第28話
そこで、懐疑的な表情を浮かべる俺っちに、唯一聞こえるものが現れる。
「どうだ、素晴らしいだろう? これが私の会得した魔法だ!」
列車のうえで腕を広げ、胸を逸らして目一杯深呼吸をするのは、ソーセージ=イン=ザ=フォレスト。
静寂を好み、瞑想を求める老害だった。
「これが私の望む世界、音のない世界だ。俗世は雑念が多すぎて、人里離れた大自然に逃げ込まない限り考え事もできない。だがどうだ、こんなにも世界は静かに澄み切っている。静寂が私の心を澱ませる暗雲を晴らしてくれるのが感じられる!」
「魔力のないヒト族が魔法を使うってだけで驚きだったけど……無音がほしいって、なにその動機。耳栓買えばいいのに」
俺っちが口を動かすのを見て、ソーセージ野郎が笑い出す。
「すまんな、魔族。喋っているつもりだろうが、貴様の声はいまミュートにしてある! せいぜい金魚みてぇにお口をパクパクさせながら静かぁーにくたばりやがれぃ!」
再び発光するソーセージ野郎の両腕。
今度は胸の前でなにかを混ぜるように、上下に配置した手を回し始める。
収束する光。
形成される未知の物質。
手のなかに収まりきらないほどに膨れあがったそれを、マントの男は両手で支えるように頭のうえに移動させる。
「潰れちまえッ‼︎」
投擲される丸い物体。
それは、苔の生えた巨大な岩石。
(なにこいつ、俺っちたちどころか車内のヒト族まで殺す気じゃん)
俺っちは、瞬間的に膨大な魔力を纏わせた拳で投石を粉砕。
その横では猿顔の男が破片の二次被害を振り払っていた。
眼前の障害物が砕かれ、視界が開けた矢先。
どこから現れたのか水の激流が直線的に伸びてきた。
押し流されかけるも、俺っちは飛翔で回避。
水流によって屋根から押し出されたバナナマンは、列車を隔てた反対側でなんとか側面に捕まっていた。
一緒に流されたらしいオルトロスを先に屋根のうえに放り投げ、バナナマンがよじ登ってくる。
「よそ見ッ‼︎」
声に釣られて前を見ると、即席で作ったのかさっきよりは小ぶりの岩石が飛んでくる。
ドゴッ‼︎ と、
思わず受け止めたところで床、というか天井が抜ける。
落ちた先は二等車の通路。
乗客は悲鳴をあげている様子だが、音はない。
斜め上に目をやると、開いた穴からソーセージ野郎が覗き込んできていた。
すかさず岩を投げ返す。
天井の木材が弾けて穴が広がるとともに、マントの男は後方に吹き飛ばされ視界から消え去った。
俺っちは近くの窓をぶち破り、敵の背後を取ることにした。
飛翔し、列車が死角になるように窓に沿って移動する。
が、
「愚かな! こちらには音が筒抜けだ‼︎」
再び水流が蛇のように畝って横から猛突進。
ガラスをぶち破って列車内に戻される。
列車の屋根のあちこちに開けられた穴から流れ込んだようで、車内は水浸し。
窓や側面に開けられた風穴から流れ出ているおかげで、乗客はかろうじて溺死せずに済んでいたが、誰もが天井に空いた僅かな空間で酸素を欲して浮き上がり、荒い呼吸をしていた。水は兵士らの死体から出た血液で濁り、乗客の荷物がバラバラと散乱している。
くそだりい。
俺っちが浮力に身を任せてぷかぷかと浮いていると、天井に衝撃が走った。
見上げると、そこにはゴリラの顔の浮き彫りがくっきりと刻まれていた。
ぶっ飛ばされ、屋根の上をバウンドしているようで、断続的な衝撃と天井の凹みが先頭車両へと向かっていく。
くそワロタ。
ちょっとだけ気分がよくなって、俺っちは車両内でその跡を追う。
水中で一掻き、そして車両間のドア横の壁を一蹴りして特等車両に到着したところで、さっきソーセージ野郎が不用意に開けた天井の穴から猿顔の男が転がり落ちてきた。
生きてはいるが満身創痍。
まぁ無理もないけどね。
同じ生身のヒト族同士の対決なら、筋力、戦闘経験、野生のゴリラの勘ともいうべき戦いのセンスがずば抜けたバナナマンが圧勝だろう。
しかし、相手は俺っちの
こっちは聴覚が塞がれて危機察知が難しい。
敵だけは選択的に音を拾えるのか索敵は一方的で、弾切れの気配が微塵もしない岩石と激流の連続攻撃で畳み掛けてくる。
てかヒト族の適応能力高すぎでしょ。ちょっと見直したわ。
俺っちは短く考える。
魔力と魔法は別物だ。
魔族は総じて魔力を持つ。が、その魔力を単なるエネルギー源や身体能力の向上にではなく、魔法という超常現象として出力できる者はほとんどいない。
というか俺っちともうひとり、予定があるだとかほざいて今回の遠征に参加しなかった大魔法使い、薄情者のスペルロードだけだ。
彼なら色々な魔法が扱えるのだろうが、俺っちができる魔法といえば翼を使わない飛行のみ。
くっそ、あいつの魔法うんちくをもうちょい真面目に聞いてれば。
……いや、それはそれで苦痛か。
ソーセージ野郎のかっ怠い戦闘に付き合ってた方がマシまである。
一方、このボケ老人は魔力を与えられただけで魔法を会得したというわけだ。
まぁ魔導書も持っていかれてるわけだから、あり得なくはないか。
「いつまで隠れているつもりだ?」
ペチペチとゴリラの頬を叩いて意識を取り戻させていると、後方車両からソーセージ野郎の声が聞こえてきた。
もといた場所にそのまま止まっているなら車両三つ分以上の距離があるはずだが、列車や風の音が消されているせいで、その声は実に明瞭だ。
「言っておくが、私は煩わしい乗客が全員巻き添えになったところでちっとも構わない。静かになるうえ、私は王都へ行かずに済むからな。罪や責任は貴様ら魔族に
はぁぁアアアッッッ‼︎‼︎ と、老害の勇む声が聞こえてきた。
どうせまたあの巨岩を生成して、列車にぶつけて一網打尽って魂胆だろう。
俺っちは起きあがったバナナマンに向かって、手で様々な形、動きを作った。
それを見たバナナマンの表情は訝しげ。
なにを伝えたいのか分からず疑問を抱いている、のではない。
音もなしに、俺っちが言わんとしていることがはっきりと理解できてしまう状況に困惑しているのだ。
よかった、通じて。
俺っちはもう何度か指を折り、差し、普段することない手の形を見せる。
対するゴリラは、ただ頷いた。
準備完了。
あの
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