第5話

 遠征用のお弁当ができあがるのを待っている間、俺っちは側近の言っていた南東の墓地へ行ってみることにした。

 そもそもヒト族が魔族の墓地になんの用があるのか。

 だいたいは死者とともに埋葬された金品が狙いだ。

 彼らは墓荒らしの過程で眠っていたアンデッドたちを起こしては、ゾンビは動きこそ遅いものの怪力の持ち主で大群で襲ってくるから危険だとか、脳の中心にある核を破壊すれば死ぬだとか言って、物欲のために大量虐殺を行う。

 そんなケツ穴野郎アスホールどもには、ちょいとばかしキツめの制裁が必要だ。

 魔族の墓荒らしを見かけたら終身刑だが、ヒト族の場合は死刑ということにしている。

 難しく言うと治外法権。簡単にいえばマイルールってやつだ。

「ここらへんか」

 到着するなり、俺っちは墓地の異変に気づく。

 自動人形オートマタは⁇

 側近は防衛戦を展開していると言っていたはずだが、一体も見当たらない。

 薙ぎ倒された墓石、掘り起こされた棺。

 兵士たちが使用している軍用靴の足跡。

 戦闘の痕跡は残っているのに、辺りにはなぜか人っ子一人いない。

 そこで。

 ドンドンッ! ドンッ‼︎ バァーンッ‼︎

 と、森のどこからか銃声が聞こえてきた。

 鉛玉に屈した木々がその樹皮を弾けさせる乾いた音。

 状況確認と指示をこなす兵士たちの叫び声。

 音源を頼りに向かった先で、俺っちは一方向へと飛んでいく弾幕と、それらに逆行する断続的な矢の攻撃を見た。

 木陰や岩陰を遮蔽物として装填と発砲を繰り返す兵士たちのそばには、ひしゃげ、風穴を開けられ、バラバラに破壊された自動人形オートマタが転がっている。

「四時の方から未確認の魔族が接近中!」

「陣形変更! 第一部隊は────」

「まぁまぁ焦らないで」

 十数の銃口を向けられた俺っちは、降参の意を示すかのように両手をあげて兵士たちを静止させる。

「君たちあんましアドリブ得意じゃなさそうだし、代わりに俺っちが指示を出してあげるよ」

 こいつなに言ってんだ? みたいな顔をした兵士たちが眉を顰めてお互いの顔を見合わせる。

「よーし、みんな聞いてるみたいだね。そんじゃ、」

 直後。

 俺っちは挙げていた両手を、手のひらを上へ向けて胸の前でクロスした。

「全部隊……、くたばれ」

 魔力を込められて縫い目に沿って紫色に発光する手袋。

 半円を描くような手の動きに合わせて、にんまりと笑う三日月のような『断裂』が生み出される。

「撃──────」

 咄嗟の判断ができるリーダーがいたようで、兵士たちに一斉射撃の指示を出そうとするが、残念ながらちょいとばかり遅い。

 俺っちはそんなに優しくないからね。

 一人たりとも引き金を引く暇を与えはしないよーん。

 刹那。

 発射された三日月型の『断裂』は斬撃となって、全兵士ひとり残らず断頭した。

 血の噴水に押し出されてどこかへ飛んでいく首もあれば、斜めに入刀されて一部分がずるりと滑り落ちるものもある。

 脳みその断面なんて気持ち悪くて見たくないので視線をずらすと、首ではなく胸の辺りで切断された身体のひとつが、深々としすぎて元に戻らないお辞儀をしていた。

 って、あぁーもう! ド畜生ブルシット‼︎

 ばっちり見ちまったじゃねぇか気持ち悪い‼︎

 クソ墓荒らしども、なんで前のめりに倒れんだよ、中身がこんにちはしてるだろうがクソ気色悪いッ‼︎

「絶対今日夢に出てくるってもう最悪だよ……」

 なんて悪態を吐きながら、俺っちは兵士たちが発砲していた先の木に視線を投げた。

「弓上手いね? 出てきてよ、俺っちは敵じゃない」

 少し間があって、ガサガサと揺れる枝葉から人影が姿を現した。

 華麗に着地。

 かと思いきや顔からダイブして。

「うっす! アンデッドキッドっす! 魔王様っすよね? 魔王レガリオ様! うわぁマジで会えて光栄の至りっつーか悟りっつーか」

 面倒なやつに声をかけちまったと一瞬後悔。

 けどアンデッドか。

 繰り返し盾にできる不死の人柱なかまはありがたいかもしれない。

 ここでちょっと疑問が生じる。

「ゾンビにしては血色よくね? お前」

「いいとこ気づいちゃうっすねえ。いい魔王城築いちゃうだけあるなマジで。ハーフなんすよオイラ」

「アンデッドとエルフの?」

 長くはないが先の少し尖った耳と、弓の腕から推測してみる。

 ちなみに魔王城は代々受け継がれる物なので、俺っちは建築に携わってないし、もっといえば改築にも携わっていない。箸より重いものは極力持ちたくないんでね!

「当たりっす! 魔王様マジぱねえ! まじリスペクトっす!」

 ダメだこいつ。

 うざすぎて、敵に殺される前に俺っちが殺っちまいそうだ。

 いや、愛着の湧きようがないから逆に仲間ひとばしらにはもってこいか?

「にしてもマジで助かったっす! いやもう殺されちまうんじゃないかと心配で心配で」

「死ぬなんて日常茶飯事じゃないの、ゾンビって」

「いやぁ普通のゾンビならそうかもっすけど、」

 アンデッドキッドは頭を掻きながら言った。

「オイラ死んだことないから分かんないんすよね、ちゃんとアンデッドなのか」

「ハーフだからか」

「というかオイラが作られた時、父さんは既に死んで不死性を失ってたんで」

「どゆこと⁇」

「あ、えーっとっすね。なんかエルフの母さんには屍体性愛ネクロフィリアがあったらしくて、そんで核を撃ち抜かれて死んだ父さんと────」

「あ、それ以上はいいや。実はそこの臓物ギャラリーで既にお腹いっぱいなんだよね」

 複雑な家庭事情をお持ちのようだ。

 できれば二度と口に出さず、そのまま墓場まで持っていってほしい。

 え、ここが墓場だろって? 黙れ。

「実は俺っち、これからヒト族のお姫様を拐いに行くお供に自動人形オートマタを連れてこうとしてたんだけど……代わりに来ない? 見ての通り、こいつらはもう使いものにならないし、お前弓上手いし」

「いいんすか⁉︎ オイラなんかがついてって!」

「もちろん」

 生贄探すの面倒だしな。

 そんな俺っちの心中は露知らず、

 アンデッドキッドは弓を振り回しながら嬉しそうに飛び回った。

「背中はオイラに任せてください! 遠距離攻撃には自信があるっす。うっかり死んで甦らなかったらと思ったら怖くて、ずっと弓の練習してたんで!」

「決まりだな。そんじゃ一旦魔王城に戻ろう。側近が弁当作ってくれてるから」

「えーいいな! オイラの分も作ってもらえばびばびべべべべ」

 なんだこいつ。

 急激に脳みその腐食が進ん────

 ドサッ‼︎

 鈍い音だった。

 一切の受け身を取らず前のめりに倒れ込む人影。

 着地とともに分解される身体。

 胴体、片腕、両脚をまとめて切り離してしまうほどの巨大かつ重量感のある戦斧が、地面に突き刺さっていた。

 あ、こいつ────

 俺っちはアンデッドキッド(過去形)へ向けて十字を切った。

 ────アンデッドじゃなかったのか……。

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