暗殺者

 アレスたちはヘルメスと別れて、廃植物館を後にした。そして馬車で城へ戻り、広場で降ろしてもらった。


 ディカイオは片づけなくてはいけない仕事が山積みのようで、別れの挨拶を残してそそくさと城の中へ消えていった。


「そういえば、お父様の命令で、今日からしばらく二人に護衛をつけることになったんよ」

 ニケはアレスとプシュケに向かって申し訳なさそうに言った。


「護衛、ですか?」

 アレスは目を丸くする。

「どうしてでしょう?」


「さあ。僕も理由は分からないんよ。なんで今更って感じだよね」


「もしかして護衛というのは、あの方たちですか?」


 アレスは、広場の向こうを見て言った。視線の先には、二頭の馬と、それに寄りかかってパイプを吹かす二人の憲兵が立っていた。彼らは明らかに、アレスたちを監視している。


「ちょっと落ち着きませんが、了解しました」


「ありがとう。お詫びに、二人にコレあげるよ」

 

 ニケは腰から小さな布袋を取り外し、それを差し出した。

 プシュケが代表して受け取り、布袋の中身を検めた。


「銀貨だ!」


「どこかでおやつでも買って食べて」


 アレスとプシュケは礼を言って、ニケと別れて宿屋に向かって歩き出した。


 馬に乗った憲兵が二人、後ろをのろのろとついてくる。うーん、やっぱり落ち着かない。


「なあ、アレス。今日はパトロールしてる憲兵がやけに多くね?」

 露店でパンを買っている最中、プシュケが周囲を見回しながら言った。


 それを聞いた店主のおじさんが、「聞いた話じゃあ、昨夜から密入国者が一人逃げ回ってるって話だよ。そいつを捕まえるために、憲兵が駆り出されてるんじゃないかねえ」と教えてくれた。

「あんたらも、不審者には気をつけなよ。あい、これお釣りね。まいどあり」


 アレスとプシュケは、パンを齧りながら散歩をした。


「ディカイオさんが俺たちに護衛をつけたのは、その不審者のせいなのかもしれませんね」


「だろーな。あたしたちが襲われるのが心配なんだ、きっと」


「不埒な不審者など、俺の剣でちょちょいのちょいですよ」


「期待してるぞ、インテリ風バカ脳筋召使い!」


「腕がなまってきたのでそろそろ何か斬りたいですね。できれば小さくて生意気なものがいいですね……」


「ひぇ……。あ、アレス。あたしちょっと、あそこに行きたいぜ!」

 プシュケは、家々の向こうに見える丘を指さして言った。


「見るからに何もなさそうな場所ですが」


「なんもない方がいいんだよ。静かな所で少し考え事をしてぇの、あたしは」


 宿屋の部屋じゃダメなのかと思いながらも、アレスはプシュケと一緒に丘へ向かった。


 丘の斜面には、木が一本も生えていない。頂上にだけ、大きな木が一本生えている。


 護衛の憲兵は、丘の上まではついてこなかった。彼らは麓で馬から降り、マッチを擦ると、パイプに火をつけた。そしてうまそうに煙を吸いながらアレスとプシュケを遠巻きに眺めている。視界を遮るものが何もないので、麓からでも十分に見張りを行えるようだ。


 プシュケは、頂上の大きな木の根元に腰かけると、すぅと目を閉じた。


 アレスも彼女の隣に腰かけた。プシュケが考え事をしているのは明らかだったので、彼は黙って、ぼんやりと空を眺めた。鳥が二羽、視界を横切って行った……。


「……アレス。アレス、起きろ」


「……んん?」

 気が付くと、あたりは薄暗くなっていた。

「ああ、俺、眠ってしまっていたのですか。プシュケ、もう考え事とやらはいいのですか?」


「おうよ。考えはまとまった。帰ろうぜ」


 プシュケは立ち上がると、一人でそそくさと丘を下りて行ってしまう。

 

 アレスも立ち上がり、お尻を手で払うと、プシュケの後を追った。


「あれ? 護衛の憲兵さんはどこでしょう?」


 麓につくと、護衛の憲兵が消えているのに気づいた。


「ありゃあ、帰っちまったのか?」とプシュケ。


「馬を残したままですか? まさか」


 アレスの言うとおり、馬は残ったままだった。そばの小屋の、張り出した軒の柱に繋がれて、所在なげに佇んでいる。アレスは窓から小屋の中を覗いてみたが、無人だった。


「まあ、おしっこでもしてんだろ、そこらで」

 そう言ってプシュケはてぃひひと笑った。


「まさか、プシュケじゃあるまいし。誇り高き憲兵さんは、おしっこはトイレでします」


「じゃあうんこ!」


「とりあえず待ってみましょう。俺たちが勝手にいなくなってしまったら、きっと困るでしょうし。ディカイオさんに怒られてしまうかもしれません――!」


 アレスは目にも止まらぬ早業で鞘から剣を抜き、振り下ろした。


 がし! 剣が、何かを弾いた。


「小屋の後ろに隠れますよプシュケ!」

 

 アレスはプシュケの手を掴むと、小屋の陰に駆け込んだ。そして身を縮めて息を殺した。

 

 ザッ、ザッ、と足音が近づいてくる。


「いやはや、君は化け物ですか!」


 声がした。中性的ではあるが、おそらく男の声だ。


「不意を突いた完璧な狙撃を、君は防いでしまった! いやはや、小娘の脳を矢で串刺しにして、それで仕事は完了のはずだったのですが、いやはや、面倒なことになりましたねぇ。いや、むしろ面白いことになったと言うべきか」


 プシュケを殺す気だった……? いったい、奴は何者だ?


「そんなところに隠れてないで、出てきてくださいよ。正々堂々、剣で勝負しましょう」


 アレスは、プシュケに「ここに隠れていてください」と言いつけてから、小屋の物陰から道に飛び出した。そして〈太陽の剣〉の切っ先を、奴に向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る