第18話
瞬間、兵士のひとりが構えていた猟銃を短刀に持ち替え、召使いの少女に向かってひと突き。
間一髪で避けたところでバランスを崩した彼女は、鎧男に捕まるものも、金属製の腕が捥げて倒れ込みます。
「急いで殺せ! 音を立てさせるな!」
自分を取り囲む男たちの間に逃走ルートを見出した少女は、鎧男の腕を持ったまま飛び出しました。
目指すは厨房。
あそこなら武器になるものもあるし、棚のなかで寝ている食器族も助けてくれるはず!
公園の柵に木の枝を打ちつける子どものように、手に入れた金属の腕を並ぶ鎧男たちにぶつけながら廊下を突っ走ります。
「起きてみんな! 侵入者よ!」
ガラガラガランッ‼︎ と、空洞の甲冑たちの内部を金属音が鳴り響くとともに、眠っていた鎧男たちが目を覚まします。
「待ちやがえべ──ッ⁉︎」
誰より先に少女の居場所を捕捉して追ってきた兵士の声が、そこで途切れました。
原因は起き出した片腕のない鎧男。彼がもう一方の手に持っていた長剣で、兵士の頭部を断裂させたのです。
シャンパンボトルの蓋のように宙を舞う肉片を気にせず、鎧男は次の攻撃を繰り出しました。
「こいつら置物じゃ────」
「焦るな! 陣形を整えろ!」
「
わらわらと鎧男たちが兵士の一派へと突撃し、混戦が始まるなか、召使いの少女は金属の腕を投げ出して厨房へと駆け込みました。
ペタペタとアイランド型キッチンのテーブル裏へ。
収納スペースからフライパンをひとつ取り出し、辺りを見回します。
「フォークにナイフ、餌の時間よ! コルクスクリュー、シザーズそれにアイスピック! あなたたちもよ! 他のみんなも起こして廊下へ行ってみなさい! 新鮮なお肉が調理されにやってきてるわ!」
食器族と呼ばれる彼らは本当の食器ではありません。
群れをなして翼を使わずに空を飛ぶ、というより空中を泳ぐ彼らはおそらく羊や魚といった動物と同じ類の魔物なのでしょう。
皿洗いを忘れていたから代わりに使う、なんてことは絶対に無理。
見た感じから食器族と呼ばれているだけで、彼らは血に飢えた凶暴かつ獰猛な軍団です。
そのくせ狭くて暗い食器棚で寝るのが好きとか、なんなんですかね。やっぱり食器なんですかね。いや絶対違う。
呼びかけてから待つこと数秒。
両開きの扉の向こうからけたたましい戦闘音が聞こえてくるだけで、厨房はいたって静かです。
「いやなんでよ⁉︎ ご飯があるって言ってるでしょ! 早く助けなさいよ⁉︎」
そこで。
「とんだ面倒を起こしてくれたなクソガキ! ぶっ殺してやる‼︎」
バタンッ‼︎ と厨房の扉が蹴り開けられ、兵士たちが流れ込んできました。
そっと覗くと、扉の奥でバラバラに解体された鎧男たちの残骸が廊下のあちこちに転がっています。
無理もありません。鎧男たちは斬撃や銃弾に強いものの、打撃には極端に弱い。召使いの少女が引っ張ったくらいで腕が抜けてしまうくらいだから、彼らの関節の強さなんてたかが知れています。
そのうちパーツが段々と転がってひとつの甲冑に戻るけど、それを待っている暇なんてないのが現状。
(勇気を出さなきゃ!)
召使いの少女はフライパンを握りしめて、心のなかで自分を鼓舞します。
(お留守番を任されたのはこの私! 私が追っ払わなきゃ!)
そうしてフライパンを振りかぶって立ち上がるも、
「あ、思ったより多い……」
十数人はいるヒト族の兵士を前に心の声が漏れます。
鎧男たちはなにしてたのよ⁉︎
全然数が減ってない。ていうか静かに潜入するを諦めたぶん、なんか吹っ切れて銃取り出してるし、さっきより悪化してるんですけど!
