第17話
「お城中の掃除と洗濯、皿洗い、家畜のお世話と夜ご飯の仕込み。お疲れ様です、私! 今日も頑張りましたね!」
魔王城にひとり取り残された召使いの少女は、客間の大きなソファーに身を投げ出し、ほっと一息吐きました。
手には、日頃の苦労を労ってくれる精神安定剤として、鼻から目一杯吸引するためにレイナ様の部屋から持ち出した毛布を。靴と靴下はそこらに脱ぎ捨てて開放的に。極め付けはマントルピースのうえで焚いたお香と、沸かしたてのハーブティーでリラックスです。
それにしても、レイナ様は大丈夫でしょうか。
募る想いが行き場を失い、辛い思いをしているに違いありません。レガリオ様の前ではなんてことない顔しているけど、そのぶん私の前で前より酷く愚痴を溢したり、癇癪を起こしたり。仕事もまともに手につかないから、代わりに私が全部やる羽目になりますし。
……大丈夫かな私? なんか皺寄せで一番ひでえ目に遭ってる気がしてきたんですけど。
まぁ物事のいい面に目を向けるとしましょう。
今日の仕事は全て完了。
レガリオ様がお城の内外で放し飼いしてる──のか単に棲みついているのを放ってあるのか──魔物たちにも餌をあげて寝かせたから、お城の中は静かだし、換気したから空気はいいし。
なによりレイナ様の匂いも嗅ぎ放題!
ソファーにうつ伏せに寝た召使いの少女は、レイナの毛布に顔を埋めるなり幸せとともに足を交互にバタバタさせます。
と、そこで。
ガシャンッ‼︎
どこからかガラスが割れる音が響いてきました。
「嘘でしょ……もうこれ以上やること増やさないでよね!」
至福の時間を邪魔された召使いの少女は、不機嫌にソファーを飛び出して、ペタペタと裸足のまま廊下の方へと歩いて行きます。
「さては鎧男のひとりね。あのへんちくりん種族、立ったまま寝るからなぁ。寝相悪いやつが倒れて窓でも割ったんでしょどうせ!」
そうして覗く廊下。
予想に反して等間隔に並ぶ綺麗な鎧たち。
これまた予想に反して陣形を大切に慎重に魔王城侵入を試みるヒト族の兵士たち。
(ヒト族ッ⁉︎)
召使いの少女は咄嗟に鎧のひとつの裏に身を隠し、そっと様子を窺います。
「
兵士のひとりがそんなことを口にします。
そんなことないですけどね。
私は九時消灯ですし。夜更かしはお肌の大敵!
夜中に表をほっつき歩いているのはレガリオ様くらいです。
「しかし、寝ているのではなく、単にもぬけの殻という可能性は? 王都へ向かって侵略をしている魔族の軍団のなかにいるのかも」
「魔王と言ったってどうせ
「え、その理屈だと親征しないシバッグ様も
直後。
銃声が廊下を鳴り響き、眉間に風穴が開いた兵士のひとりがバタリと絨毯の上に倒れました。
おのれ……オーク族が足も拭かずにお城のなかに入ってきて泥だらけにしたところを、さっき掃除したばかりなのに!
「他にシバッグ様に意見がある者は?」
部隊の隊長と思しき男が問うと、他の兵士たちは静かに首を横に振ります。
なんて野蛮な種族だこと! 仲間なのに、なにも間違ったことは言っていないのに殺してしまうなんて。
それとも、ヒト族には自分たちで設定した正しさの定義、共通認識があって、それから外れるものはたとえ真理だとしても排斥するものなのでしょうか。
なんにせよ、このまま放っておくわけにはいきません。
男たちが複数に分かれて行動を始め、その一派がこちらへとやってくるのを召使いの少女はじっと待ちます。
ああもう、なにか武器があれば。
料理中だったらフライパンとか包丁とか、殺傷能力の高いものがあったのに。今あるのはしっかりと保湿ケアをした綺麗な小さい手と、初めて使うペディキュアを塗った可愛い裸足のみ。
これじゃ戦うなんて到底不可能。できることと言ったら素敵な殿方のお嫁に行くか、可愛すぎるフットモデルとして世界に名を轟かせるくらいしかないわね。
そうこうしているうちに兵士たちは、ついに目と鼻の先。
召使いの少女はなんとかやりすごすため、鎧男と同じポーズをとって景色に溶け込むことくらいしか。
「……これ、魔族じゃね?」
即バレ。
まさか足だけで私を特定するなんて、さては相当根強いファンですね? ……ってそうだ、フットモデルは単なる妄想か。
「あ、えーと……剥製です私」
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