第14話

 がぁッ、痛い痛い痛い痛い‼︎

 超弩級ホーリー畜生シットッ‼︎

 なんで生きてやがるんだあの母性愛者マザーファッカーッ‼︎

 苦痛に耐えながら拳銃の弾倉を全て埋め、肩のところに噛みついて離れない新型のゴブリンに向かって立て続けに引き金を引く。

 今までの個体より明らかに咬合力が強化されていた。

 こんな調整もできたのか。

 とうとう死んだのか、不意に肩の痛みが緩和された。

「離れろやクソが‼︎」

 噛みつく顎の力が抜けたにも拘わらず、緑色の死骸はその鋭い牙を深く刺したまま肩のところでだらりと垂れていた。

 それをエンシェント=ガンナーは荒々しく引き剥がし、投げ捨てた先へ憎々しげに鉛玉を撃ち込む。

 ゴブリンキングを見やると、距離をとった魔族は自衛用の新しいゴブリンナイトを吐き出しているところだった。

 使役用のゴブリンに戦闘をほぼ任せている身で、まさかあそこまで硬いとは。

牛糞野郎ブルシット! 自分が弱いから兵隊囲ってるんじゃねーのかよ⁉︎」

 悪態を吐きつつ、エンシェント=ガンナーが死体撃ちに使っていた拳銃をゴブリンの親玉へと向け、装填されていた最後の一発を放った。

 すると。

 生まれたばかりで遅れをとったゴブリンナイトの腕を貫通し、その先へと流れた弾丸が、

 予想外にも、

「ぐぅッ⁉︎」

 ゴブリンキングの脚に直撃し、その肉体から緑色の血液を吹き出させた。

(当たった⁇ なんでだ、超至近距離から撃ち込んでも傷ひとつ付かなかったのに……)

 ゴブリンキングが新しく生成した近衛兵の陰に隠れながら移動する様子を見ながら、エンシェント=ガンナーは弾倉が空になった拳銃に弾丸を込める。

 ゴブリンキングはまだ攻撃してこない。

 こちらの様子を窺いながら歩を進めるだけなので、猟銃の方の装填も完了できてしまったくらいだ。ゴブリン玉や顎が強化された亜種ではなく二体目のゴブリンナイトを作りだしているあたり、ひとまず防備を固めているらしい。

 なかなかゴブリンを吐き出さないのは、一時的な魔力切れを起こしているからだろうか。

 考えろ!

 こんな中ボスくらいの貫禄しかない老魔族に、この僕が負けるわけないんだ!

 くしゃくしゃ頭にそばかすの青年は自身を鼓舞し、集中力を研ぎ澄ませる。

 そもそも、だ。

 なぜあんなにも使役用のゴブリンを吐き出せる?

 体内に大量の卵があるのか?

 だとしたら、今頃もっと大量のゴブリンを生成して襲ってきているはず。

 やはり戦闘中、なにかしているのだ。

 生殖行為らしきものは見ていない。魔力で作っているとして、魔力を回復するような素振りを見せていただろうか?

 思い当たる節がない。

 しかし、早く解明しないと。

 焦燥の汗を額に浮かべ、エンシェント=ガンナーはごくりと固唾を呑む。

 弾数、残り僅か。もうリロードもできない。

 体力も底が見え始めている。

 それなのに、ゆっくりとはいえ相手はまだ緑色の兵隊を生み出せるときた。

 これが最終ラウンドだ。

 それも、ある程度体力を残して勝たないと。

 でなきゃ、弱ったところをさっき僕を臆病者カワードと呼んだケツ穴野郎アスホールに狩られて詰む。

 こいつだけでいい。

 せめてこのゴブリンの親玉をぶち殺してから国に帰りたい。

 でなきゃ、なんの戦果もあげずに尻尾巻いて逃げてきたと思われる。

 あぁ。喉がカラカラだ。

 肺が痛いし、身体中疲れ切っている。

 なにやら目も霞んできたみたいだ。

 あんなに青々としていたはずの森が、色を失って茶色く見えて────

「……マジかよ」

 目を擦りつつ、エンシェント=ガンナーは声を漏らす。

 彼はゴブリンキングと、その歩いた軌跡を交互に見やった。

 ゴブリンキングは悠々自適にゴブリンを使役し、自分はゆっくりと移動していた。

 移動していた……。

 移動……なぜ動く?

 エンシェント=ガンナーの戦闘スタイルは、近接格闘と銃器による遠距離攻撃を使い分けることで、相手の状況把握能力のキャパシティを凌駕するほどにスピーディーな戦況変化を作り出すこと。彼が優位に立っているならば、ゴブリンキングが攻撃に合わせて動かざるを得なくなるのは当然だ。