詰んだ。
そう思ってだらりとフライパンを下ろしたとき、切り傷を負った兵士から一滴の血液が流れ落ちました。
鮮血が調理場の床を打つのと、ほぼ同時に。
ジャジャジャキンッ‼︎‼︎‼︎
厨房のあちこちにある引き出しや棚から、血の匂いを嗅ぎつけた食器族の軍団が姿を表しました。
「……ああ、クソ────」
その様子を見ていた中央の兵士が、諦観の眼差しで銃を下ろすや否や。
先の尖ったフォークやコルクスクリュー。
鋭利な切先を持つ鋏やナイフ。
その軍勢が血肉を求めて一斉放射され、
数百の捕食者が激流となって厨房を飛び出し、廊下へと流れ出します。
人肉を求めて押し合いへし合い、互いにぶつかり合う金属音は兵士たちの叫び声すら掻き消して。切り刻まれた軍服や傷だらけの銃火器に混じって、白骨だけがバラバラと地面に落ちていきます。
廊下を渦巻く食器族の濁流を遠目に、召使いの少女は安堵と惜しいことをしたという感情ふたつが混じった溜息をひとつ。
「フライパン、身体の前に掲げればカッコよく決まったなぁ……」
すると。
兵士たちを食い尽くした食器族が新しい獲物を見つけたのか、群れは奥の方へと移動し、なにかを囲んで球体を形成。
召使いの少女が中央の人物を確認しようと目を凝らすも。
バァンッ‼︎‼︎‼︎
と、突然の破裂音。
集まっていた数百の食器族が、一匹残らず床、天井、左右の壁に叩きつけられ、力なく落ちていきます。
「な、なんなの……?」
現れたのは風変わりな格好をした屈強な男。
ヒト族の王族がするのとはまた違う。
きちんとしているので正装ではあるのだろうが、身体によくフィットした上下同じ生地、デザインの服装と、ジャケットのなかに着たシャツを縦断するように閉められた奇抜な色と柄の布は、初めて見る格好です。
「おおっと、ネクタイが曲がってしまったな。なんだ、俺のスーツも埃だらけじゃないか」
男はそう言うなり、首に締めていた布生地へと手を伸ばし、逆三角形に結ばれた部分を整え始めます。
「飼い主が飼い犬に似るように、国民性は統治者によるのだな」
彼がスーツと呼ぶ服の埃を払うなり、男が口を開きます。
ん? 逆じゃね⁇
「我が隣国、ドゥー国のシバッグ王子は素晴らしい武器と魔力が込められた魔王の
言わねーよ。
さっきから逆なんだって。
「分かりやすく言うと、馬の寝耳に水だ」
いや類義の慣用句並べてるだけだし分かりにくいし、そりゃ馬もびっくりするレベルで間違ってるのよ。
「慣用句よりまずはノックの仕方を覚えては? 掃除したばかりのお城がめちゃめちゃ。お引き取りください」
召使いの少女がきっぱりとした調子で言うと、男は眉を顰めて彼女の方へと歩いてきます。
なにをしたのか知らないけど、彼は一撃のもとに食器族の群れを粉砕した男。警戒した召使いの少女がフライパンを握りしめて戦闘体制に入っていると、立ち止まったスーツの男が口を開きました。
「ごめん、さっきなんて? 歳とったのか最近難聴でね。もう一度言ってくれるかい?」
肩透かしを食らった召使いの少女がジト目でもう一度。
「お引き取りください。留守番を任されている手前、面倒ごとは困ります」
はっきりとした口調に対して、スーツの男はしばし考え込んだのち、
「わりぃ、お前さんたちの言語分かんねぇや」
そりゃそうだわ!
「意地悪のつもりはねぇんだ、お嬢ちゃん。けどよ、お前さんの言ってること一個も通じねえんだわ」
うるせえよ、あべこべな慣用句並べやがって。
お互い様だっつの。
「だからさぁお嬢ちゃん。きっとこれも理解できないだろうから、言ったところでお前さんにとっては突然すぎる出来事で可哀想だとは思うんだが……」
人差し指に嵌められた金の指輪をもう一方の手でいじるなり、スーツの男は拳を握りしめました。
魔王様の
それは、膨大な魔力が込められた死の打撃。
「俺はヴァイス=プレジデント。ドゥー国のボンクラどもと、あいつに従う我が国の大統領に代わり、この城を陥落させに来た」
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