第22話

「おい、そこの。王都まであと何分だ。そろそろ静かな場所で瞑想の続きがしたいんだがな」

「申し訳ございません、セージ=イン=ザ=フォレスト殿下。あと三〇分ほどかかるかと。しかし、この列車は王都への直通ですので、着いたらすぐですよ」

「それはそれは幸いなこった。大不幸中のな」

「よ、よろしければ瞑想に役立ちそうなものをなにかお持ちしましょうか? 安眠グッズや温かい紅茶がございますが」

「そうさな。ではまずこの座席を、瞑想にぴったりな苔の生えた大きい岩にしてもらおうか」

「それは……少し難しいかと」

「ダメなのか。では屋根に穴を開けて、うえから滝代わりの水を降らせて──」

「これは一等車の三倍は予算をかけた特等車両ですので……そういった工事も厳しいかと」

「それも叶わんのか。まぁよい。では今日の新聞と鉛筆を一本。迷路パズルがしたいんでな」

「迷走でもいいんかい! って、失礼。迷路は日曜の新聞にしかないので、それもちょっと。クロスワードの本ならございますが」

「じゃあそれで」

「すみません、これ解き終わったやつでした」

 セージ=イン=ザ=フォレスト。

 ドゥー国の四天王──だか七部衆だか、とにかく強くて偉い老人──がひとり。

 大自然のなかでの瞑想や精神統一で一日の半分を費やすこの暇人は、魔族の侵略により王都への召集を受け、列車に揺られていた。

 瞑想しているうちに寝落ち野宿。

 滝行をしていたはずが、気づいたら川で漂流。

 そんな日々を送る彼にとって列車のなかは騒々しいことこのうえなく、心を落ち着けることもできないので、だいぶイライラが溜まっていた。

「おい誰か、拳銃を持ってこ────」

 言い終える前に、後方から木材が弾ける乾いた音が響き、

 そして。

「……誰の仕業だ」

 セージ=イン=ザ=フォレストのご機嫌をとっていた兵士の脳天が撃ち抜かれた。

 後続車両から悲鳴が湧き起こり、不安や懸念が渦巻くざわざわという喧騒が特等車両まで伝わってくる。

 先頭を走る蒸気機関車の向きの壁に開いた風穴を見るなり、セージ=イン=ザ=フォレストは立ち上がった。

「せめてこの無能の顔面に穴を開けてストレス発散しようと思ってたのに。誰だ、横槍を入れた母性愛者マザーファッカーは」

「殿下、大変です! 魔族が、後部の貨物車両に魔族の侵入を確認! 向かった兵士五名が返り討ちに遭いました!」

「ほぅ、魔族ねえ? ちょうどよい。王都へ行く用事がなくなれば早く森に帰れる」

「いかが致しましょう? 乗客をこちらの車両に避難させ──」

「ならん! ただでさえ風や車輪の音が騒々しいのに、加えて下級市民なんぞ入れてたまるか! 悲鳴をあげている乗客は残らずぶち殺しておけ。私は魔族を一掃してくる」

 魔王の王権象徴物レガリアのひとつ、魔力の込められたマントを翻し、セージ=イン=ザ=フォレストは貨物車両の方へと歩いて行く。

邪魔だ退けピスオッフ!」

 後ろの車両でなにが起きているのか、通路から頭を出して見物する人たちを、マントの男は強引に押し除ける。

 彼は眉間に皺を寄せ、鼻息を荒くしながら近くの女性客を怒鳴りつけた。

「ピーピーうるせえぞメス犬、喚くな! 泣き止まないならそのガキの出生届も取り消しておけ。あとで処分させてやるからな」

 罵り、吐き捨て、ついに最後尾の貨物車両に到着。

 セージ=イン=ザ=フォレストはそこで、ツギハギの少年と一つ目巨人、猿顔の男と二頭一匹の珍獣を見た。

「貴様らか。私の瞑想を邪魔する魔族というやつは」

 視線を横へやると、干し草のうえで寝っ転がる男が不機嫌そうに目を覚ます。

「またなんか来たの? 任せたぞバナナマン、俺っちは寝る」

 敵前だというのに妙に落ち着いていた。

 しかし、単なるバカではない。

 オーラというべきか、それともこれが本物の魔力というのか。

 殺意を感じられない男が纏う禍々しい雰囲気に、セージ=イン=ザ=フォレストは自身の直感が警報を鳴らしていることに気づく。

 そんな彼が次にとった行動は、

「起きた方がいいんじゃないっすか、魔王様。なんかこいつ、老けてるけど意外と強そうでぶし────ッ⁉︎」

 ツギハギの身体に、

 めり込む素足。

 マントの男はひとまず、敵の頭数を減らすことにした。

 繋ぎ合わせた兵士の残骸パーツがほつれ、バラバラに解体された不死身の少年は後方へと吹き飛ぶと、

 バギャッ‼︎ と貨物車の壁をぶち抜き、線路へと落ちていった。

「えぁ⁉︎ 嘘だろゾンビボーイ!」

 干し草のうえで寝っ転がっていた男が飛び起き、壁に開いた穴から高速で小さくなっていく景色へと目を向ける。

「気にしないでくださーい! オイラは大丈夫ですー!」

 線路上から微かに聞こえてくる声。

 対して、ひと言。

道案内マップがいなくなってどうするー!」

 男は自分の心配をしていた。

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