第26話
完全に姿を現した巨大生物。
所々にメイド服の残骸と思しき布切れを引っ掛けたそれは姿を変え、今度はサメを彷彿とさせる顎を大きく開けたかと思うと、なかからウツボのような舌が、スーツの男を目掛けて一直線に飛び出しました。
「変身する能力。複数の奇獣をもつ身体……キメラか!」
スーツの男は紙一重でキメラと化した召使いの少女の攻撃を躱し、天井へ。
接地してすぐ、サメ型の魔物へ向かって跳躍します。
「英雄譚というものには強大なる魔物がつきもの! 俺は運がいい! 突入部隊の全滅を乗り越え、御誂え向きの悪役を倒すチャンスを貰えるんだからなッ!」
魔力が篭った重い一撃。
食らわせる瞬間。
召使いの少女は、タコの特徴を主力とした形態に変化。
長い触手を使って攻撃をいなします。
「ひとつ残念なことと言えば、お前さんの名前を尋けないことか! 英雄の倒した魔物がキメラなんて種族名では面白くなかろう!」
受け身をとったヴァイス=プレジデントは、再び跳躍。
打撃、打撃。
タコの足、というより枯れた蓮の花に似た表面をもつ触手の、身の毛のよだつような無数の吸盤に捕らえられることなく進撃。
触手の根元から上部の、人の形を保った少女の上半身へと飛び込みます。
すると。
「命を捨てて領土拡大だなんてぇ。全世界を股にかけた一軒家でも建てたいってそういうわけぇ? んんぅ? 違うでしょぉ?」
パァンッ‼︎ と、蚊でも叩くような簡単な仕草。
その巨大さからは想像もつかない速度。
スーツの男はそこで初めて、自分が誘い込まれていたのだと知ります。
「ならぁ、あっはっはぁん! 余分な土地を求めて侵略なんかしてないでぇ、奥さんと家で愛し合ってたらどうなのよぉーえぇー?
揺らぐ視界。
飛びそうになる意識。
脳震盪。
スーツの男が怯んだところを、すかさずタコのような複数の触手が襲いかかります。
「広いお家はお掃除が大変なのよぉ?」
体育座りになった脚と対岸の胸。
そして左右に空いたわずかな逃げ場を完全に塞ぐ両腕。
知らず知らずのうちに作られた檻のなかで、ヴァイス=プレジデントは飛んでくる触手の攻撃に対し、両腕を挙げてせめてもの防御を決行します。
ダンッ! ダンッ‼︎
ダンダンダンダンダダダダダダダダダッッ‼︎‼︎‼︎
シンプルな連続的打撃。
ぷにぷにとしたお腹は最悪の足場。
ほぼすべての攻撃をもろに食らい、
ついに、
スーツ男の防御が崩落します。
「あらぁ、勇ましいかと思えばすぐに逝ってしまうのねぇ?」
触手のひとつに摘み上げられ、
床に壁、天井と、
「ごふッ‼︎ うぐふェ──ッ‼︎ ごはァ────ッ⁉︎」
縦横無尽に振り回され、スーツの男は行く先々で叩きつけられます。
ぐるぐると回る視界。
鬱血した眼球に吹き出す鼻血。
しかし、触手の攻撃は既に終わっています。
巨大な怪物に変貌した召使いの少女は、鳥獣の足を思わせる筋肉質な肢体を出現させ、その鋭利な鉤爪でスーツの男の四肢を貫きました。
「あがッ……い……ぎゃぁぁァァァアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼︎‼︎‼︎」
「うるさい口を塞ぐのにミミズを詰めてやってもいいけれど、どぉせもう死ぬんだから探す手間をかける必要もないわね」
召使いの少女は大の字に固定されたヴァイス=プレジデントを覗き込むように見下ろしました。
小動物を思わせるつぶらな瞳はどこへいったのか。
白目と黒目が入れ替わった眼球は残虐性に溢れて悍ましく、そして、とろんっと不気味な幸福感を湛えています。
「安心して死んでちょうだぁい? あなたの奥さんにはぁ、うっふっふーん、んんぅ、もっといい人を紹介するわぁ」
ガタガタと本能的に震える顎をガチッと強引に閉じ、スーツ男は憎しみの籠った眼差しで召使いの少女に唾を吐きかけました。
「声もいい、顔もいい、筋骨隆々で顎髭がチャーミング! 武器も使わず、
「あらぁ、どこをって……」
瞬間。
ぎぃ──ぁ──────
召使いの少女は、鋭利な鉤爪を備えた両の腕を目一杯、左右に開いて天を仰ぎました。
「見渡す限りじゃなぁーいっ‼︎」
バシャバシャッ‼︎ と、空中に弧を描いて四散する血飛沫。
血肉から引き剥がされ、バラバラと辺り一面に散らばる白骨。
降り注ぐ鮮血のシャワーを受けて笑う巨大な怪物は、
「あっはは! あっはっはははッ‼︎ あ──っ──────ぐぅ……」
三種の変形体をもつその身体は、
いつの間にかもとの小さな可愛らしい召使いの少女へと戻っていました。
かたかたっ。
そわそわっ。
やっと起き上がってきた食器族や鎧男。
彼らをはじめとして、怪鳥や狂牛、ゲル状の体をもつ珍獣など、魔王城に棲む様々な魔物たちが、おそるおそるといった具合に部屋のなかを覗き込むなか。
「すぴー……すぴー……ふへへ、ひとりでやっつけましたよ……むにゃむにゃ……レイナ様ぁ……すぴー……」
所定外労働ですっかり疲弊した召使いの少女。
散らかった部屋を気にかける余裕もなく、すやすやと眠り始めてしまいました。
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