消失トリック
三人は頷き合った。
「外の道に、荷車の轍があったの! きっとソピアを荷車に乗せて運んだんだよ! 轍は南門のほうへ向かっているみたいだった」
アリシャが外を指さして言った。
「ここから一番近い門は、南門だもんな。そこから出るつもりと見て間違いなさそうだ」とプシュケは頷いた。「おし、南門へしゅっぱーつ!」
「プシュケ、ちょっと待ってください。さすがにニケさんたちに知らせたほうがいいです」
「珍しく一理ある発言だな」
プシュケは頷いて、アリシャに視線をやった。
「アリシャ、お願いできるか?」
「はい!」
アリシャは力強く頷くと、戸口を飛び出して行った。だけどすぐに戻ってきて、アレスの腰の鞘が空なのを確認してから、剣を差し出した。
「これ、お兄ちゃんの? 外に落ちてたけど」
蓄えていた太陽エネルギーを消費し尽くしてしまって、刀身は輝きを失ってすっかり冷たくなっているが、それは間違いなく〈太陽の剣〉だった。
「我が相棒! 無事でよかったです!」
アレスはアリシャから剣を受け取ると、礼を言った。そして鞘に剣を仕舞った。〈太陽の剣〉は鞘に仕舞った状態で一時間ほど太陽光を吸収すれば、また灼熱の剣として活躍することができる。
アリシャは今度こそ戸口を飛び出して城へ走って行った。アレスとプシュケも外に出た。
「グールマンめ、昨夜は不覚をとりましたが、今度こそ〈太陽の剣〉の錆にしてさしあげますよ」とアレスは決意を表明した。
アリシャが言っていたとおり、砂利道には荷車のものと思しき轍が南に向かって続いている。
その轍を辿っていくと人通りの多い十字路にぶつかった。そこでは様々な轍や足跡が交わり、特定の轍を辿るのはもはや不可能だった。
とはいえ、奴が南門を目指しているのは明白だ。
アレスとプシュケは走り続けた。ミネルウェンの地理情報は、すでにプシュケが頭に完璧に叩き込んでいた。そのため、迷わず南門へ到着することができた。
見るからに堅牢な、観音開きの巨大な鋼鉄扉。その前に、門番の任にあたる一人の憲兵が立っている。
「すみません」
アレスが憲兵に声をかけた。
「どうかしたかい?」
口ひげを生やした、柔和な顔つきの中年の憲兵は、優しく応えた。
「今日、この門を出て行った人はいませんか?」
門の通行が許可されるのは9時だと聞いている。今はまだ8時半だから、門を出て行った人間はいないはずだ。
案の定、憲兵は「一人もいないよ」と答えた。
「あと半時間で通れるようになるよ」
憲兵は広場の時計塔を一瞥して言った。
「昨日まではね」
「昨日までは、ですか……?」
「ああ。今日は安息日だろう? 安息日は、出国は原則として禁じられているんだ。出国許可証を受理する事務係がお休みだからね」
「原則ってことは、不可能ではないってことだよな?」
プシュケが尋ねた。
「そのとおりだよ。でもね、安息日に出国するためには、ディカイオ様直々の許可が必要なんだ。並大抵の事態では話を通すことはできないさ」
それはもう、不可能といって差し支えなさそうだ。
「南門以外も同じルールなのですか?」とアレス。
ミネルウェンには、東西南北に一つずつ、合計四つの門がある。
「そうとも。どの門からだろうが、安息日は原則として出国も入国も禁じられているんだ」
すると、グールマンが今日出国するのは不可能ではないか?
しかしアレスは、グールマンと思しき男が〈平和の壁〉の門から出ると言ったのを確かに聞いた。
「アレスくん! プシュケちゃん!」
突然、誰かに呼ばれた。
声がしたほうへ視線を走らせると、栗毛の馬に乗ったニケが向かってくるのが見えた。彼女の服装は、いつもどおりの薄汚れたワンピースドレスだ。しかしいつもと違って、腰には剣が吊るされている。
馬は徐々に減速し、アレスたちのそばで静止する。
ニケの後ろには、アリシャも乗っていた。
ニケはまず自分が馬から降り、続けてアリシャを抱えて地面に降ろしてあげた。
「おはようございます、ニケ様」
憲兵は背筋を伸ばして挨拶をした。
「おはよう。お勤めご苦労様。安息日なのに、申し訳ない」
「いえいえ。入出国のない安息日は、平日と違って門番は一人体制ですので、誰にも邪魔されず一人で静かに空でも眺めていられます。夜勤ですと、綺麗な星空も眺められます。私の性に合っています。それに、あと半時間ほどで交代の者が来ます」
「その……非常に言いづらいのだが、残業をお願いできないかな?」
「? 何かあったのですか?」
「実は、〈希望の家〉の子供が、また一人さらわれてしまったようなんよ」
「なんと……。先週に引き続き、またしても……。なんと痛ましい……」
「ミネルウェンの王女として忸怩たる思いさ……。そういう事情で、なるべく憲兵を捜索隊に充てたいんよ。今日の南門の当番だった者も、できたら捜索隊に回したくて……」
「ええ。そういう事情でしたら、私は喜んで南門をお守りします」
「ありがとう。恩に着るよ」
ニケは憲兵の肩をぽんと叩いて微笑んだ。
「誘拐犯は、門を通って出国すると発言したらしいんよ。そうだったよね、アレスくん?」
すでにアリシャの口から詳細は伝わっているようだ。
「ええ。俺は確かにそう聞きました」
「それは解せませんな」と憲兵は言った。「今日は安息日。ミネルウェンのルールを知る者なら、門から出るのが不可能だと分かるはずです」
「グールマンはミネルウェンの安息日のルールを知らなかったのかな?」とニケは言った。
「それはありえないぜ」
プシュケがすかさず反論する。
「グールマンは過去にもう三度も〈希望の家〉の子供をさらってるんだ。んで三度とも安息日に犯行が行われてる」
「三度とも、安息日……?」
ニケは思案顔をしていたが、それはすぐに驚愕の表情に上書きされた。
「た、確かに! 犯行は全て安息日に行われているっ!」
ニケにとっては、安息日と犯行日の関連は初耳だ。驚くのも無理はない。
「……すると、グールマンは出国できない日をあえて選んだうえで、犯行を成功させたということ……?」
ニケは片手で髪をかき上げるようにして頭を抱えた。
「いったい、どんなトリックを使ったというんだ……?」
アレスたちは一様に、焦燥感と緊迫感に押しつぶされそうだった。早くグールマンのトリックを解明しないと、ソピアが連れ去られてしまう。
「ニケ」
プシュケが慎重に口を開いた。
「今日のさ、西門の門番の当番が誰か分かるか?」
「西門の? ああ、もちろん分かるよ。アステルという男だよ。強者揃いの憲兵隊の中でも、とくに武芸に優れた男なんよ」
「そのアステルって人、もしかしてさ、前回の安息日も門番をしてなかったか?」
「前回どころか、最近は、安息日の西門の門番は彼に任せっきりさ。彼がそうしたいって言うから、申し訳ないけど任せてしまっている。真面目で仕事熱心なやつなんよ」
「……アステルの容姿に、何か特徴はあるか?」
「アステルはかなりの大男なんよ。それから、グールの爪に引っかかれて、鼻筋に横一文字の傷があるんよ。それがどうかしたかい?」
「……!」
アレスは驚愕して、ニケを見た。
「今の話、本当ですか!?」
「嘘をつかないってのは、僕の千個ある長所のひとつなんよ」
「ニケさん、そいつがグールマンです! そのアステルという男が!」
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