第8話

「それで、これが『自動人形』の代わりに集めた仲間ってわけですか」

 アンデットキッドを置いて魔王城に戻り、しばらく経った頃に愉快な人柱たちが集結した。そこで懐疑的なコメントをしたのは側近のサキュバスだ。

「有り合わせで作った料理出されたときの俺っちみたいな顔すんなよ」

「例えが的確すぎるんですけど⁉︎ 自覚あるなら感謝の顔で食べてくださいよ!」

「そんなことより、なんで四人しかしないんだ」

 異様に平均身長が高いという、遮蔽物にするにはありがたい面子を見て俺っちは疑問を口にした。

 長身のゴリラ、隻眼の巨人、ゴブリンの王。

 そして、魔族一の剣豪ソルドメスター宛ての手紙が取りつけられた矢を咥えた仔犬のケルベロス。

「ってこのクソ犬ッ、なんでお前が持ってんだよ⁉︎ 絶対本人に届いてないじゃんこれ‼︎」

 咥えていた矢を引ったくってどこかへ投げる。

 すると、三つの頭をもつ魔獣はそれを追って一目散に駆け出した。

 間もなくして戻ってきたかと思うと、一本の矢を巡って三つの頭が唸り声をあげて取り合いを始める。

「おい側近、この野良犬どうにかしてくれ」

「レガリオ様は猫派でしたっけ?」

「そう言う問題じゃねぇ。嫌いなんだよ、著しく知能に欠ける生き物は」

 ヒト族には地獄の番犬などと喩えられ恐れられているケルベロス。

 だが、実際は知性が三つの頭に分割されてしまったただのバカな犬だ。

 切られでもしない限り三つの頭は運命共同体だが、三人よれば文殊の知恵なんてことはなく、いつも三つ巴の争いをしている。

 さらにタチが悪いのは、胃袋はひとつしかないくせに三つの頭それぞれが食事を欲することだ。そのせいで消化できない量の餌を食い荒らした後に全て吐くというバカすぎる行動をループする。

