現世の夢
ここは、どこだ?
アレスは、見知らぬ村にいた。
また例の夢か? 女性に変身する夢……。
しかし違った。アレスは、アレス自身のままだった。……なのだが、ちょっと妙だ。ずいぶんと目線が低いのだ。
それもそのはず。アレスは今、五歳か六歳の、幼児の体をしていた。
あたりは燃え盛っている。家が、商店が、教会が、森が、ぜんぶ、燃えている。逃げ惑う人々が殺されていく。剣で斬られ、矢で射られ、倒れていく。虐殺。
賊どもは、子供は殺さなかった。動けないように拘束し、連れ去っていった。
スカベンジャーどもの襲撃だ。
「アレス!」
誰かが叫んだ。女性の声だ。
「お母さん!」
アレスはそう叫び返していた。
駆け寄ってきた母はしかし、短い悲鳴をあげた後、どさっと地面に倒れ込んでしまった。
母の背後には、人影があった。そいつは剣を持っている。
あいつが、お母さんを斬り殺したんだ……!
「うわあああああああ!」
アレスは落ちている剣を拾い上げると、母の仇に斬りかかった――。
「――ああああああああああああ!」アレスは絶叫し、ベッドから転がり落ちた。
「うおおおおおおおなんだなんだ地震か雷か火事か盗賊か親父かぁ~!?」
プシュケが叫び起きて、素早くマッチで蝋燭に火をつけた。暗闇が部屋の隅へ退く。
カーテンが白んでいないところから察するに、おそらくまだ真夜中なのだろう。
「騒ぎの正体はアレスか!」
プシュケはぽんと手を打って納得すると、自分のベッドから降り、アレスのそばにやってきた。
「ほら、とりあえずベッドに戻れよ」
アレスは言われたとおりベッドの上に戻る。するとプシュケは手ぬぐいで顔を拭いてくれた。
「体びっしょりじゃん。夢の中で水浴びでもしてたのか」
「……すみません」
「悪い夢?」
「……はい」
「また女の人になる夢? ご先祖様の記憶かもしれない、あの……」
「いえ、違います。ただの夢です。夢の中の俺は、俺自身でした。体はずいぶんと幼かったけど、確かに俺自身でしたよ」
「そっか。どんな夢なん? 普通に知りたい」
アレスは、夢の光景をぽつぽつと話した。
「お母さん、か……。もしかしたらさ、それは本当にあったことなのかもしれないぜ?」
「え?」
「アレスは、あたしと同じで、幼少の記憶がほとんどないだろ? でもさ、あくまで思い出せないだけで、記憶は脳と魂に残ってるはずなんだ。ご先祖様の記憶だって思い出すことがあるんだから、アレスが現世で経験したことを夢に見てもおかしくないだろ?」
「そうですが、しかし、そうなると……」
「残酷な話だけど、アレスのお母さんは殺されてしまった可能性がある。んで、そのショックのせいで、アレスは記憶喪失の状態になっちまったのかもな」
「……」
「もちろんただの夢の可能性だってあるからさ、あんまり深刻に考えんなよ」
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、アレスは日が昇るまで起きていた。
そんな彼に付き合って、プシュケは朝まで話し相手になってくれた。
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