終焉

 ディカイオの亡骸を探ってみると、牢屋の鍵を見つけることができた。枷の鍵もあった。

 それを使って、アレスはプシュケを自由にしてあげた。


「アレスぅぅぅぅ!」

 プシュケはアレスに勢いよく抱き着くと、静かに涙を流した。

 

 アレスはそんな彼女を愛おしそうに抱きよせた。あなたが無事で、本当に良かった……。


「プシュケちゃん」

 ニケが右足を引きずりながら、二人のそばにやってきた。


「ニケ……!」

 プシュケは、ぼろぼろのニケを見て愕然とした。

「大丈夫かよ……。ぼろぼろじゃねぇかよぅ……」


「へーきへーき。でもちょっと休むわ。さすがに疲れた。よっこらしょ」


 ニケは右足をかばいながら、慎重に地面に腰を下ろした。

 

 アレスとプシュケも、ニケのそばに腰を下ろした。


 しばし三人は沈黙の中にいた。自らの行いを内省し、現実と向き合い、そして受け入れるための時間だった。


「プシュケちゃん。アレスくん」

 ニケはかしこまった表情で、沈黙を追い払う。

「このたびは、本当に申し訳なかった。お父様の暴走は、僕の責任でもある」


「違うぜ」

 プシュケはかぶりを振る。

「ニケだって被害者だ。謝る必要なんてちっともないぜ。命が無事でさ、本当によかったよ、ほんとさ」


「そうですよ、ニケさん。あなたはよくがんばりました。つらい結果になってしまったけど、どうか、絶望しないでくださいね……」


「うん。ありがとうね」


 ニケは目を細めて微笑むも、口元は小刻みに震えていた。

 彼女が大好きだった父親は、もういないのだ。ついさっき、その一生を終えたのだ。


 ニケは湿っぽい空気を吹き飛ばすかのように、無駄に元気に「それにしてもさあ!」と言った。


「あんな切り札があるなら最初に教えてよ! おかげで、グールを逃がすなんてバクチをしちゃったじゃん!」

 ニケは一本の鍵を手で弄びながら言った。

「足だって怪我せずに済んだのに」


「もしかしてニケさん、ディカイオさんと揉み合っていたとき、さりげなく鍵をすっていたのですか?」


「まあね」

 ニケはぺろりと舌を出した。

「プシュケちゃんの牢屋の鍵を盗むつもりだったんだけど、結果的に取れたのは別の鍵だったんよ」


 別の鍵。グールを閉じ込めていた牢屋の鍵だ。おかげで、アレスは命拾いした。


「あの力は、俺自身もよく分からないんです。プシュケが呪文みたいなものを呟いたら、急にすごい力が湧き上がってきて……」


「たぶん、〈憑依融合ユニオン〉だね」とニケは言った。


「〈憑依融合ユニオン〉、ですか?」


「魂に刻まれた記憶を呼び覚まして、ご先祖様の力を借りる奥義だよ」


 たしかにさっき、アレスの精神は、とある女性の精神と一体化していた。そしてその女性を、アレスは夢で見たことがある気がする。彼女の温もりと冷ややかさを、知っている気がする。


「〈先祖返りリフレイン〉のおかげでさ、思い出したんだよ、あたし」

 プシュケは言った。

「光明騎士団の魂は、特定の合言葉で真の力を発揮するってことをさ」


 プシュケ曰く、〈イリニア朝〉の王族たちは、光明騎士団の騎士たちを一種のマインドコントロール下に置いていたそうだ。合言葉で覚醒し、一騎当千の悪魔に変貌するようにと。


「そういえば……」


 アレスは、ふと思い出す。

 シャリテの旅団が襲撃された後、アレスとプシュケは荒野でグールの群れに襲われた。絶望的な状況の中、瀕死のプシュケがぶつぶつと何かを呟いていた。あれも、おそらく、その合言葉ってやつだったのだ。だからこそアレスは、グールの群れを返り討ちにできたのだ。


「今回のは戦闘力を強化する合言葉だったけどさ、ほかにも多種多様な力を引き出す合言葉があるっぽいぜ」


「マジですか。どんなのがあるのでしょう?」


「それはまだ思い出せねぇんだ」


「そうですか」


「〈先祖返りリフレイン〉は結果として、あたしの魂の記憶の扉を開けてくれた。その扉は、薬が抜けきった今も閉じられてないっぽい。この先、また新しい合言葉を思い出すかもしんねぇな」


「期待して待っています」


「言い忘れてたけどさ、〈憑依融合ユニオン〉は恐ろしく体力を消耗するんだ。体は大丈夫か?」


 言われてみると、とんでもなく疲れているのに気づく。立ち上がるのすら億劫だ。


「なにはともあれ」

 ニケは、よろよろと立ち上がる。

「地上に帰って、ゆっくり休もう」

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