第23話

 くっそ、ヒト族の里に着くまではゆっくりするはずが。

 てか目を閉じて三秒も経ってないよな?

 ほぼ瞬きなのよ。

 俺っちは新たに出現したチンケな中ボスの方へと向き直る。

 口を開けば禁欲だ瞑想だと言い出しそうな、仙人だとか修行僧のような格好は土埃で薄汚れ、足には靴どころか草履も履いていない。

 その割に身に纏ったマントだけは荘厳で妙に昔懐かしく、まるで俺っちが作った三つ目の秘密基地に隠した魔外套のような────

「ってそれ! 俺っちのマントじゃねぇか返せ!」

見つけたファインダーズもん勝ちキーパーズ、失くしたやルーザーズはざまあウィーパーズ。それが私、セージ=イン=ザ=フォレストの座右の銘だ」

「それは座右の銘じゃなくてただの罪名だ。遺失物横領罪って知ってる?」

「魔族のくせに、法を語るか」

「あのな、ヒト族が俺っちたちをどう思ってるか知らんけど、こっちも社会回すのに必要最低限のモラルはあるんだよ」

「魔族のくせに、モラルを語るか」

「あのな、ヒト族が俺っちたちを……って、二度目やらせんなやタコぉッ‼︎」

 会話を続けると見せかけ、不意打ちをお見舞いする。

 王権象徴物レガリアの手袋(水仕事もお手のもの!)によって増幅された魔力が打撃に乗り、速さと引き換えに力を失うはずのジャブは、セージ=イン=ザ=ナントカを遥か前方へとぶっ飛ばした。

「列車を壊すなって言ったのお前だよな……?」

 顔を顰める猿顔の男。

 俺っちは歩を進めながら教え諭す。

「あいつが着ていたマント、俺っちのなんだよね。魔力が編み込まれてて頑丈だから、ちょっと小突いたくらいじゃなんともないさ」

「いやだから、マントの心配じゃなくて列車の心配を……」

「……、てへっ♪」

 至極もっともなことを言われ、俺っちはポコッと自分の頭を叩く。

 まぁ列車動いてるみたいだし大丈夫でしょ。

 とはいえ、たしかに車体を傷つけるわけにはいかない。

 ただでさえゾンビボーイがいないんだ。こんなところで列車が動かなくなったら、いよいよ道に迷う。

 飛べるんだから飛翔して探せばいいと思うかもしれないが……あれ、それでよくね? またなゾンビボーイ。君はお役目御免だ。

 俺っちは先頭に立って人柱なかまたちを引き連れ、ソーセージ=ナントカさんにトドメを刺しに客車へと移動する。

 最初に目にしたのは、最低限の木材を使ったクッションもない簡易的な長椅子が並ぶ車両。座っていたヒト族は土埃に塗れた作業着やアイロンの掛かっていない黄ばんだシャツといった服装で、なんとも見窄らしい。次の車両は幾分綺麗で、乗っている人たちも最初の車両で見た人たちよりも程度のいい格好をしていた。

