5章「再会」

夢の女

 アレスは、今朝も夢を見ていた。例によって、女性に姿を変える夢だ。

 

 いま鏡に映っている女性の顔には、見覚えがある。いつ見た夢だかは思い出せないが、とにかく以前も夢で見たことがある顔だ。やはり夢の中で変身する女性の姿のバリエーションには限りがあり、それはローテーションしているようだ。

 

 鏡に映る背後の壁には、鞘に収まった剣が立てかけられている。それは〈太陽の剣〉にそっくりだ。

 

 女性の姿のアレスは、物憂げな表情で鏡の前で服を脱いだ。鏡に映る、さらけ出された胸元には、十字の刺青がしてある。……十字? いや、十字にしては少々曲線が滑らかすぎる。どちらかと言えば、星がピカリと輝く様子を象っているように見える。

 

 それから急に時間が消し飛び、場面は荘厳な玉座の間に移った。女性の姿のアレスは玉座の前にひざまずき、黄金のティアラをつけた女性から何やら指示を受けている。

 

 黄金のティアラの女性の目は、どこかプシュケに似ているように感じられた……。


 夢から目覚めると、記録の意味も兼ねて、アレスはプシュケに夢の内容を語り始めた。


「刺青?」


「はい。プシュケは知っているでしょうけど、ほら、俺の踵に」

 アレスはベッドに座ったまま、両手で自分の右足を持ち上げると、踵の裏を見せた。そこには、小さな刺青が彫ってある。

「俺の踵にあるのと同じ形の刺青が、女の人の胸元にもあったんですよ」


「むっ! そいつぁ、なかなか示唆に富んだ夢だな!」

 プシュケは興味深そうにアレスの踵を覗き込んだ。

「この刺青、アレスはどこで誰に彫ってもらったか覚えてないんだよな?」


「はい。物心ついた時には既に踵にありました」


 アレスの踵の入れ墨は、プシュケの背中の痣と似ている。そのことには以前から気づいていたけど、そこに意味合いを感じたことはとくになかった。


 アレスは続けて、玉座の間にいた女性のことも話した。


「黄金のティアラをつけた女が、あたしに似てたってことだな?」


「似ていたのはあくまで目だけです。その女性はプシュケと違って大人でしたし――」


 突然アレスの顔面に枕が直撃し、視界がブラックアウトする。

 枕が落下して視界が開けると、目を鋭くしたプシュケと二秒ぶりに再会した。


「だ~れが8歳児だ!? 余計なこと言うなボケ!」


 そんなこと一言も言っていない……。


「目があたしと似てる女がいて、それで?」


「ああ、えっと……」

 アレスは、投げつけられた枕をむにむにと弄びながら、急速に薄れゆく夢の記憶を手繰り寄せる。

「それで、えっと……。すみません、その後は忘れてしまいました」


「もぅ! ひねり出せ!」


「無理です。もう消えました」


 プシュケは押し黙っていた。すこぶる不機嫌そうだが、考え事をしている時の彼女はいつだって不機嫌そうに見える。やがて彼女は口を開いた。


「アレス。ヘルメスに会いに行くぞ」

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