 牧羊犬として飼っていた時代もあったそうだが、今となっては昔の話。

 こんな駄犬、飼育することはおろか近づきたくもない。

 俺っちが側近の影に隠れていると、呆れた様子のサキュバスはやれやれとケルベロスに向かって叫んだ。

「お座り!」

 直後。

 長身のゴリラ、隻眼の巨人、ゴブリンの王が一斉に体育座りになる。

 あのぅ、肝心のクソ犬が二足で立ってるんですけど……。

「……まぁいいや。さて、君たちをここに集めた理由は他でもない、ヒト族の里に囚われたお姫様を救出するためである!」

 言うが否や、隻眼の巨人がお行儀よく挙手をした。

「そこのサイクロプス、発言を許可しよう」

「あ、いえ。サイクロプスではなく、オーガです」

 隻眼の巨人が慎ましやかに訂正する。

 たしかに彼は中心に大きな眼球がひとつあるサイクロプスと違っていた。

 隻眼なのは潰された片目を閉じているからだ。

「すみません。話についていけていないのですが、オヒメサマってなんですか?」

「え。なに君、自発的に来たの? 召集のために放った白羽の矢を受け取ったんじゃなくて⁇」

 俺っちが問うと、隻眼の巨人は、

「召集は分からないですけど、たしかに飛んできた矢の件で来ました」

 そう言って粗末なズボンの後ろから紫色の血でドロドロの矢を取り出した。

 ヒト族の兵士から剥ぎ取った軍服。

 その切れ端と見られる布切れが確認できるあたり、たしかに召集用の矢を受け取っているようだが……。

「おひる、ボクはいつもどおり日向ぼっこをしながらおさんぽをしていました。そしたら、この矢がとんできてボクの目をばんっ! って、したんです」

 彼は勢いよく立ち上がるなり、決意の眼差して叫んだ。

 そのとき、手の中の弓矢を力一杯握りつぶしたことによって無事に、

 証拠品は隠滅された。

「こんなひどいことをするなんて、ヒトぞくのしわざにちがいない!」

「お、おう……そうだな」

「魔王様の目的はよく分からないけど、ボクがのぞむのはただひとつ! この左目のかたきをうつことです!」

 俺っちはなんとも言えない表情で彼の意気込みを聞いていた。

 すまん。

 仇、目の前にいるんだわ。

「ヒトぞく、ぶっころす! がんばるぞーっ!」

 純粋無垢な殺意に感銘を受け、体育座りのオーディエンスから拍手が湧いた。

 同じ志を持っているようでなにより。

 それにしても危ないところだった。

 俺っちがアンデッドキッドに散布させた白羽の矢だと誰かが気づく前に、サイクロプス本人が弓矢を塵に返してくれたのはもちろんありがたいし、それだけではない。

 こんな図体ばかりデカくて頭の悪そうな人柱はそうそういない。

 当たりどころが悪くて死んだ、となったら大きな損失だ。

 俺っちがホッと胸を撫で下ろした刹那。

 慌てた様子の叫び声とともに、広間の扉が勢いよく開け放たれた。

「大変です大変ですッ‼︎」

 現れたのは側近を除いて魔王城で働く唯一の召使いの少女。

 ドス黒い血痕が彼女の通って来た軌跡を描いており、その腕には────。

「剣豪ソルドメスター様が、どこからか飛んできた矢に撃たれて死亡しました! ちょうどいま大魔法使いスペルロード様からご遺体を受け渡されたところです‼︎」

 ────。

 ……当たりどころが悪かったやついたぁぁあああッッッ⁉︎

 額のど真ん中。

 矢が突き刺さって白目を剥くソルドメスター。

 力なく四肢を投げ出す彼を引きずって来た召使いの少女が慌てふためくが、それは俺っちも同じことだった。

「とりあえず矢を引き抜くべきじゃ……って、なんで矢がこんな短く折れてるの⁉︎」

 矢尻から数センチだけ残して折れたシャフトを見て、側近が絶望する。

「抜こうと頑張ったらポッキリ折れちゃって……」

 たいそう申し訳なさそうに、

 召使いの少女が折れた残りを差し出す。

「そうかそれは仕方ないな本当に残念だうん!」

 俺っちは召集令つきの矢を引ったくるなり叫ぶ。

 本日のまとめ。

 中古の矢は使用するべからず。

 次また徴兵する時は、白羽の矢の代わりに伝書コカトリスを放つとしよう……って、そういやヒト族に全滅させられてたんだった。

 どうするよマジで。

 まぁヒト族みんな滅ぼしちゃえば『次の機会』を心配する必要はなくなるな、うん。

 俺っちは適当な自己解決を果たして気持ちを切り替えると、今は亡き剣豪ソルドメスターに駆け寄った人柱なかまたちに語りかけた。

「みんなこれで改めて分かっただろう。いかにヒト族が残酷非道か!」

 真実を知った者たちに暴動を起こされても面倒なので、ここはヒト族に罪を着せつつ、人柱なかまたちの士気をあげる。

 あれ? なんだかズキズキと胸の辺りが苦しい。

 これってもしかして……良心?

「遠慮はいらない! ヒト族を滅ぼすことをこの胸に誓い、いざ出陣だ!」

 歓声とともに、人柱なかまたちが広間を出ていった。

 隻眼の巨人──いや、サイクロプスと呼ぼう。そうさ、あいつはもともと一つ目だったんだ。そういうことにしよう──は床が抜けるのではと心配になるほどに足を踏み鳴らしながら。

 ゴブリンキングは、その骨ばったガタガタの身体に支えろというのは酷だろうという出っ腹を揺らしながら。

 長身のゴリラはドラミングをしながらヒト族の里を目指して駆けていく。

 俺っちは後を追おうとするも、ふと足を止めた。

「そういやスペルロードに会ったんだよね? あいつは帰ったの?」

 召使いの少女に尋ねると、彼女はそういえばと思い出すように視線を宙へと向ける。

「なにか面倒なお誘いがあったそうで。断るためにこれから一筆書かなければならないとご帰宅されましたよ」

 …………。

 あいつ来ねえのかよッ‼︎

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