 なるほど、客車を外から見たとき側面に書かれていた数字はヒエラルキーを意味していたのか。やだやだ、ヒト族も下劣なことするじゃないですか。

 歩いていると、後ろの方からバリバリと木材が破壊される音やヒト族が苦しそうに悶える声が聞こえてくるので、俺っちはなにごとかと振り返ってみる。

「あー、サイクロプスよ」

「サイクロプスじゃないよお、オーガだよお」

 通路を素通りできないほどの巨体が薙ぎ倒した長椅子の残骸と、座っていたヒト族が今にも圧殺されそうになっているのを見て、俺っちはサイクロプスに命じた。

「列車が壊れるとみんなで歩く羽目になるから、あのジジイとは屋根のうえでドンパチやるつもりなんだ。だから先にあがってていいよ」

「いいの? やったぁ! ここせまいし、そとのけしき見たかったんだあー。いこう、オルトロスぅー」

「「バゥッ!」」

 よし、ついてくる厄介なのを追い払ったぞ。

 あとは、

「向かってくる厄介者をぶちのめすだけか」

 一等車に到達した時点で前方から向かってきた兵士たちを確認するなり、俺っちは拳を構える。

「いっちょ暴れるか! な、バナナマ……ン?」

 猿顔の男は浮かない顔をしていた。

 浮かない猿顔だった。

「どうしたよ?」

 突撃してきたひとり目の兵士に対し、そばのテーブルに置いてあった高級そうな酒瓶を叩きつけ、ふたり目の兵士には割れた瓶を喉元に突き刺しながら、俺っちは問う。

「……事情を知らないこいつらの目には、俺は悪にしか映らないんだろうな」

 言いながら、バナナマンは床に落ちていたメガネを摘みあげ、持ち主と思われる老人に返してやった。

「大事なのは、」

 何人目か分からない兵士の飛び蹴りを片手で受け止め、掴んだ脚を大きく振りかぶって床に叩きつけつつ、

「そいつらの目にお前がどう映るかじゃない。大事なのは、そいつらの目に映るお前を、お前自身がどう見るかじゃね?」

 叩きつけられた衝撃で物を言わなくなった肉塊を、俺っちはわらわらと向かってくる残りの兵士たちへと投げつけた。

「……、そうか」

 猿顔の男はしばしの沈黙ののち、言葉を発する。

「人を守りたいから傭兵になったのだと、俺はそう思っていた。だが本当は違ったのかもな。助けた人たちが俺に感謝し、俺を讃えてくれる。それが嬉しくて──彼らの瞳に映る自分が好きで、人助けをしていただけなのかもしれない」

 うんうん。

 そうだぞゴリラ。

 よく分かんないけど。

「ははっ。俺はとんだ偽善者だったって、そういうわけか」

 どういうわけ?

「今までしてきたのは、たまたま人のためになっていただけの自己満足。結局、俺は自己満足ができればそれでいいんだ」

 なにかが吹っ切れたように。

「ならば、」

 猿顔の男はふと笑い、

「くそ、魔族どもめ! うらぁぁああッ‼︎」

 俺っちが二本目の酒瓶に手を伸ばすより先に、バナナマンは向かってきた兵士の頭を鷲掴みにし、客席の角に叩きつけてかち割った。

「ならば昔と変わらず、今この瞬間満足できることをするのみ! 俺は、俺を猿顔と言うやつを駆逐する! 一匹残らずだ‼︎」

「ママぁ、あれゴリば──」

「はぁい良い子ですからねぇ! おっぱい飲んで寝んねしましょうねぇ!」

 猿顔の決意に満ちた眼差しの横で、さっそく地雷を踏みそうになっていた幼児。

 指差すその子の口に、母親が慌てて乳房を捻じ込む。

 子育てって大変そう。

 俺っちはヒト族のマザーのファインプレーに敬意を表し、左手でちょきちょきピースサインを作った。

 そのピースサインはというと、ズビシッ! と、突然現れた胸元を思わず凝視する差し向かいの男の眼球へ。

「じゃあまずは、あのソーセージ野郎だな」

 軽い目潰しをお見舞され「ぎゃあああ」と涙目で悶える男をよそに、俺っちは新生ゴリラを軽く小突いた。

 よく分からないが、ゴリラは一歩成長したようだ。

 いやマジでよかった。

 ゾンビボーイがいなくなった今、一番使える駒がこの猿顔だからな。

 見た目の割にメンタル弱いから、また妄言を言い出したときはどうしたものかと思ったけど、なんか適当に助言っぽいこと言ったら、訳分からん独白の末に自己解決してくれて助かった。

 瞳に映る自分、の瞳に映る……なんだっけ?

 思い出せないまま合わせ鏡的な無限ループが始まりそうなので、俺っちは議論を忘却の彼方へと追いやった。

 代わりに特等車両の奥で壁にめり込んだソーセージ=ナントカへと目を向ける。

 首を垂れていたマントの男は顔をあげてこちらに視線を返すと、振り払うように壁から脱出し、仁王立ちで眼を飛ばしてくる。

「んじゃ、続きは屋根のうえでってことで!」

 俺っちがバナナマンとともに車両の天井をぶち抜いて外へ出ると、

「あ、あぶね」

 列車はちょうどトンネルに差し掛かったところだった。

 衝突を避けるため、

 しゃがんだその瞬間。

 前方でソーセージ野郎が確認もせず飛び出してくるのが見えた。

 ベシャッ‼︎ という鈍い音。

 暗転する視界。

 列車がトンネルを抜けて世界が再び明るさを取り戻すと、そこにマントの男の姿はなかった。

「え、もうおしまい⁇」

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