第20話

 前方の貨物車にもご丁寧に見張りが配置されていたのだろう。開く扉に続いて、異変に気づいた兵士たちが複数、こちらの車両へと流れ込んでくる。

「魔族だ!」

「手配書にあった猿顔もいるぞ!」

 潜入が完全に失敗したところで、俺っちは横で拳を握りしめる猿顔の男に声をかけた。

「手加減できるか、バナナマン?」

「どうだろうな。猿顔と言われると、どうも理性が機能しなくなる」

「せめて汽車は破壊するなよ。俺っち歩くのはごめんだ」

「……了解ラジャー

 バナナマンは腰の剣へと伸ばしかけていた手を止め、代わりに近くに積まれていた農具のひとつを手にした。

 猟銃を持って駆けてくる兵士たち。

 猿顔の男は自分を落ち着けるように深呼吸をひとつして口を開く。

「誰が、猿顔だって?」

 三叉槍のように繰り出されるピッチフォーク。

 兵士のひとりを貫いたバナナマンは、矛先を上方へと向けてそのまま串刺しにした。

 仲間が天井でケバブのようにぶら下がるのを一瞬だけ恐怖の目で見た別の兵士が、気を取り直して銃を構える。

 すかさず俺っちは牛のケツをぶっ叩いた。

 モォウォォオオオーッ‼︎

 驚いた牛の一頭が受けた衝撃と反対方向へ駆け出し、兵士を巻き添えに壁に激突。太い角で兵士の胸部を貫いた牛は、頭に受けた重みの違和感を振り払うように首を左右に振る。

 ぐちゃぐちゃと壁に叩きつけられること数回、串刺しになった人体は残った他の兵士を一掃し、最後は貨物車をぶち抜いて外へと投げ出された。

「牛さんナイス! これが終わったら焼肉連れてってやるからな!」

「それ、入ったときはいたはずの牛が退店時に姿を消してるやつじゃ……」

「なにを言ってんだバナナマン。こんなに大きな牛だぜ? 先に解体しておかないとドア通れないだろ」

 晩御飯の相談をしていたところで、後方から叫び声が聞こえてきた。

「大変です魔王様!」

「どうしたアンデッドキッド?」

 俺っちは入ったとは反対側の扉から顔を出し、不死身の少年の声がした方へ目を向けた。

「おお、やっとサイクロプス乗車できたか」

「それもそうですが、違うんです! ケルベロス、ケルベロスが!」

 見ると、あの煩わしい駄犬が「クゥン……」と悲しげな様子で、ふたつの頭を垂れていた。……ふたつ⁇

「どうしたんだよそれ!」

 俺っちは頭をひとつ失ったケルベロスをなるべく見ないようにしながら、アンデッドキッドに説明を求めた。

「どっかから急に死んだ兵士が飛んできて! 鞘がどこかに引っかかって抜けたのか、そいつが腰から下げていた剥き出しの剣がケルベロスの首のひとつを……」

 マジか、遠因俺っちじゃん。

「ま、まぁなんだ。生きてるみたいだし、そこはよかったな」

「全然よくないっすよ! ケルベロスは頭が三つだからケルベロスなんすよ? これじゃオルトロスだ」

「いやそこ⁉︎」

 だいぶズレてるゾンビボーイの懸念に絶句していると、顎に手を当ててしばし考え事をしていたバナナマンが口を開いた。

「テセウスの船って知ってるか?」

「「知らん」」

「ぼ、ボクもしらないなぁ」

 額に呆れの汗を浮かべたバナナマンが続ける。

「壊れた船を繰り返し修理したとする。そうして帆も、舵も、船体も全て新しい木材に取って替わられたとき、果たしてそれはもとの船だと言えるのか、という哲学の議論だ」

 猿顔の神妙な面持ちと、無表情の俺っちたち。

 短い沈黙を破ったのは俺っちだ。

「ヒト族って年中そんなこと考えてるのか。暇なの?」

 どうでも良すぎるだろ。

 続いてアンデッドキッドが口を開く。

「最初から新しい船買えばよくない?」

 俺っちでも分かる。

 そういう話じゃない。

「ヒト族って分かんないなぁ。オイラだったらボロ船をちまちま修理なんかしてないで、ピカピカの新品買うのに。直す手間も省けるじゃん?」

「……改めて、よろしく。オルトロス」

「「ガゥーン……」」

 この猿め議論放棄しやがった。

 くそ、俺っちがゾンビボーイと同レベルみたいな感じで話が終わっちまったじゃねぇか。

 そこでアホのサイクロプスが小さく挙手をした。

「ボクちょっとしつもんがあるんだけど。テセウスってだれ?」

 もうええわ蒸し返すな!

「まぁなんだ。兵士たちは駆除したことだし、ヒト族の里着くまでゆっくりしようぜ」

 俺っちはそばにあった干し草の海にダイブ。

 欠伸をひとつし、目を閉じた。

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