第10話

 傭兵って仕事は、いつだって死と隣り合わせだ。

 それが魔族討伐を専属とする者なら尚のこと。

 英雄譚、名誉ある死なんてのは夢物語。

 心も尊厳も失って、どこぞで野垂れ死ぬのが当たり前の世界。

 五体満足で家に帰れりゃ至高の幸福。腕の一、二本なくすくらいなら運がいい。

 一月前まで、俺は幸運だった。

 守るべき家族はいねぇが、ともに戦う部隊きょうだいがいた。明るいやつらで、どんな辛い任務だって文句一つ言わずに遂行した。

 家族を。ヒト族を、魔の脅威から救うことを心からの喜びとしていたからだ。

 無論、俺も例外ではない。

 魔族を相手にすることの危険性は誰もが重々承知だったから、傭兵の俺たちを金が目的の殺し屋だと揶揄するやつはいなかったし、街のやつらはみんな優しかった。

『ありがとう。

 命を賭して戦ってくれて』

 そんな感謝を向けられるだけで、俺は満足だった。

 そう。両脚を失う一月前までは。

 キツい任務だった。

 鉱山の炭鉱夫を襲うゴブリンたちの一掃。ごくごく一般的な討伐依頼。乗り込んだ俺たちは、特に苦労することなく巨大な巣窟を丸ごと破壊するはずだった。

「退却! 退却だ‼︎」

「どうなってんだ⁉︎ こんな数、聞いてないぞ‼︎」

 ゴブリンの亜種が────

「見ろ! 十二時の方向‼︎」

 ────俺たちを待ち受けていた。

「ゴブリンキング……」

 二メートルを裕に超える巨体。

 それまで俺たちがゴブリンキングだと認識していた個体が、単なる赤子のように思えた。

 刃も弾丸も通らない強靭な肉体。

 その巨大さゆえに垂れた腹には、どれほどの個体が内包されていたのだろう。歪な歯がとびとびに生えた口から、ゴブリンの軍勢が波のように吐き出される様子は地獄絵図。

 あのドロドロが吐瀉物なのか粘液なのかは、いまだ────


「長いし生々しいわッ!」

 森のなか。

 俺っちは、頭の上に鏡餅のような瘤を作って正座させられている長身のゴリラ、ゴリゴルゴスの頭に空手チョップをお見舞いしてやる。

 本体と兵士の残骸パーツとの接合部が特に弱いアンデッドキッドをバラバラに解体した彼を、俺っちたちは制圧して反省させていたのだった。

 結局のところ誰の味方なのか。

 俺っちたちを裏切る可能性はあるのか。

 そんなことより、ゴリラなのか否か。

 それを聞き出すために話をさせていたのだが……こいつ、よほど話し相手がいなかったのか延々と話し続けやがる。

 ちなみにみんなが武装を解いているなか、アホなケルベロスだけがいまだにゴリゴルゴスに齧りついて離れない。

 誰でもいいから、この野良犬を煮るなり焼くなりしてほしいところ。

「結局、なんで両脚は両腕なの?」

「あとゴリラなの?」

 不死身の少年と単眼が一番聞きたい質問を投げる。

「戦闘の末、ゴブリンの鉱山は崩落。ゴブリンたちは一網打尽にできたが、部隊の方も俺を除いて全滅し、俺は両脚を失った。そしてさっきも言ったがヒト族だ。ゴリラじゃねえ」

 ゴリゴルゴスは緊張感もなく、背後で縛られた手を使って背中を掻きながら言った。

 って、言いにくいなゴリゴルゴス。

 猿ってバナナ好きだし、こいつは今日からコードネーム『バナナマン』だ。

「命辛々に這って帰ってた俺が偶然出会った人工四肢職人。会ったときは神様に見えたもんだが、あいつはとんだ悪魔だったよ。義手ばかり作りすぎて義足の在庫がないとか、傷口の形が整ってないから高くつくだとか。ぼったくられたよ」

