アレスの夜明け

 アレスは、うつ伏せで倒れるシャリテのそばにしゃがみ込んだ。そして、横を向いた彼女の顔を〈太陽の剣〉の明かりで照らした。


「ごめんなさいシャリテさん。小細工なしでは、あなたには勝てない。あなたは強いから」


「……」


 シャリテの虚ろな右目がぎょろりと動き、アレスを見上げた。


「俺は、あなたが死んだ後も、あなたを許さない。俺をさんざん利用したあなたを憎みながら生きていきます。あなたを殺した今夜を思い出して、この憎しみを思い出し続けてやります」


「……」


「俺はあなたを斬ったことを後悔していません。ざまぁ見ろと思っています」


「……」


「でも、どうして」

 アレスは嗚咽を漏らす。

「どうして、涙が止まらないのでしょうか……」


 シャリテと過ごした日々が、脳裏にフラッシュバックする。戦いの時は鬼のようなシャリテも、ふだんは穏やかで優しい女性だった。アレスは彼女のことを、本当の母親のように思っていた。だけど、その温かい愛慕も、結局はシャリテの洗脳によって作り出された幻想だったのだ。そのことを、今夜アレスは知った。


 知ったけど、それでも、アレスは、今まさに母親を失おうとするかのような悲しみが湧き上がってくるのを抑えられなかった。


 シャリテは、右目を閉じると、鼻からゆっくりと息を吐き出した。


「……お前は、勝った。賢くなったわね、アレス。自由に、生きな、さい」

 

 その言葉を最後に、シャリテはぴくりとも動かなくなった。

 

 アレスは俯いて、押し殺すように静かに泣いた。



 アレスは、シャリテの遺体を廃屋の外に運ぶと、砂利道に仰向けに寝かせ、両手を胸の上で組ませた。


 それから隠れ家に走り、二つの小包を回収すると、遺体のもとへとんぼ返りした。


「青が決行で、赤が延期……でしたよね」


 アレスは青い小包を放り捨て、手元に残った赤い小包をシャリテの遺体の上に置いた。


 ちょうど、〈平和の壁〉の縁から、黄金色の陽光が差し込んできた。夜明けだ。アレスの新しい一日が始まる。アレスの新しい人生が始まる。


「……」


 アレスは〈太陽の剣〉の切っ先をシャリテのマントに触れさせた。じわりと火がつく。火はすぐに燃え広がり、小包にも引火する。


 シャリテの遺体から血のように真っ赤な狼煙が上がり、夜明けの空にゆっくりと吸い込まれていった。

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