第7話

「ふんぬッッッ‼︎‼︎‼︎」

 ギリギリまで収縮させたバネが爆ぜるような勢いで、アナーキーの巨体がこちらへ向かって発射される。

 ギリギリで避けるが、オムツ履きの狙いは他にあった。

 さきほど投げた戦斧の片割れの回収。

 それが済むと、今度は巨大な斧の二刀流で向かってくる。

 交互に振り下ろし、次は両方を使って水平方向の攻撃。

 バックステップで距離を取る俺っちに対しては、両腕を目一杯広げてコマのように回り、リーチを拡大させることで対応してきた。

 さすが一般兵とは違う。

 強いし戦い慣れしているようだ。

「ゾンビのクソガキが魔王様って言ってたな? てことはお前が魔族の親玉ってことか! ってことは……、」

 空へと持ちあげられた二本の片刃斧。

 アナーキーが邪悪な笑みを浮かべた。

「俺様は悪を穿つ、正義のヒーローだ!」

 重力と怪物級の腕力によって振り下ろされた重たい斬撃。

「ド畜生め……ッ‼︎」

 ありったけの魔力を王権象徴物レガリアの手袋に込める。

 バギャァアアアッッ‼︎‼︎‼︎ と、金属同士がぶつかり合うような劈く轟音が響き渡った。

 拮抗する力。

 均衡は徐々に崩れ始め、ジリジリと戦斧の刃が優勢になる。

「アヒャヒャヒャヒャッ‼︎」

 高笑いをしながら、アナーキーがさらに力を加える。

「死ねぇ死ねぇえ死んじまえぇぇえええッ‼︎」

 なんてことだ……。

 俺っちは表情を歪めて、臭そうな口を全開にする赤オムツに視線を向けた。

「俺様の勝ち! 俺様の勝ちィッ‼︎」

 こいつ……。

「ひゃっはぁぁああああああッ‼︎ 俺様の勝────」

「無駄口ばっかで肝心なセリフ吐かねえじゃねぇかぁぁあああッ‼︎」

 俺っちは悲痛な叫び声をあげながら、赤オムツの鳩尾に膝蹴りをぶっ込んでやった。

 衝撃がアナーキーの身体の向こうへと突き抜けていき、タイミングずれて戦斧使いの巨体が空高くぶち上げられる。

「まったくよぉ……悪役なんだから脅迫の一言二言くらい言ったらどうなんだ。そしたら『俺っちの同胞を傷つけさせはしない!』って覚醒、からの逆転勝利を演出できたのに……ッ!」

