次の世代

 薬が抜けてきて、プシュケは正気を取り戻しつつあった。

 身体の感覚が戻ってきて、自分の置かれた状況を冷静に分析できるようになってきた。凶悪な薬がディカイオによって使用されたことも、それによって魂に刻まれた先祖の記憶が喚起されたことも分かった。そして、ディカイオが所望する情報は思い出せなかったようだということも……。

 

 ご先祖様の記憶を蘇らすことは、プシュケ自身が望んだことだった。彼女は日々、アレスが夢を通じて次々とご先祖様の記憶を呼び覚ますのを、心から羨ましく思っていた。ご先祖様の記憶を見て、当時のことを少しでも知りたかった。好奇心を抑えることができなかった。だからこそディカイオに会いに行った。ご先祖様の記憶を蘇らせてもらうために。

 

 しかし〈先祖返りリフレイン〉という悪名高い薬を用いることは知らされていなかったし、予想だにしなかった。

 プシュケが拒否を表明すると、彼女は憲兵たちに無理やり拘束された。

 

 まったく、ひどい目に遭った……。どこかの国に「好奇心は猫をも殺す」ということわざがあったなと、プシュケはぼんやり思った。

 

 とはいえ、ある意味では、ディカイオに感謝するべきなのだろう。彼のおかげで、一部ではあるけれど、ご先祖様の記憶を蘇らすことができたのだから。

 

 そしてなにより大きな収穫は、最愛の両親を殺した犯人の正体を思い出せたことだ。

 

 アレス……。

 プシュケはぎゅっと目をつむり、深呼吸をくり返し、心の中で蠢く複雑怪奇な感情を一時的に封じ込めた。

 

 いま考えるべきは、どうやって助かるかだ。きっとディカイオは、また〈先祖返り〉を使用するだろう。〈先祖返りリフレイン〉は、二度目の投与では100%の確率で廃人になる。


 二度目が投与される前に、どうにかして逃げ出さないと……。でも、まだ体を自由に動かすことができない。〈先祖返りリフレイン〉がまだ完全には抜けきっていないのだ。


 果たしてアレスは、ミサンガに気づくだろうか? 拘束される直前、咄嗟に外してデスクの下に蹴り込んだ、あのミサンガに――。


 ぎぃ……。扉の開く音がした。プシュケの体に緊張が走る。


「ディカイオ……」


「おはよう、プシュケちゃん。もう自由に話せるまで薬が抜けたのだね。さすがに、まだ歩くのは無理だろうけど」


「あたしは、エクスマキナとやらの動かし方を思い出すことができなかった……。あたしに、もう一度〈先祖返りリフレイン〉を投与するのか?」


「ああ、そうだよ。薬が抜けきるまではまだ時間がかかるから、今すぐではないけどね」


「二度目だって、あたしは思い出せねぇかもしれないぜ? そうなったら、お前の目論見は失敗だ。もう永久に、エクスマキナの動かし方を知れなくなる」


「問題ないよ。プシュケちゃんが廃人になって喋れなくなってしまっても、エクスマキナの動かし方を聞き出す手段はある」


「何言ってんだ? あたしの他にもう一人、イリニアの血族を見つけるとでもいうのか?」


「いいや。奇跡は二度は起こらない。プシュケちゃんの存在を知ったのは偶然だった。奇跡だった。私は大金を積んで、プシュケちゃんを手に入れるために手を回した。でもいろいろトラブルがあって、計画通りにはいかなかった」


 いったい何を言っている……? 大金? 手を回した? 計画? プシュケは最初から、ディカイオの手に渡ることが宿命づけられていたとでもいうのか?


「でも結局はこうして、私の手に収まった。これはめぐり合わせだ。神のご意志だ」


「ははっ、ろくでもない神もいたもんだぜ……」


「もし仮に、プシュケちゃんが二度目のトリップで思い出すのに失敗した場合」

 ディカイオは口元に不気味な笑みを浮かべる。

「エクスマキナの動かし方を思い出すという大仕事は、次の世代に任せようと私は考えている」


 次の、世代……?


「プシュケちゃん。君の子供たちに任せる、という意味だよ」


「……!」


 意味を悟った瞬間、プシュケの全身に鳥肌が広がった。

 

 ディカイオは、ベッドの上で怯えるプシュケを見下ろして、無邪気な笑みを浮かべる。


「プシュケちゃんには、元気な赤ちゃんをたくさん産んでもらおう」

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