第12話

 やりにくいな。

 シンプルなその一言。

 それが、初めて行う複数人からなる陣営同士の戦闘の最中に俺っちが抱いた素直な感想だった。

 今まで『戦闘』というやつは、散歩がてら魔族の里に侵入してきたヒト族の兵士たちを適当に返り討ちにするもので、それ以上でも以下でもない。単なるルーティンワークというか、朝起きて顔を洗うくらいのイベントだった。

 しかし、敵だけでなく『味方』という概念が加わった戦場では、単に敵を蹴散らすだけでは十分ではない。

 戦力的にはいらないものの、後々助け出したお姫様を狙われた時に身代わりになってもらう人柱なかまが欠けてしまうと困るので、彼らの安否も考えに加えなければならないのだ。

 敵がくしゃくしゃ頭の青年、エンシェント=ガンナーだけだったら、アンデッドキッドとともに倒したあいつ……誰だっけ? なんか卑猥な二つ名を持った母性愛者マザーファッカーだったことだけは覚えてるんだけど……まぁいいや。

 あいつを倒した時のように、タイマン勝負すればいいだけなのだ。

 が、いかんせん今回は敵味方ともに多人数の混戦。

 下手に大規模な魔力攻撃ができない。

 実際に身代わりとして死んでもらうまでは、こいつらただの足手纏いだな。

 なんてジレンマがもどかしい。

「つかさ、」

 ズドンッ‼︎

 エンシェント=ガンナーの鋭い上段蹴り。

 腕でガードしながら、俺っちは素朴な疑問を口にする。

「『エンシェント=ガンナー』って二つ名どうなのよ? いにしえの狙撃手って意味分からんくね。古代に銃器は存在しなかったわけだし」

 くしゃくしゃ頭から繰り出されるパンチを適当にいなし、

 回し蹴りをしゃがんで避け、距離を取る。

「てかお前『ガンナー』じゃねえの⁇ 銃使えや」

 遠くから蝿程度のスピードの弾を何発か撃ったかと思いきや、早々に拳銃をしまって格闘技を仕掛けてくるエンシェント=ガンナーにクレームを入れる。

「あーね、死ぬ前に教えてやるよ。僕は遠距離攻撃も近接戦闘もこなす、古武術極めし銃器使い。二つ名はそれが由来ってわーけ!」

 くしゃくしゃ頭……って長いな。縮れ毛でいいや。

 縮れ毛はそう言って一気に距離を詰めてくるなり、空中で一回転。

 踵落としをかましてくる。

「遠近両用ってか。そういう眼鏡あるよな、横線入ったやつ」

 俺っちは縦に振り下ろされた足技をガードしたのち、そのまま縮れ毛の足を掴んで水平方向へ投げ飛ばす。

「よかったらお前にも横線いれてやるよ。どこで真っ二つにしてほしい? 今ならリクエスト聞くぜ」

 俺っちは言いながら、魔力を練って空中に『斬撃』を構築。

 一方、投げ飛ばされた縮れ毛が衝突寸前で体勢を立て直し、

 木の側面に足をついた瞬間、腰の銃を引き抜いて発砲してきた。

「お優しーこと! あーでもこっちはリクエスト募集してないや。高級寿司と一緒で『おまかせ』しかないんだよねー。適当に風穴開けてやるからじっとしてなー?」

 魔弾構築を中断された俺っちは、飛んできたふたつの弾丸を避けて飛翔。

 面倒だ……巨大な魔力砲で一掃できないかな?

 戦況を俯瞰してみる。

 連れてきた人柱なかまたちはヒト族の兵士に数で圧倒されているものの、なかなか健闘していた。

 動きは鈍いが、サイクロプスが振り回す巨大な棍棒は木々に囲まれたこの狭い戦場では脅威だし、バナナマンは元傭兵なだけあって戦闘経験に裏打ちされた的確な立ち回りでなんとか大勢に無勢を乗り切っている。

 パッと見ただけではどこにいるのか分からないが、ちょくちょく兵士たちがどこからか射抜かれているあたり、アンデッドキッドもちゃんと仕事をしているようだ。

 クソ犬は知らん。

 残るは……、

「親玉ゴブリン、選手交代だ。こいつの相手しといてくり」

 俺っちは高威力の魔力砲で手っ取り早くお掃除するのが不可能だと判断するや否や、視界の端で雑魚兵の軍勢を相手にしているゴブリンキングに指示を出した。

「あっは! 逃げ腰のくせに偉そーじゃん!」

 バカにしたように縮れ毛が笑う。

「てかバカにしすぎじゃなーい? こんな骨ばったヨボヨボのゴブリンが僕の相手になるとでも────」

 言い切る猶予は与えられなかった。

 縮れ毛に向かって飛んでいった緑色の球が、その身を展開して彼の腕に噛みつく。

「あぁ畜生シット! 失せろピスオッフ‼︎」

 エンシェント=ガンナーに鉛玉をぶち込まれ、頭部が破裂した小さいゴブリンの残骸が地面に落ちる。

「余計なことを口にすると墓穴を掘ることになるぞ、若造」

 声の主は、ゴブリンキング。

 投擲用のゴブリンを吐き出し、間髪入れず縮れ毛に投げつける。

「舐めんなッ‼︎」

 縮れ毛がすばやく拳銃を腰のベルトにしまう。

 代わりに背中にバツ印に掛けてあった二本の猟銃の一方を取り出すなり、エンシェント=ガンナーは飛んできたゴブリン玉を一撃のもとに粉砕する。

 銃器ではなく鈍器として使われた猟銃。

 それによって、辺りにべちゃべちゃと緑色の肉片が散らばった。

 あ、もう見てらんないわ。

 俺っちはさっさと他の人柱なかまに交ざって雑魚狩りをすることにした。

 それにしても、エンシェント=ガンナー。

 クソ縮れ毛野郎だが、彼の戦闘力はたしかなものだった。

 古武術による近接戦闘はひとつひとつの打撃が重いうえ、不利な状況になるとその俊敏性を使って即座に撤退。遠距離攻撃というカードがあるため、それは単なる逃げではなく新しい攻撃のチャンスとなる。

 端的に言うと、相手を翻弄するのが上手い。

 近接戦闘と遠距離攻撃を自由自在に使い分けることで、縮れ毛は常に自分にとって有利な状況で戦え、逆に相手はそのペースに逐一適用しなければならなくなる。

 速いと言ってもわずかな時間のうちに移動できる距離は、たいしたことない。彼には拳銃の装弾数という制約もあるため、リロード中に溜めた魔力で広範囲攻撃を放てば十二分に捕捉できる。

 それも結局、人柱なかまがいなければの話だが。

 狙ってやっているのか。縮れ毛の野郎は、常に俺っちの攻撃範囲がサイクロプスやバナナマンと被るように立ち回りやがる。

 ぶっちゃけ、めんどい。

 しかし、ゴブリンキングを雑魚兵から遠ざけて彼に当てた理由はそれだけではない。

「がんば縮れ毛。俺っちの予想だとお前、そいつと相性最悪だから」

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