第15話

 命より優先されるべき大義というものが存在する。

 丸かバツか。

 俺っちに言わせれば火を見るより明らか、問答無用、バッカじゃねーの? 完膚なきまでの圧倒的一択だろ絶対、ってレベルのバツ。

 なぜか。

 まず、死んじゃうとご飯が食べられなくなる。

 天国に寿司とかギョーザがあるならまだ考慮の余地もあるが、これでポテトグラタンなんて出されたら溜まったもんじゃない。グラタン嫌いなんだよな。

 あと、起きられなくなる。

 死はときに永遠の眠りと表現されることあるが、無限に寝てみ?

 絶対途中でトイレ行きたくなる。

 そんでもってトイレの夢ってやつに限り、夢のなかの事象は現実世界に反映される。大人になるとオネショはしなくなるものだが、さすがに一生寝てたら大人の膀胱でも耐えられない。そのうえ、死んでたら起きてシャワーを浴びることも叶わない。

 やっぱダメだ、死んじゃダメ。

 尊い生命なんだ。

 正しく尊べ。

 そんなわけで、俺っちは生きてることが一番偉いことで、生き残ることがなによりも大事だと考えている。

 昨日、暇潰しにナメクジに塩かけたけど。

 さっきカマキリ踏んづけたけど、でも真面目だ。

 我ながらすさまじい説得力。針が振り切っちゃってるぜ。

 さっきからなんの話だ、だって?

 仕方ないだろ……!

 たったいま脳裏に焼きついちゃった光景を記憶からこそげ落とすのに苦労してんだよ!

 ボゥッ‼︎

 ボヴォォォオオオオオッ‼︎ と。

 俺っちは眼前に広がった惨事を土葬するのではなく、高火力で消し炭にしながら、そんな考えを頭のなかで巡らせる。

 緑色魔族の王、ゴブリンキング。

 遠近両用ちょっとお高いメガネ、エンシェント=ガンナー……あれ、あいつメガネかけてたっけ?

 両者ともに派手に死んでくれやがった。

 うなされるから本当にやめてほしい。

 一部界隈では魔族の王は冷血で残虐非道だと思われているらしいが、とんでもない。

 寝れないとき、隣で側近が読み聞かせてくれる冒険小説で血が流れるだけで背筋が凍る。

 こう見えて結構デリケートなんだよ。

 だから事故現場を保存するつもりはないし、「あの出っ腹で腹踊りしたら楽しそう」とか言って廃品回収しようとするアンデッドキッドだって全力で阻止する。

 とはいえ、俺っちには一抹の疑念が残っていた。

 ゴブリンキングを死なせてもよかったのか、と。

 実は、だ。

 縮れ毛が火を放った時点で、あいつの死は確定していた。

 それもそう。高火力の魔力砲が撃てなかったのは、人柱なかまを巻き添えにする危険があったからで、あんなふうに孤立してくれたなら容易く撃てたのだ。

 しかし、生き残ること──特に俺っちが──が一番大事だと思っている俺っちは、自分のポリシーを曲げるような気の迷いをしてしまった。

 ゴブリンキングの面子を考えてしまったのだ。

 だってあいつ結構ノリノリだったし、エンシェント=ガンナーのことだいぶ煽ってたからなぁ……。

 煽り倒しておいて窮地で味方に助けてもらって勝ったんじゃ肩身が狭いし、この先ヒト族の里に乗り込むまでずっと気まずい空気になりそうだったし。

 まぁ結果オーライってことで。

 とりあえず心の折り合いがついた俺っちだが、

「どうしたよ? 腹に一物抱えたような顔して」

 振り向くと、険しい表情をする人柱なかまたちがそこにいた。

「オイラ……朝食った牡蠣が痛んでたみたいで」

「お前はガチで一物あんのかよ。木陰行ってこい木陰、遥か遠くのな」

「いや大丈夫っす! こんなこともあろうかと、健康的なはらわたが詰まった兵士の残骸パーツを持ってきたんで!」

「遥か遠くだ! はよ行けゾンビボーイ、大事な兵士の残骸パーツを消し炭にされたくなかったらな!」

 お腹いっぱいで追いグロテスクは勘弁なので、俺っちは鞄を漁りだしたアンデッドキッドをぴしゃりと叱りつけて追い払った。

 近いうちに、いや早急に。

 あいつには倫理観のよく育った新鮮な脳みそを見つけてもらいたいものだ。

 遠くってどのくらいかな? という具合にちょくちょく止まっては振り返る不死身の少年に、その都度ガンを飛ばす。

 完全に視界から消えたところで、俺っちは口を開いた。

「怖気づいたわけじゃあるまいなバナナマン? お仲間の死なんざ日常茶飯事。生きて戻れるは幸運、だろ? 顔の青い魔族の親玉は今日、星座占い十一位とかだったんだよきっと」

