第24話

 早すぎる決着を前に、俺っちは頭のうえにハテナを浮かべる。

「……みたいだな」

 ゴリラも気が抜けたような返事をした。

「あーあ、前方不注意。って言っても、向こうからしたら俺っちたち側が前方だからどうしようもなかったか」

 意図せず完全な初見殺しが完成していたようだ。

 あざす! 引っかかってくれて。

 あとは残りの雑魚を蹴散らすだけか。

「いたぞ! 魔族だ!」

「セージ殿下は⁇」

「どこかで身を隠して機を窺っているんだろう! とにかく敵勢力の排除が優先だ!」 

 ソーセージ野郎がぶち開けた穴から、複数の兵士が列車の屋根へとよじ登ってくる。

 彼らは敵を捕捉するなり、今まで見たことのない形の銃火器を取り出し、俺っちたちに向けて引き金を引いた。

 響いたのは聞き慣れた発砲音ではない。

 怪しげに光る紫。

 キュイーン……という充填音。

 続いて照射されたのは、一直線に伸びる魔力の咆哮だった。

「マジかよ」

 身体を反らせて躱した俺っちは、その軌跡を目で追う。

「バナナマン、今のって」

「ああ。魔力を内包した鉱物を動力とし、光線を発射するヒト族の新武器だ。ちなみに貨物車にいっぱい積んであったぞ、魔鉱石」

「ビームってこれのことだったのね。やるな、ヒト族」

 感心していると、次の攻撃が発射される。

 散弾銃と違って攻撃範囲が小さく、ライフルと異なり軌跡が視認できるのは、従来の銃火器と比較すると弱体化している点だ。

 しかし、そのデメリットを軽々と打ち消したうえでプラスへと転じさせることができる速度、威力、貫通力。

 ヒト族の武器開発は、本気で魔族を殺しにきている。

 とはいえ、

「んじゃ、撃ち合いしてみますか」

 魔力砲それはこちらの土俵。

 俺っちは両手を拳銃の形にして、指先に魔力を集中させた。

 縮れ毛と戦ったときと違い、今回は混戦ではない。都合がいいことに敵勢力も一方向に固まっており、人柱なかまに誤射する心配もない。

 となると、

 雑に魔力砲を撃つのが一番強い。

 何人かの兵士を討ち取ったあと、俺っちは手首を返し、前方へ向けた全ての指先にそれぞれ魔力の弾丸を形成した。

「面白い武器おもちゃだね! でもちょっと、」

 放たれる十の魔力砲。

 間髪入れず、次の十発を発射する。

「チャージ時間が長すぎるんじゃない?」

 束になった敵は、複数の射線を。

 対するこちらは、逃げ場のない弾幕だ。

 ぐあぁぁぁああああッ‼︎ と、

 蜂の巣になった兵士たちがバタバタと倒れ、列車の屋根から転げ落ちる。

「一掃できて気分がいいね。あーあ、祭りでお小遣い全部スらされたとき、射的屋もこうしてやればよかった」

「逆ギレもいいところだな」

「違うんだって! あれ絶対倒れないようになってんの! 倒しても地面まで落ちなきゃいけないとか、倒れる向きがあるとか、色々いちゃもんつけてくるし」

 次に祭り行くときは側近を連れて行こう。

「あたしぃ、棚の景品じゃなくてぇ、おじさんが欲しいんだけどなぁ?」って色仕掛けでクソジジイを的にしたところで、俺っちが顔面にどデカい風穴を開けてやるんだ。

 俺っちが邪悪な計画を立ててほくそ笑んでいると、ガタリと足元から重たい音が聞こえてきた。

「くたばれ、魔族」

 フルチャージにより威力、効果範囲が最大限となった光線が空気を引き裂き、天へと昇った。

 俺っちは乗降口から顔を出していた兵士を摘みあげ、剛速で回転する列車のタイヤと線路の間に投げ込む。

 ぎゃッ、とあがった小さな悲鳴は即座に遠ざかっていった。

「こしゃくだな、あいつ。列車内で先にチャージして音を隠しやがったぞ」

「勝ちを確信して決め台詞吐いちゃうあたり、ド三流だな」

「無言で撃たれても気づいたわ」

「どうだか」

「そういうこと言ってると、俸給のバナナなしにするからな?」

「え、現物支給? まぁ金もいらないけど」

 そんなやりとりをしていると、天井に開いた前方の穴と、足元にある乗降口の左右から兵士たちがわらわらと登ってきた。

 どうやら単純な撃ち合いでは勝てないことに気づいたらしく、全員がフルチャージした魔力銃を鈍器に、隙さえあれば撃たんと突撃してきた。

 蹴り転がし、列車から落としたり。

 掴んだパンチをそのまま持って、ボウリングよろしく他の兵士にぶつけたり。

 なかには迫り来る木の枝に気づかず、自滅する者もいた。

 囲まれるのは面倒だ。

 最初と同じ状況を作るために後方からくる敵を優先的に潰し、再び俺っちとバナナマンは前方の敵と対峙する。

「いやぁ俺っちたちは楽でいいね。前だけ見てればいいんだから。後ろは振り返らない。これって人生と同じじゃね?」

「過去を顧みず、己が望む先の未来だけを盲信しろと?」

「いやそういう言い方するとなんか違うじゃん!」

 またひとり。

 木の枝に脚を取られた兵士が車輪の間に引き摺り込まれたところで、俺っちは前方に差し迫った障害物を確認した。

 そこで、おそらく残存する最後の兵士たちへひとつ提案。

「分かるよ? お前たちはこう思ってる。位置取りが悪すぎてさっきから不利対面を強いられてるってね」

 事実、俺っちたちは列車がトンネルに入るタイミングや、森の木々が伸ばす腕の太さ形を、敵の状況と同時に把握できるのに対し、列車の進行方向と逆を向く兵士たちは、同じ情報を得るために俺っちたちから目を離さなければならない。

