第29話

「はぁー……鬱だぁー、」

 カツカツと間の砂利を避け、等間隔で線路と交差する木製クッションの上を歩くレイナ。

 彼女はお弁当を包む風呂敷を左手に、つまらなそうな様子で呟く。

 ていうかなにやってんだろあたし。

 頼んでおいてお弁当を置き去りにしたレガリオを追って、わざわざ魔王城を出て危険なヒト族の里へと向かっている自分を俯瞰してみると、だいぶ過保護なことをしているのに気づく。

 そうだ、持っていく必要なんてない。

 勝手にお腹を空かさせて、せっかく作ってもらった愛情たっぷりのお弁当を忘れたことを悔やませてやれ。

「帰るかぁ、今更だけど」

 足を止めずに、そんなことをひとり口にする。

「そもそも方向こっちで合ってるのかな……?」

 すると、

「合ってるっすよ!」

 そんな話し声ふたり、森のなかを響く。

 いかん、疲れてるのか変な幻聴まで聞こえてきた。

 こりゃ早く家に帰って温かい湯船に浸からないと病気になるな。

 にしても、脳内の声にしては音源が下の方だったような……。

 考えるレイナは足を止め、顔を地面の方へと向ける。

「魔王様に会うんすか? よかったらオイラも連れてってください! さっき汽車で逸れちゃって」

 数秒間の思考停止を経て、レイナはワンテンポ遅れて来た背筋の寒気に身を震わせながら、

「生首が喋ったぁぁぁあああああッッ‼︎⁉︎」

「ぎゃぁぁああああああああああッッ‼︎‼︎」

 蹴り込まれるブーツ。

 波打ちひしゃげるツギハギの顔面。

 線路上に転がっていた喋る生首を蹴り飛ばすなり、ふたりの叫び声が共鳴する。

「なになになになになんなのッ⁉︎」

 数メートル上の木の枝に引っかかってぷらぷらと揺れる頭を、怖さで顔を覆った指の間から見ながらレイナが叫ぶ。

「いはいははいへふかー! おひははあおあっえあいおい……」

 口に枝が入って上手く喋れずフガフガと妄言を吐くその下で、バラバラの四肢や胴体が線路上のあちこちに散らばっているのが見えて、レイナは足を竦ませる。

 キモい! 無理! 本っ当に無理ッ‼︎

 帰る理由が増えたものの足が動かない。

 顔を覆ったまま動かない身体をどうしようかと悩んでいると、口を動かすうちに木の枝から落ちた生首が、線路の金属部に衝突して「痛ェッ」と叫ぶ。

「酷いじゃないっすか! 道案内してあげてるのに」

「ゾンビは嫌いなの!」

不死系種族アンデッドに偏見ある人っすか?」

 そういうわけではない。

 アンデッドのなかでもスケルトンとかミイラは別に気にならないんだ。スケルトンはほぼ理科室の標本だし、ミイラは単なる黄ばんだトイレットペーパーぐるぐる巻き男だから、キモいはキモいが許容範囲内。

 一方でゾンビは異色だ。血生臭いし、見た目が怖いし、腐食した筋肉と軋む骨が生み出す不快な音が耐えられない。なぞにあの種族だけ気色悪さのお徳用パックみたいになってるんだよな。五感全てを震わせてきやがる。

「偏見はないけど、強いて言えばお墓に戻──土に還ってほしい」

「そこ言い直すんすか⁉︎ ていうか初対面の相手に死ねとかよくないっす!」

「もう死んでるでしょーが‼︎」

「あっ! あーいいんすかーそんなこと言ってー。あんた、魔王様を探してるんすよね?」

「うぐ…………道案内、本当にできるんでしょうね?」

 言い返しているうちに最初に感じた気味の悪さが徐々に緩和され、気づけばレイナは少し遠巻きにしゃがんでツギハギの生首と会話していた。

「もちろんっす! あーでも見ての通り四肢が散り散りなもんで、運んでもらわないと無理っす」

「あ、じゃあいいっす」

「えッ⁉︎ あ、待つっす! おいーーっ‼︎」

 両手を前にしっかりと拒否のサインを示しスタスタと歩き去ろうとするレイナを、生首だけになった不死身の少年アンデッドキッドは呼び止められない。

 方向は合ってるならどうせ線路は一本だし、なんとかなるでしょ。

 わざわざ気持ち悪い生首を旅のお供にすることもない。

 そうして歩いていると、

「こんな森のなかで魔族がひとり」

 どこからか、

「不用心、あ実に不用心!」

 憎たらしい調子で声をかける人影が。

 ゾンビの生首は置いてけぼりにしたはず。

 まさかとんでもない咬合力で木々に齧りついて枝葉を伝ってきたんじゃないでしょうね?

 そうして見上げると、そこには人の顔を持つ大きな甲虫が逆さまにぶらさがっていた。

「ナンパ? 悪いけどあたしには心に決めた相手がいるからお断りよ」

「あら、残念。ときに君、さらさらと長く艶やかなその黒髪、短く切ってイメージチェンジしたいとは思わない?」

 ゆっくりと開閉を繰り返す大きなアゴ。

 クワガタみたいだ。鋭い歯がついたハサミのような部位を見て、レイナは答える。

「思わないね。先を急いでるから放っといて。こっちは間に合ってるんで」

「つれないなぁ……」

 潔く諦めたのか、鬱蒼と茂る葉っぱのなかへと消えていく声。

 構わず歩き出したところで、背後からブンブンとけたたましい羽音が急接近してくることに気づく。

「やっぱ散髪してあげるよ! ボブがいいかな、ロブがいいかな⁉︎ 首ごと切ってあとで微調整すればいいかッ‼︎」

 嫌な予感に身体が咄嗟に動く。

 身を屈めたところで、ジャキンッ‼︎ と、二枚の鋸を打ち合わせるように閉じた複数の鋭利な突起をもつクワガタのアゴが、頭上を掠めていった。

「なんのつもり⁉︎」

「申し遅れました、俺様はスタッグビートル=ザ=スラッシャー! 人類の脅威となる貴様ら魔族の侵略を阻止するため、次期列強国トップとなるであろう弱小国家より馳せ参じた刺客でごぜえます!」

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