第16話

セーなるアックスの使い手、アナーキーを撃破したと思われる魔族らの手により、エンシェント=ガンナー隊長が死亡。軍団は北の森を抜けてこちらへ向けて接近中であることを、ここに報告します!」

 荘厳な大広間。

 両脇に上質なベルベットのカーテンが掛かった、縦に伸びる長方形の大窓から、燦々と降り注ぐ太陽光。

 ヒールを履いた燕尾服の好青年や初老の男たちの足取りを重々しく響かせるは、大理石の床。

 魔王城に引けを取らず歴史の深い建物は、見る者に、適当な性格の魔王が召使らに下す指示では到底到達し得ない壮麗さと気品を感じさせる。

 凶報が響き渡るのは、そんななか。

 談笑が強引に中断されると、しばしの沈黙ののち、部屋を縦断するように設置された長テーブルの奥に座っていた中肉中背の男が立ち上がった。

 整った身だしなみ。

 しかし、なぜか身体中包帯だらけ。

 肌が見えるはずの部分の大半が白い包帯で包まれており、頭に至ってはミイラのようにぐるぐる巻きで、片目と包帯の間から覗く髪が見えるだけだ。

「エンシェント=ガンナーは、この私が特別見込んで哨戒班史上最年少の隊長として任命した腕利きだ。その彼が死んだと、魔族に屈したと、そう言っているのか?」

 男の怜悧な瞳と言葉遣いに萎縮しながらも、エンシェント=ガンナーの部隊に所属していた伝令兵は敬礼をし直す。

「はい、まさしく仰る通りにございます。全軍、数名からなる魔族の集団に敗走ののち全滅。ただちに対処すべき事態かと」

「ほぅ、そうか。全滅ねえ」

 瞬間。

 男の手が腰に下がった長剣へと伸びた。

「ここにひとり残ってるじゃないかぁッ‼︎‼︎」

「ぎゃぁぁぁあああああ……あ……あぇ?」

 泣き叫ぶ伝令兵。

 その首元に突きつけられた長剣は、紙一重でその喉元を切り裂くことに失敗していた。

「おやめください坊っちゃま!」

「離すんだ爺や! ……あ痛て、腰痛え……私は憎き魔族なんぞに負けておいてのこのこと帰ってきたこの青二歳サノヴァビッチをできる限り細かく刻んで豚の餌にしなきゃ気が済まない!」

「いえ分かりますよ⁉︎ 全滅という割にはちゃっかり報告者本人が生き延びている矛盾は分かります! しかしですね、彼は伝令兵。勇敢な心で悪に立ち向かった末に戦死することも美しいが、仲間の死を偲ぶ涙を堪え、己の役割を果たさんと報告に戻った彼もまた、立派なのです。ねえシバッグ坊っちゃま。ここはひとつ、彼の勇気とこの爺やの臭いセリフに免じて、ね? 剣を納めてくださいな」

 ひぃぃと腰を抜かした伝令兵が尻餅ついたまま後退りする横で、上質な燕尾服と白い手袋に身を包んだ白髪の男がジタバタ暴れる男を宥める。

 もはや理知的な佇まいも気品もありはしなかった。

 食料品店でお菓子をせがむ子どもが、床に転がって地団駄を踏むのを見るような気持ちで、伝令兵はシバッグと呼ばれたこの国の王子を見ていた。

「爺やがそこまで言うなら……痛ッあやべ膝逝った……仕方あるまい……」

 シバッグはしぶしぶといった様子で長剣を鞘に納める。

 そこで、軍服を身に纏い、ともに長テーブルを囲んで食事を楽しんでいた男のひとりが不安な面持ちで口を開く。

「よもや王都に乗り込んでくる、なんてことは……」

 その言葉を皮切りに、他の男たちも騒ぎ始めた。

「いや、あるかもしれないぞ」

「あの尻好きフェチとそばかすを倒した相手だ。油断は命取りになるぞ」

「ちょっと待て、アナーキーはたしかおっぱい星人だったはずだ」

「あぁ、アナーキー……愛する兄弟よ……」

「あいつと血縁あったっけ、お前?」

「血縁はない。が、ケツ縁ならあった」

「穴兄弟じゃねぇか!」

「だからあいつはパイオツ派だってば‼︎」

 魔族の侵略を懸念する声、そして『セーなるアックス』という二つ名が招いた勘違いとそれを正す声が飛び交う。

「静まれ、考え事の最中だ!」

 ぴしゃりと言うシバッグ。

 広間はケツの余韻を残して静まり返った。

 ケツの余韻ってなに?

「北の土地には人類と魔族の世界を分ける大きな川がある。あれを最後の砦とし、川のこちら側には一歩も踏み入らせるな。いいな! 食事は終わりだ! 各々、戦闘に備えて瞑想でもしておけ!」

 ザザッ! と、シバッグの掛け声に呼応して、その場にいた者たちの椅子が一斉に引かれた。

 シバッグが大広間から姿を消したところで、誰よりも早く気をつけの姿勢を解いた若い男が口を開く。

「いやぁ魔族には感謝だね。やっと面白くなってきた!」

 腕を十字に交差させてストレッチをし始める。

「あまり軽率な発言をするでない、ソードマン=スーパーノヴァ。あくまでもワシが上官であることを忘れるな。お主の戦闘への参加は、適宜ワシが指示を出す」

 白髪に長い髭が特徴の老人、エルダー=ソードマンは師弟を窘めた。

 対して顔を顰めたソードマン=スーパーノヴァは不服そうだ。

「まぁまぁ落ち着きなされ、剣技の超新星。お前さんの身を案じての優しさなのだから、ありがたく受け取っておくべきだよ。それに、エルダー=ソードマンもきっと出番を与えてくれるさ。シバッグ王子はああ仰っているが、実際にはそんな大した戦闘にはなりやしない」

 また別の男が口を開く。

「そうとも。こちらには新型の武器と、それらを使いこなせる優秀な兵士たち。それに、これもあるのだからな」

 持ち上げられた手。

 その指にはキラリと金の指輪が嵌められていた。

 ただのアクセサリーではないことは、中央の大きな宝石が放つ怪しげな紫色の光から見てとれる。

 彼に続くように、他の者たちもそれぞれ金品を披露していく。

 王笏、耳飾り、魔鏡。

 扇子、旗、首から下げられた宝珠。

 それは、

「魔王の王権象徴物レガリア……俺には渡されていないんですけどー?」

 ソードマン=スーパーノヴァが不平を言った。

 そう。

 彼らが持つのは、魔族が牛耳る土地で勇敢なる考古学者や探検家が見つけてきた物品。

 それも、単なる金銀財宝ではない。

 魔力が込められたそれらは、普通の人間では実現し得ない強大な破壊力を齎す災禍。戦闘経験、センスに優れた四天王、七部衆と呼ばれる者たちにのみ与えられる武器にして、強者の称号である。

「さあ、シバッグ様に従って今日はゆっくりしようではないか。侵略に来ている魔族どもを全滅させれば、今度は魔王、、、、、が直々にお、、、、、出ましする、、、、、かもしれな、、、、、いからな、、、、

「それもないかもしれないぞ。もう派遣した部隊が魔王城に着いた頃だろう」

「すでに討伐されてたりしてな!」

 男たちの笑い声が、大広間に響き渡る。

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