第4話

 翌朝、俺っちの一日は普段より早くスタートを切った。

 自然と目が覚めるまで眠り、起きたあとも朝露の匂いを胸いっぱいに吸い込んでから贅沢な二度寝を堪能。最後はいい加減起きろと、日が傾き始めた頃に側近のサキュバスに叩き起こされるのが通例なのだが、今回ばかりはそうもいかない。

 カーテンを開けっぱなしにした窓から燦々と差し込む日の光。

 浴びた俺っちは、ばっちりと目を覚ました。

「うっしゃ、支度始めますかね!」

 一度に寝巻きとベッドの両方から抜け出し、久々の鎖帷子に袖を通す。

「えーっとぉ、剣とか鎧とかどこやったっけ……?」

 箪笥や押し入れ、床下や天井裏の収納スペース。

 引っ掻きまわすもまるで見当たらない。

 仕方がないので、魔王城のことならほとんどなんでも知っている側近に聞いてみようと厨房や大広間、中庭を回ってみたがどこにもいなかった。

 あいつ……まだ寝てやがるな。

 昨晩、お姫様を助ける覚悟を宣誓したのち、なんだか顔色の悪い側近に体調を聞いたら謎のグーパンを食らったので、機嫌が治ったか分からないうちはあまり近づきたくないのだが……。

 そんなことも言ってられない。

 仕方なく側近の寝室へ行ってみると、案の定、だらしなく四肢を投げ出して大の字を描くサキュバスが涎を垂らしてベッドの上に横たわっていた。

「おい側近!」

「……ん、うーん……レガリオ様ぁ……?」

「起きろ側近、魔王グッズがない。探すの手伝ってくれ」

 二日酔いで頭が痛いのか、側近は迷惑そうに眉間に皺を寄せて寝返りを打った。

 そのまま毛布を頭まで被り、くぐもった声で返答する。

「前に秘密基地だって言ってあちこちに作った根城があったでしょう?」

「そうだった! 一箇所につき一個、大事な装備品とかお守りを隠しておいたんだ。ありがと、今から取ってくるわ」

「意味ないですよぉ……、今更行ったって」

 そんな彼女の言葉が、ワクワク気分で寝室を飛び出して行こうとする俺っちの襟首を掴んで引き戻す。

「意味ないってなんでよ? おい側近、はっきり答えろ!」

 慌て気味で彼女のもとへ戻り、毛布を引っぺがす。

 そこで俺っちは気づいた。

 この飲んだくれ……、昨日濡れた服脱ぐだけ脱いで着替えなかったんか。だらしないったらありゃしない。

 投げつけるように毛布を掛け直しつつ、視界に飛び込んできた目の毒を記憶から払拭する。

「お城を侵略してくる兵士以外のヒト族に対して、魔王様が無頓着すぎるのがいけないんですよぉ」

 むにゃむにゃと眠たそうに彼女は続ける。

「学者だとか開拓者だとかいうヒト族たちが、古代遺跡だって言ってレガリオ様の作った秘密基地を荒らしに荒らしていったんですよ。たぶん一個も残ってませんよ、魔王グッズ」

「冗談だろ⁉︎ 剣とか鎧とか、魔法杖に魔導書も盗られてるわけ?」

「ええ。王冠に王笏、指輪や耳飾り、魔外套とかもないです」

「せめて御守りは残ってるよな? 印璽とか魔鏡とか。あと扇子、旗、魔杯、それに宝珠もあったろ?」

「全部盗られてますってぇ、いいから寝かせてくださいよぉ」

「……、」

 ──────殺す‼︎

 ノックもせず勝手にお邪魔しますしたかと思ったら、人の大事なもの全部持って行っただ? なめとんのか。

 俺っちがイライラしながら出て行こうとすると、「あ、そういえば」と枕と布団のごちゃごちゃのなかから、ベッドの横に備えつけられたサイドテーブルへと長い腕が伸びた。

 ススーッと木材の擦れる音がしたのち、開いた引き出しから側近が黒紫のなにかが取り出される。

「なにそれ?」

「唯一残ってる王権象徴物レガリア。魔力が編み込まれた手袋です」

「なんでお前が持ってんだよ」

「こんなにフィットする手袋は他にないんですよ。速乾吸収だから水仕事にも使えるし」

「こいつめっちゃ普段使いしてやがる」

 金属ギラギラのフル装備で遠征するつもりだったのに、あるのは毎日皿洗いに使っている手袋一組みのみ。

 装備として心許ないし、なにより調子が狂う。

 冗談きついぜまったく。

「てか、お前はついてきてくれないの?」

 渡すもん渡して夢の世界へ戻ろうとしている側近に、俺っちは問いかける。

「なんで蟻ん子殺すのに遠出しなきゃならないのって話ですよ。そんな暇に見えます? あたし」

「『見える』以外の返事を期待してるなら、相当強かったんだな昨日の酒」

 むぅっと頬を膨らませる側近を無視して、俺っちは受け取った手袋を嵌め何度か拳を握ったり開いたりを繰り返した。

「それで、これからどうするんです?」

「最近ヒト族の技術力の進歩は凄まじいからな。軍事力が未知数なうえ、こっちは手袋以外にまともな装備がないときてる。不安要素はなるべく取り除きたいから、今から人柱なかまを集めるつもりだよ」

仲間ひとばしらをですか」

 なんで通じてるのこの人怖い。

「戦闘員なら南東の墓地へ行ってみるといいかもしれません。ちょうど今侵入者がいるのか、迎撃用の罠『自動人形オートマタ』が作動しているので」

「加勢してやるか。何体連れてっていいの?」

「好きなだけいいですよ。替えはまだありますし」

「さすがは側近! ついでにお弁当まで作ってくれるって?」

「ええ……、は?」

「ありがとー! いやぁ持つべきは勤勉な側近だね」

「だるいってこいつ……」

 ブツブツと悪態を吐きながらも、側近のサキュバスは身体に毛布を巻いたままベッドを出て厨房へと向かった。

「ねぇねぇキャラ弁作れる? キャラ弁」

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