 もちろん、一瞬でも隙を見せればこちらの魔力弾に頭をぶち抜かれるのを理解している彼らは、それができない。

 ゆえに環境が敷いた罠にまんまと引っかかっているのだ。

「種族は違えど、俺っちも男だ。正々堂々、同じ条件、同じ土俵で勝負しようじゃないか」

 吹き抜ける風のせいか、俺っちがあまりヒト族の言葉を話すのに慣れていないせいか、兵士たちは耳を傾けたまま少し顔を顰めるが、なんとか俺っちの意図を汲み取ってくれたらしい。

 お互いに顔を見合わせ、そしてこちらへ向かって頷く。

「いいかい? 前方にぶっとい木の枝が見えてる。あと十秒もしないうちにここに到達するはずだ。俺っちが合図を出すから、それに合わせて避けるんだ」

 全員が息を殺し、心のなかでカウントダウンを始めた。

 汽車が響かせる蒸気や車輪の轟音。

 その背後で形成された、研ぎ澄まされた沈黙。

 いまか、いまかと。

 誰もが手に汗握るそのとき。

「ジャンプッ‼︎」

 合図を叫ぶと同時に、

 兵士たちは勢いよく飛びあがり、

 俺っちとバナナマンは極限まで低く屈んだ。

 ベベベベシャッ‼︎‼︎‼︎

 列車はトンネルへと入っていった。

 じっと待つこと十数秒。

 視界が明るくなると同時に、俺っちはひんやり冷たい列車の屋根から顔をあげた。

 雲ひとつ、否、雲はあるが兵士ひとつない景色。

 列車のうえで勝者だけが見ることを許されたパノラマの絶景を噛み締め、俺っちは小躍りをひとつする。

「一ッ掃ッ! イェアッ‼︎ やっザッツこうワッタイムなくトーキンちゃなアバウトベイベーッ!」

「最後の最後までせこいな……」

「失敬な、狡猾だと言え」

「オオカミ少年って呼んでやるよ」

「狡猾なのはキツネだぞ。それにな、」

 俺っちはパンパンと王権象徴物レガリアのひとつ、魔力が編み込まれた手袋(水仕事もお手のもの!)を叩き合わせて埃を払うなり、猿顔の男がしているであろう勘違いを正した。

「俺っち嘘なんて吐いてないぞ。『合図をしたら避けろ』って言ったんだ。合図通りの行動をしろなんて、ひと言も言ってない」

「うわぁ汚な……いやでもやっぱ嘘つきじゃん」

「は? なんでだよ⁇」

「お前最初、トンネルじゃなくて『ぶっとい木の枝が見えてる』って言ってたよな?」

 …………うん、たしかに。

「お、俺っちは視力がいいからな! トンネルを抜けたさらに向こうのぶっとい木の枝が見えたんだよ?」

「はいー今度は『十数秒で到達する』が噛み合わないー」

「るっせぇ! 人間の体内時計がそんな正確でたまるか!」

 良い子のみなさん。

 嘘はダメです。

 嘘はダメだけど、ミスディレクションはギリセーフです。

 狡猾に生きたかったらお近くの手品師に相談を。以上。

 脳内で適当に自己完結させたところで、足元から「クゥン……」と悲しげな鳴き声が聞こえてきた。

「なんだお前か。オルトロスなら蹴り落とすとこだった」

「殺ル気満々じゃねえか」

「どうしたー、オルトロスー? しょんべんならそこら辺の兵士にかけやんな。きっと傷口が治って死ぬほど喜ぶぜ」

「なら既に喜んでるみたいだぞ、死んでるから」

 猿顔の男のツッコミを無視してオルトロスを見ていると、彼はなにか伝えたそうに、俺っちと別のどこかを交互に見やった。

 それは列車の後方。

 最初に乗り込んだ貨物車の方角。

 釣られてそちらを見た俺っちは、

「……お前、」

 マントをはためかせる人影。

 そして、その人影の前で、列車の幅とほぼ同じくらいの肩幅をもつ隻眼の巨体が、倒れて動かなくなっている光景を目にした。

「生きてたのか、ソーセージ野郎」

 俺っちが言うなり、血に塗れたボロボロの服とマントを纏う人影は、にんまりと笑った。

「ソーセージではない! 私はそう、セージ=イン=ザ=フォレスト。死を乗り越え、悟りの境地に到達した私は、もはや誰にも止められないッ‼︎」

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