「足元見られたんだね?」

 不死身の少年が笑いを堪えながらポツリと呟く。

 やめてくれませんかアンデッドキッド。

 不謹慎ですよホント…………、くそワロタ。

「生還してから買い換えればよかったのではないか?」

 ゴブリンキングが素朴な疑問を口にする。

「俺は部隊みんなの戦闘力、すなわち安全を第一にしていたからな。稼ぎは全て最上級の物資を購入するのに使っていたから金がなかった」

「健気なこった。そんで、なんでついて来ることにしたの? 俺っちらはヒト族の敵だよ?」

「簡単さ」

 言うなり、バナナマンは縛られていない足を懐へと伸ばし、折り畳まれた紙切れを地面に広げた。

 いやもう猿やん⁉︎ 足の扱い慣れすぎだろ。

「あ、おじさんのかおだー!」

 字が読めないサイクロプスは、猿顔の男が写った手配書を見て言った。

「いまや俺はお尋ね者ってわけさ。家族も友達もいねぇ俺がエテ公みたいな足して『仲間は全滅しました』と里に戻ったら、なんて言われたと思う?」

 そのまま続けてくれるかと思ったらガチの質問だったようなので、俺っちたち聴衆はただ肩をすくめて正解を促す。

「『魔族め、お前が殺したんだろ』『前から怪しい顔だと思ってた』だとよ。以来、俺は決めたんだ。俺を『猿顔』呼ばわりする輩は一人残らずぶち殺すとな」

「酷いこと言うやつがいるもんだね……」

「お前もな⁉︎」

 しんみりとした様子のアンデッドキッドにバナナマンが怒鳴りつける。

「まぁゴリゴリすんなって。脚が欲しいならオイラの兵士の残骸パーツを分けてやってもいいぜ」

「カリカリみたいに言うんじゃねぇ。それにな、そんなもんくっつけて動くわけないんだよ普通の人間は!」

「人間は無理でも猿ならいけんじゃね?」

「ぶっ殺すぞ死に損ない種族! 『猿』は禁句だっつってんだろうが‼︎」

「あ、『死に損ない種族それ』オイラにとっての禁句かも」

 なんだこの不毛なやりとり。

 三頭一匹の駄犬とアホ二人が取っ組み合いの喧嘩になっているのを他所に、俺っちはバナナマンの自分語りを聞いているときに気になった疑問を解消することにした。

「バナナマン……あの猿顔が言ってたゴブリンキングっていうのはお前のことだよな?」

「……ああ、そうじゃ」

 両手を杖にかけて内輪揉めを眺めていたゴブリンの王。

 彼は視線を変えずに返答する。

「気づいているのか気づいていないのか。いずれにせよ、あのゴリラはお前のことを気にしてないようだけど、お前はあいつのことどう思ってるん?」

 仲間のゴブリンを皆殺しにされたんだ。

 敵意がないわけがない。

 しかし、ゴブリンの王は落ち着き払った様子で口を開いた。

「たしかにワシは彼と一度武器を交えた間柄。しかし、あやつのヒト族に対する憎悪。あれで十分。同じ目的をもつ同志として、ワシはやつを受け入れる。それこそが王にふさわしい判断、寛容さであろう」

「……」

 なんかこいつ癪に触るな。

 悪いやつではないのだが、なんとなく鼻につく存在。

 そういう者への接し方はなにが正解なのだろうか。

 とりあえず身代わり第一号はこいつにするか、と自分の中で解答を用意したそのとき。

 事は起きた。

 バァンッ‼︎ と響く火薬が弾ける音。

 銃声。

 空気を強引に掻き分けて猛進する鉛玉が鼓膜を殴りつけ、直後。

 首を傾けた俺っちの右耳がぶち抜かれた。

 耳へとやった手が円形に欠損した空間を無意味に摘むのを確認し、俺っちは発砲した相手が潜む木の上へと視線を投げる。

「へぇーすごい! 今の避けるんだぁー?」

 若い男だった。

 くしゃくしゃの髪。

 鼻と頬に散りばめられたそばかす。

 狙撃手は満面の笑みで歯列の整った白い歯を光らせ、猟銃の先からゆらりと流れ出す硝煙を軽い息遣いで吹き消した。

「お前の腕が悪いだけだろ」

「ふふっ。そのセリフ、耳に風穴開けられてなかったらカッコよかったよ」

 残念でしたー、とくしゃくしゃ頭の青年は悪戯げにベロを突き出して挑発してくる。

 が、直後。

 青年の左耳にV字の切れ込みが走り、三角形の肉片がポトリと地に落ちた。

 くしゃくしゃ頭の口元から笑みが消える。

 圧縮した魔力の小さな斬撃。

 飛ばした俺っちは、拳銃の形にした手を持ち上げ、銃口を模した指の先端から立ち上る透明の煙を青年がしたように吹き消した。

「あれれ、耳にV字の切れ込みが入った野良猫をたまに見かけるけど、去勢手術のマークって人間にもつけるんだね⁇」

 痛みがした方に伸ばした手が鮮血を付着させて戻ってきた様子を見るなり、狙撃手の額に青筋が浮かぶ。

「降りてこいよ臆病者カワード。それとも脚がすくんで動けないか?」

「魔族がさー、調子乗らないでよねー」

 くしゃくしゃ頭の男は木の上からひょいと飛び降り、軽やかに着地した。

 持っていた長い猟銃を、背中に掛かっていた二本目と交差するように背負い、代わりに拳銃を二丁、腰のベルトから引き抜く。

 するとそれを合図にするかのように、森のあちこちから手下の兵士たちが姿を現した。

「このエンシェント=ガンナー様が、蜂の巣にしてやんよ」

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