第30話

 空中で華麗に旋回。

 狂気じみた両刃が再びレイナを襲う。

 やばいやばいやばい!

 もと来た道へと戻るように踵を返し、走りだす。

 なんなのよ⁉︎ 次から次へと‼︎

 殺気の籠ったアゴの開閉音を背後に、レイナは自分の不運を呪う。

 どうにかしないと!

 でも武器はない。味方もいない。開放的な線路上を走るより、森のなかへ逃げる方が得策か。

 高速で思考を巡らせていると、

「お、気が変わったんすか! 魔王様の有能な助手ライトハンドをお供にするとはいい選た────」

 線路の枕木に足を取られて転倒。

 額のところで例の生首と衝突し、痛みで転げ回った。

「痛ッ! 最っ悪ッ‼︎」

「勘弁してくださいっす! こっちは腕がないからおでこ摩れないんすよ⁉︎」

 乱れた前髪を整えていると、不幸中の幸いというべきか、意図せずクワガタ野郎の攻撃を躱すことができたようで、スタッグビートル=ザ=スラッシャーが遠くで急ブレーキをかけてこちらへ向き直るのが見えた。

 手にあるのはお弁当のみ。

 となれば投擲物はひとつしかない。

「なにするんすか⁉︎」

「せめて時間稼ぎになってもらうわ!」

「嫌だわ!」

 ゾンビの生首をぶん投げようとしたところで手に齧りつかれ、不発。再度襲ってきたクワガタ野郎を避けたところで叫ぶ。

「痛いじゃない! 噛みつくってどういうつもり⁇」

 いたた……と手を摩っていると、生首が口を開く。

「オイラ弓が使えるんで、時間稼ぎじゃなくてあいつを仕留められるっす! 姉さんに兵士の残骸パーツを集めてきてもらえれば」

「だから無理! 触りたくない!」

 ぴしゃりと言うと、アンデッドキッドは諦めたように溜息を吐きつつ代案を出す。

「そこにオイラの弓矢があるっす。指示出すんで、姉さんが代わりにあいつを仕留めるっすよ!」

「は? そんなのできるわけ────」

「ジャッキィーンッ‼︎」

 クワガタ野郎の忌々しい攻撃に言葉を遮られる。

 こうなったら仕方ない。

 レイナはアンデッドキッドの武器を拾うなり、目一杯弓を引いた。

 が、弓なんてほとんど使ったことのないレイナが初見で使いこなせるはずもなく。

「痛ぇッ‼︎ どこ狙ってるんすか⁉︎」

 指をすり抜けて予定外に早く発射されてしまった矢は、アンデッドキッドのこめかみへ。

「ごめん! って、仕方ないでしょ⁉︎」

 言いながら次の矢を装填し、飛び回るクワガタ野郎目掛けて発射する。

 とはいえ、所詮は素人の放った矢。

 止まっているものだって当たるか怪しいのに、相手の行く先を予想して偏差撃ちなんてできるわけがない。

 まぐれで近くを掠るものもあるが、どの攻撃も基本的に明後日の方向にいってしまい、到底当たる様子はなかった。

「やっぱ無理! 使ったことないんだから!」

 それを聞いたスタッグビートル=ザ=スラッシャーは、最初に見たときのように近くの木の枝に留まり、逆さまになってにんまりと不敵な笑みを浮かべた。

「俺様を的に射的ごっこがしたいか。やってみなはれ! 僕はここから一歩も動かないよ⁇」

 絶対に当たらないという自信をもって、木に掴まっていない残りの足四本で腕組みを始める。

「デカい口叩く割には遠いわね!」

「リスクヘッジってやつだよ」

 クワガタ野郎は遠くの方で木に掴まる足を曲げ伸ばしし、空中で屈伸運動をして煽ってくる。

 ぶち殺してえ。

 やけくそになって矢を一本、弓を使わずそのまま投げる。

 すると、

「おおっとぉー」

 足を枝から離したクワガタ野郎が自由落下を始め、地面に落ちる前に羽を展開。今度は別の木の枝に留まった。

「嘘つき、ほら吹き! 動かないって言ったよね⁉︎」

 ボールならまだしも、投げたのは質量が不均等に分散した矢だ。当たるはずもなかったわけだが、関係ない。

 レイナが約束を反故にしたスタッグビートル=ザ=スラッシャーに文句を言うと、クワガタ野郎は澄ました顔で組んだ腕の一組を離し「さあ?」というジェスチャーをする。

「悪いね、体質なんだ。危機を察知すると身体が勝手に反応しちゃってね」

「せこい! 死ね!」

 レイナが次の矢を握りしめて暴言を吐いていると、静かだった生首、弓の名手アンデッドキッドが口を開く。

「……そうやって回避してくれるなら、いけるかも」

「はぁ⁇」

「姉さん落ち着くっす! 深呼吸して、力一杯弓を引いてください!」

「そんなこと言ったってどうせ……」

 当たるわけがないと半ば諦めつつ、レイナは生首の少年の言う通りに矢を弓に添えた。

 深呼吸とともに胸をいっぱいに開き、限界まで弓を引いたところで動きを止め、アンデッドキッドに指示を仰いだ。

「で、どうすればいいの?」

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