 そう。エンシェント=ガンナーが押しているなら、だ。

 しかし、今はゴブリンキングが圧倒的優勢。

 別に歩いたっていいじゃないか。なにをそんな気にしてる。

 脳のどこかでそんな声が聞こえてくる。

 いや、でも。不審なんだ。

 違和感がまとわりつく。

 矛盾とまではいかないが、かすかな奇怪。

 その真偽を確かめようと辺りを見回す。

 左方、枯れた草と抉れた土で茶色くなった地面。

 前方、ゴブリンナイトの奥。荷物持ちの兵士が倒れた横で、彼の背負っていた大きな酒樽が割れて中身が溢れて、まだ青い草花を濡らしている。

 右方、緑豊かな草木。

 足元、死んだ別の荷物持ちと、彼が運んでいた未だ割れていない酒樽。

 エンシェント=ガンナーはくしゃくしゃ頭をわしわしと掻くと、そばに転がっていた大きな樽に穴をあけ、前方右側へと勢いよく転がした。

 バチャバチャと中身が止めどなく溢れ、辿り着いた先には瑞々しい葉をつけた大木。幹に直撃すると同時に酒樽は砕け散り、残ったアルコールがあちこちに飛散した。

 拳銃をゴブリンキングの方へと向け、発砲し。

 そして外す。

「……疲労のせいで手元が狂った、と信じたいが。どうやら狙いはワシではなく別にあったみたいじゃな」

 ゴブリンキングを挟んだ向こう側。

 倒れた仲間が着る武具の金属部に弾丸を当て、火花を散らさせたエンシェント=ガンナーは嬉しそうに笑う。

「そーゆーこと。分かってるじゃん!」

 直後。

 ゴブリンキングの背後と酒樽が直撃した木、そしてそばかすの青年を結んで、『く』の字の業火が燃え盛った。

「これでもう魔力供給はできないんじゃない?」

「……」

 問うエンシェント=ガンナー。

 ゴブリンキングは答えず。

 しかし、青年はかまわない。

「最初はなんつード畜生ファッキン種馬野郎スタリオンに当たっちまったんだ僕は、って思ったけどねー。違うなー。お前の魔力は無限じゃーない」

 くしゃくしゃ頭は茶色くなった地面を指差し、続ける。

「植物、かー緑色の生物。ま、どっちでもいーや。それがお前の魔力の供給源だろ? お前はそれらの生気を吸い取り、魔力に変化させてる。んでー供給源を失ったいま、お前は死者も同然ってわーけ」

 枯れた地面の炎が立ちのぼっていない場所。

 そこへのゴブリンキングの退路を絶つため、エンシェント=ガンナーは左方へとゆっくり足を進める。

「名探偵を気取って、さぞかし楽しかろう。じゃがのう若造。お主が人生最後に学ぶのは『油断は禁物』ということじゃ」

「分かってねーな! 今日死ぬのはてめーの方だクソじじいッ‼︎」

 これが最終ラウンド。

 勝ちを決めて、トップスピードのまま王都に帰る!

 そばかすの青年はありったけの脚力で地面を蹴り、端からブレーキをかける気など毛頭ないスピードでゴブリンキングへと突進していった。

 迫り来るゴブリンの群れ。

 それは魔力の供給が不可能なゴブリンキングにとって、最後の軍勢。

 エンシェント=ガンナーは向かってくる魔物を遠くでは撃ち抜き、近くでは猟銃を鈍器にして殴り潰していき、対するゴブリンキングは身を守るためにそばに置いていたゴブリンナイトをも出撃させ、自分は長い杖を構えた。

 弾丸は撃ち尽くされ、ゴブリンの軍勢は殺し尽くされ。

 両者、残機ゼロの殴り合い。

 使役するゴブリンを生み出す時間がないゴブリンキングは、代わりに魔力を最大限に込めた杖を振りかぶり、エンシェント=ガンナーは己が知る古武術で最強の攻撃を振るう。

 杖。

 より、拳の方が僅かに早い。

 先に攻撃が届くと確信し歯を見せて笑う青年に、老魔族が一言。

「だから言ったのじゃ。『油断は禁物』じゃと」

 ゴリュッッ‼︎‼︎‼︎

 と、肉に食い込む牙の音。

「────なんで、」

 エンシェント=ガンナーは、背後から首筋に食いつくゴブリンの感触に顔面を蒼白にさせ、息を呑む。

「咬合力を強化したゴブリンを振り払うのにお主が気を取られていたとき、ワシはもう一体のゴブリンを生成し、お主の背後に隠していた。お主がワシの脚を撃ち抜いたときから既に、刺客を用意してたってわけじゃ!」

 勝ち誇るゴブリンキング。

 首を噛みちぎられる直前、エンシェント=ガンナーは握りしめた拳を開いた。

「古武術の里で僕が食らった一番痛ーい拳。それは師匠の拳骨だったんだけど、」

 拳のなかから、からん、と。

 ピンを抜いた手榴弾が現れる。

「師匠せこいんだよ。あいつ、僕を殴るときだけ拳のなかに石ころを隠し込んでやがった!」

 余裕の笑みで開かれたゴブリンキングの口。

 ぶち込まれるグレネード。

 エンシェント=ガンナーの突進はすぐには止まらず、ゴブリンキングの頭部は燃え盛る炎のなかへと押し込まれる。

 そして。

 パバァンッ‼︎

 ゴキンッ‼︎

 首の骨が噛み砕かれるのと、爆薬によって頭部から脳みそが吹きだす音が、森のなかを響き渡った。

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