第19話

 うっそうとした森の中を歩いていると、遠くの方に差し込む日がオーロラを彷彿とさせる光のカーテンを形成していた。倒木ではないのは、切り株の人工的な切断面と一本の道を作るように計画的に間引かれた木々が物語っている。

 そばまで行くと、山の斜面を削って作った平坦な一本道の中央になにやら見慣れない人工物がどこまでも続いていた。

「これが汽車の通り道、線路ってやつっす!」

 鉄でできた二本のレールに交差するよう等間隔に敷かれた木製クッション。アンデッドキッドがその上をバランスとりながら歩くと、軍用靴と金属がぶつかる度に軽快な響きが木々の間を風のように抜けていく。

「馬よりも速く、たくさんの物が運べるもんだから、発明されたばかりなのにヒト族は汽車の話で持ちきりっすよ!」

「人ん家の庭を勝手に掘っくり返しやがって。どうせ碌なもん運んでないだろ」

「魔族の里で獲れる鉱石が魔力を含んでいて新しい武器開発に使えるとかで、日夜出荷されてるっすよ」

「そういうことは早く報告せんかい! なに、新武器って強いの?」

 自分の世間知らずを棚に上げてアンデッドキッドの無能っぷりにダメ出しをしつつ、俺っちは猿顔の男バナナマンに話を振った。

「うむ、強い。以前は鉛玉を高速で発射する鉄砲が最強の武器だったが……」

「あの豆鉄砲か」

「……今はビームとか出る」

 オーバーテクノロジーだな完全に。

 そんなものを野蛮なヒト族に持たせておいたら、世界が崩壊するのもそう遠くない。

「速くて貫通力があるのは遠距離武器として大事だけど、やっぱ一番はオイラの弓矢っすよ!」

 対抗するように不死身の少年が口を挟む。

「繰り返し使えるし、銛みたいにして魚釣れるし、風で軌道を曲げられるし!」

「繰り返し使えるってお前、中古の矢が原因で起きたあの悲劇を忘れたのか?」

 魔族一の剣技を持つソルドメスター、そして片方の眼球を失ったことによりサイクロプスとなった(なってない)オーガのことを言ったのだが、そこで俺っちは気づく。そういやこいつ知らないんだったな、と。

 残った仲間の前で下手なことを言われると困るので、「え、なんかありましたっけ?」と問い返すゾンビボーイの声に覆い被せるようにして、俺っちは声を大に話を逸らした。

「て、ていうか! 風で曲げられるっていうか曲がっちゃう、だろそれ?」

「ああ。それに、貫通力が高ければ小細工を弄さずとも当たるんだ。障壁にぶつかったとき、迂回よりぶち抜く方が優れている」

 乗ってくれてありがとうバナナマン。

 戦の俸給はバナナ現物支給でよろしい?

「「「バゥッ‼︎」」」

 ケルベロスを一頭と数えてなおマジョリティが確定した状態で、俺っちたちはゾンビボーイの横でボケーッと突っ立ってた後天的隻眼の巨(めんご)サイクロプスへ視線を向け、意見を促した。

「え、ええっと……みんながいってるほうが、あってるのかなあ?」

 味噌よりクソが詰まってそうな頭をしたサイクロプスにふさわしい回答が出たところで、ツギハギの少年が悔しそうに呟く。

「貫通してほしくないものだったら、どうするんすか」

 そこで、不意に。

 カタ……カタカタ……カタカタガタガタガタガタッ‼︎ と、地面が揺れ始めた。

 地震ではない。シュカシュカという音とともに、遠くの方から黒い鋼鉄の塊がやってきた。

「あ、来たっす! あれが汽車っすよ!」

 アンデッドキッドが汽車と呼んだそれは、複数の車輪を足に、先頭の車両についた煙突からモクモクと環境に悪そうな煙を立ち上らせていた。後続の車両は全部で七つ。キラキラと陽の光と周りの景色を反射させるたくさんの窓と、側面に書かれた数字が特徴的なものが四つ。窓がなく、代わりに大きな引き戸が取り付けられた少々小汚い車両が三つだ。

「最後尾が貨物車って言って、家畜とか炭鉱で採掘した鉱石の箱が乗ってるっす。ヒト族にバレないよう、あれにそっと飛び乗るっすよ!」

 轟音と激震とともに走り抜ける車両を見送り、俺っちたちは最後の貨物車の足場、手すりに捕まって汽車に乗ることに成功。

 干し草と獣の匂い。

 俺っちたちが飛び乗ったのは、どうやら家畜を運ぶ貨物車らしい。

 静謐なる潜入に成功したかと思った矢先、途端にガタガタとなにかが引っかかっているような音がして、汽車の速度がぐんと落ちた。

「おいバナナマン。お前もうちょっと減量しろよな?」

「いや、俺はそんなに重くないし、何人か増えたところで変わるほど汽車は馬力ないはずないんだが……」

 じゃあなにが原因なのかと辺りを見回したところで、俺っちたちは後方で乗車に手こずっている傍迷惑な人柱なかまを発見した。

「い、いたい……いたいよお。うまくのれないたすけてぇ……」

 そこにいたのは片手で貨物車に捕まったまま、バリバリと線路を破壊しながら足と大きな棍棒を引き摺らせるサイクロプスだった。

「冗ギブミーみにしてブレイクくれ……ゾンビボーイ、そいつを引っ張り上げてやるんだ」

「了解っす、魔王様! さあ手伝うんだケルベロス!」

 口笛で呼び寄せた三頭一匹の珍獣と不死身の少年が、貨物車の側面を伝って後方へと支援に向かう。

「急げよ。疲れたから無駄な戦闘は避けたい。ヒト族どもに見つかる前になんとか……」

 南京錠を毟り取って引き戸を開け、猿顔の男と車両に乗り込んだ俺っちが催促を入れるも、横にいたバナナマンが手遅れを伝える。

「もうバレてるみたいだぞ」

 カランカランと鈍いカウベルの音を鳴らしながら、侵入者に驚いた家畜の牛たちが慌てふためき、壁に擦り寄るように狭いスペースで精一杯の逃亡を試みるなか。

 彼が視線を投げる先頭車両の方向。

 そこには車両の連結部に取り付けられた扉と己の口をあんぐりと開けた馬鹿面の兵士が、唖然と立ち尽くしていた。

「ま、魔ぞ────」

 瞬間、俺っちは指先から魔力の塊を銃弾のように放った。

 見張りの兵士の額に紫色の閃光がめり込み、そして後頭部から頭蓋骨の中身をぶちまけさせながら貫通。

 それはズドンッ‼︎ と、奥の車両をも突っ切って見えなくなった。

「くそ、貫通力のフラグここで回収されんのかよ!」

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