 俺っちは手のひらに魔力を集め、エネルギー弾を形成した。

 それを花火のように空高く昇るアナーキーに向けたところで気づく。

「ああそうか、一般的にはこっちが悪役だったわ」

 膨大な魔力弾。

 射出しようとしたその時。

「ここはオイラに任せてください!」

 叫んだのは、四肢を失ったはずのアンデッドキッドだ。

 どういうわけか身体を再生させた彼は、空へ向けて力一杯に弓を引いていた。

「爆ぜ散らかしてぶち死に晒せ母性愛者マザーファッカーッ‼︎」

 放たれた一本の矢。

 先端に取り付けられた火薬の塊と、火のついた導火線。

 ぶっ飛ばされたアナーキーを超えるスピードで空を引き裂いたそれは、赤オムツ野郎のケツ穴にブッ刺さり、

 そして。

 ドッゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎‼︎‼︎

 身体中を炎のような赤い筋が無数に走り抜けた『セいなる戦斧あックスの使い手』は、空中で爆散した。

 はしゃぐアンデッドキッドが空へ向けて叫ぶ。

「やったぜ! ホール・イン・ワンだッ‼︎」

 なんというか……

 上手いより汚ないが勝つな、うん。

 俺っちが一歩ずれて木陰へ入った次の瞬間。

 血液と肉塊のシャワーが辺り一面に降り注いだ。

「見たか! ざまあみやがべえべべべ」

 早く口を閉じろよアンデッドキッド‼︎

 あーあ、もう全部入っちゃってるよ。

 満足するまで喜び疲れたのか、血に塗れて初めてゾンビっぽくなったアンデッドキッドが嬉しそうにこちらへと走ってきた。

「見てましたか魔王様! どうです? オイラ渾身の一撃は!」

「すごかったよ、うん。すごい汚かった。もうトラウマになりそう」

 そんなことより。

「てかお前、どうやったの? その身体」

 長さの異なる二本の腕。

 破れ方や血のつき方が違うのはいいとして、破れた裾から覗くすね毛の濃さがそれぞれ違う二本の脚。

 どれも筋骨隆々で、アンデッドキッドのもとの四肢とは明らかに違う。

 てかその布切れ、軍服だよね?

「四肢が捥げて動けずにいたら、近くに転がってたんです。たくさんの兵士の残骸パーツが。それで無我夢中になって傷口に嵌め込んでみたら、いい感じに合って」

「うん、やっぱすごいわお前」

「マジすか!」

 うん、すごい。

 すごいキモい。

 頼むから夢オチであってくれ、起きたら全部忘れるから。

「それで、これからどうします?」

「そうだなぁ」

 アンデッドキッドが口から吐き出した頭皮らしき毛の生えた肉塊をなるべく見ないようにしながら、俺っちはしばし思考を巡らせた。

 アナーキーがヒト族のなかでどれくらいの強さを誇るのか知らないが、戦ってみた感じそこまで強いと言う印象は受けない。

 しかし。

 俺っちは頬の血を拭い、紫色の染みができた袖口に目を落とす。

 初めてヒト族に傷をつけられた。

 それに油断していたとはいえ、目の前でアンデッドキッドが殺されている。これがアンデッドキッドだからよかったものの、せっかく助け出したお姫様に同じことが起きたら大問題だ。

 もう少し人柱なかまを募ってもいいかもしれない。

 囮は多いに越したことはないだろう。

「矢のストックってあとどれくらいある?」

「新品のはもうないっすけど、五本くらいならそこら辺に転がってる兵士から状態のいいやつが回収できると思うっす!」

「それなら、その五本に『魔王城へ来い』っていう旨を記した紙を添えて魔族の里に飛ばしてくれ」

「白羽の矢を立てるわけっすね」

 矢尻が死んだ兵士の体内に残らないよう、丁寧に引っこ抜きながらアンデッドキッドが言う。

「適当に飛ばせばいいっすか?」

「三本はランダムでいい。残りの二本は魔族一の剣豪ソルドメスターと、大魔法使いスペルロードへ向けて放ってくれ」

「了解っす! 紙の代わりに軍服の切れ端を使うとして、ペンとインクはどうしよう……」

 矢を収納していた鞄に代わりになるようなものがないのを確認したゾンビの少年は、確かめるために引っ張り出した兵士の残骸パーツに目をやったところでなにかを思いつく。

「そうだ! こいつの指で書こう!」

 うん、知ってた。

 知ってたから、名案でしょう? みたいな顔してこっち見んな。

「オイラ字下手だからなぁ。手書き読めるといいけど」

 なんか『手書き』が違う意味にしか聞こえないのだが、ここはあまり突っ込まないでおこう。

「そんじゃ飛ばしますかね、白羽の矢!」

 人集めのはずが人除けにしかならなそうな禍々しい血文字の文章を書き終え、アンデッドキッドは近くの大木を素早くよじ登っていった。

 頂上から標的を探すつもりなのか。

 さすが、弓の名手エルフの血を引くだけあって目がいい模様。

 彼はランダムに人柱を選ぶ三本を先に飛ばし、続いて指定した豪傑二人へ向けた残りの二本を放った。

「完璧だ。そしたら俺っちたちも魔王城に……」

 言いかけて、俺っちは黙り込む。

 原因は大木からスルスルと降りてきたアンデッドキッドの荷物。何本か指が欠損していたり軍用靴を履いていたり。兵士の残骸パーツが飛び出した血みどろの矢筒を見て、気が変わる。

「ゾンビボーイ」

「うっす、魔王様!」

「お前はここで留守番だ」

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