「最下位どうなっちゃうんだよそれ……」

 ごもっとも。

 まぁ俺っちは一位なのでどうでもいいけど。

 ちなみにラッキーアイテムはキャラ弁。

 キャラクターは問わないらしいので、ヒト族の間で流行っている大人気小説『アドとベンちゃんの冒険』に出てくる魔王ズタ=ボロスにした。

 あいつ不死身でかっこいいんだけど、勇者にワンパンされるんだよなぁ。

 連載終了近いらしいけど、なぜか世界征服を果たせそうな予感がまったくしない。不思議。

 そんなズタ=ボロスの顔を模したお弁当を、朝ちゃんと側近に作らせた。

 抜かりはない。

 帰ったらこの日を記念すべきハッピーヒト族殺戮デーに────

「あッ! 弁当忘れたっ‼︎」

 俺っちが唐突に叫ぶも、バナナマンは驚かない。

 人柱なかまの死をかなり重く受け止めているようだ。

 まぁそうか。こいつ別に悪いやつじゃないもんな。

 自分を『猿』呼ばわりするやつに復讐を誓っただけの、ただのヤバいやつだもんな。

 ……ヤバいやつだった。

「そんなに落ち込むなよ。生き延びたところで、いずれは俺っちに殺されてただろうしな」

「うむ……え⁇」

「あいつ喋り方が鼻につくし、なにより俺っちの前で『キング』を名乗るなんて言語道断だしね」

「そうか。じゃあ、死期がちょっと早まっただけか」

 納得すんのっかよ……。

 慰め慣れてないから面倒になってかなり適当に言ったんだけど。

 ただのゴリラかと思ったが、魔族の素質もありそう。

 いや待て、なぜマイナス要素=魔族になる?

 偏見だ! 差別ダメ絶対!

 そんなやりとりを経てバナナマンのメンタルが回復したところで、腹痛から回復(物理)したアンデッドキッドが戻ってきた。

「はぁスッキリした!」

 念のため断っておくフォー ザ レコード

 さも排泄してきたかのような軽い物言いだが、こいつがしてきたのはレジェンド級の外科手術だ。

 よい子のみんなはお腹が痛くなったときは排泄をするように。

「さあさ、これから『蒸気機関車』に乗るっすよ!」

「ジョーキキ……なんて⁇」

 俺っちが頭にハテナを浮かべていると、バナナマンが補足してくれる。

「あらかじめ敷かれた特別な道を走る巨大な移動手段さ。蒸気で車輪を回して動かすんだ。素早く、疲れずに長距離移動ができる」

「お湯沸かして走る乗り物か。側近がパスタ茹でてるの忘れてよくお湯が吹きこぼれてるけど、あの力を使うなんてな。よう思いつくわヒト族」

 翼もない小さい身体。そのくせ体力は雀の涙。

 弱者は移動にすら必死だ。

 俺っちは、必死に移動するもカラス追っ手から逃げられずついばまれる毛虫を思って涙した。

 が、よくよく考えてみたら毛虫嫌いだったので、どうでもいい。

「切り拓いた森を通って王都の方へ戻っていく貨物列車があるっす! それに乗れば体力も温存できるし、なにか使えるものが手に入るかも」

「最近お気に入りだった山の中腹がハゲっちょろけてきて景色が寂しいと思ってたら、やっぱりヒト族の仕業だったか! あいつらぶっ殺してやる」

「うっす! 頑張りましょう魔王様!」

「まぁ、その汽車にこれからお世話になるわけだが」

「「「バゥバゥウウッ‼︎」」」

「わーい。のりものたのしみ! のりものたのしみ!」

 楽しげに跳ねる不死身の少年と、まさに森の賢者というべき冷静なゴリラ。それにあの駄犬と、蝶々を追いかけて戻ってきた後天的隻眼巨人(俺っちのせい)のサイクロプスが加わってパーティーは全員集合を果たした。

 魔族の里発、王都経由、ヒト族どもが地獄行き。

 ご乗車おくオーラんなさいましボード

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