかは定かではないが、これで面倒を起こしてくれた中ボス擬きの断末魔が聞こえるというもの。

 俺っちが反対側の窓から列車の屋根に戻ると、マントを払い除けたソーセージ野郎にバナナマンがちょうど追撃を加えていた。

 先に釣り人から貰った釣竿をバナナマンに放ってよこし、続いて大工から譲り受けた五寸釘を、仰け反った老害のアキレス腱にマントごとぶっ刺す。

「がぁ────ッ⁉︎」

「もう立てまい」

 膝をつくソーセージ野郎の胸元に、今度はバナナマンが釣り針を引っ掛ける。

 高速で森を駆け、広い高原へと抜ける列車。

 風力は十二分。

 ソーセージ野郎の身体が宙を舞う。

ド畜生ブルシットッ‼︎ おろせ! 今すぐだ‼︎」

 はるか上空で風に煽られる老害の叫びに俺っちは答える。

「無音の効果でなに言ってんのか分かんねーや」

「空間魔法はすでに解けているだろう! ふざけたこと抜かすんじゃねえ‼︎」

「せいぜい金魚みたいにお口パクパクさせながら凧やっとけよ!」

 さきほど受けた言葉をそのまま返し、やってやったぜとガッツポーズをしたところで、俺っちは猿顔の男に声をかける。

「てかバナナマン、俺っちにもやらせろ。年末年始、凧揚げやんなかったんだよ」

 ほいっとバナナマンは興味なさそうに凧糸、もとい釣竿を渡す。

「うっひょー、雲ひとつある空に小汚ねえ凧。天晴あっぱれ絶景かな」

「遊んでないで早く列車にでも轢かせておけよ」

「もうちょっとしたら交代してやるから、バナナでも食って待ってなよ」

「俺は別に凧揚げしたいわけじゃない」

 言うなり、バナナマンはボロボロの列車を牽引する蒸気機関車へと向かっていった。

 ラッキー、独り占めだ。

 凧になったソーセージ野郎、その名も『タコさんウィンナー(本製品は食べられません)』で空に八の字を書いて遊んでいると、バナナマンが頭を掻きながら戻ってきた。

「まずいことになった」

「燃料切れ?」

「その方がよかったかもな」

 バナナマンは手に持っていた三頭一匹のケルベロス……じゃなかった、二頭一匹のオルトロスを掲げて見せてきた。

「飛び降りでもして逃げたのか車掌がいない。そこに来てこいつだ。火室にしょんべんしたうえに、土をかける要領でありったけの石炭をぶち込みやがった。止まれずに脱線だか終着駅で衝突だかするぞ、この列車」

「道理で、スピードが上がってるわけだ。てか列車見捨てるなよな車掌キャプテン

「車掌はコンダクターな。運命をともにして沈むのは船長だ」

「てか、ブレーキかけりゃよくね?」

「引いたらレバー取れた」

「それはお前のせいじゃん」

 俺っちは、ちゃっかり犬に全責任を擦りつけようとする猿顔に面責した。

 犬猿の仲ってこうやって始まるんだな。

 そんなことを考えていると、上空でタコさんウィンナーがパタパタと慌てた様子でジェスチャーを始めた。

 気を逸らさせたいのか、両の腕をそれぞれ逆向きに振ったり進行方向を何度も指差したり。

「その手にゃ乗らねえぞ陰茎野郎ディックヘッド。どうせまた悪さを────」

 瞬間。

 ドシャッッ‼︎‼︎‼︎ と遊び途中の凧が高く聳える城壁に衝突し、血飛沫を撒き散らしながら木っ端微塵になった。

 張力の働いていた釣り糸がだらりと垂れ下がり、久々の凧揚げがあっけなく終わってしまう。

「俺っちの凧がぁ!」

「言ってる場合か! ついに到着したんだ。このまま緩衝器を突き破って脱線するぞ!」

 バナナマンの言う通りだった。

 釣り糸を手繰り寄せて血でベタベタのマントを回収したところで、列車が終着駅に突っ込んだ。

 ホームで列車を待っていた客たち、そして止まれと旗を振っていた駅員が逃げ出した矢先、列車は緩衝器を破壊し、そのまま石畳の地面に乗り上げる。

 ギャリギャリギャリッッ‼︎‼︎‼︎ と鋭い音を鳴らしながら横転。

 連結部分でくの字に折れ曲がった列車が滑っていく。

 改札口や駅構内の柱を二、三本破壊した末。

 もくもくと土煙を巻き上げながら、ソーセージ野郎が魔法で満たした水をあちこちから流れ出させながら車体は停止した。

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