二人の剣士
大男は剣を振り上げている。
アレスはプシュケを抱えたまま、砂利道に向かって横っ飛びに跳んだ。宙で体をひねり、プシュケをかばう格好で背中から落下した。突き上げるような激痛が彼を歓迎する。
しかしアレスは、痛みに喘いでいる暇はなかった。プシュケの体を地面に寝かせてから、素早く立ち上がった。そして鞘から〈太陽の剣〉を抜いて構えた。
「……貴様。プシュケに何をした?」
アレスの目の色が変わり、全身が殺意を帯び始める。彼が握っている〈太陽の剣〉の刀身は、手元から徐々に橙色に染まっていく。
大男はマントのフードを目深にかぶっており、目元は影で隠れてしまっている。
まさか、こいつは暁旅団の一味? いや違う。奴らが纏っていたのは、しみったれた雨具だ。対して、目の前のこいつが着ているのは皺ひとつないピカピカのマントだ。
大男はジッとしている。剣は片手に握られ、腰の横で所在なげに月光を映している。
アレスは、大男を視界の端に捉えたまま、ゆっくりと身をかがめた。そしてプシュケの首筋に触れた。脈はある。続いて口元に手を添えた。呼吸もしている。
プシュケの後頭部に触れた時、手に生温かいものが付着した。血だった。
どうやら剣の柄で後頭部を殴られたようだ。大男は音もなくプシュケに近づいて、音もなく柄を後頭部に叩きこんだのだ。奴が素人でないことは明白だ。
「……」
大男は沈黙に浸ったまま、やおら剣を上段に構えた。そして斬りかかってきた。
振り下ろされた剣を、アレスは〈太陽の剣〉の刃で危なげなく受け止めた。
火花が散り、一瞬だけ奴のフードの中を照らし出した。鼻筋のうえに、刃物で切られたような、横一文字の傷が見えた。
大男はそのまま剣を押し付けてくる。力でねじ伏せる気だ。
しかし、アレスの刀身はぴくりとも動かない。大男の刃を受け止め続ける。
にわかに、アレスの刃が軽くなった。大男が剣を引いたのだ。奴はそのまま軽快な足取りで数歩退いて、距離をとった。
「……」
大男の口が、ぽかんと開いているのが見える。
決して体格に恵まれているわけでもなく、一見非力そうにすら見えるアレス。しかし彼は腕力で、大男と互角に渡り合った。そのことに、奴は驚きを隠せないようだ。
勝てる、とアレスは思った。アレスは強者揃いの旅団の中でも最強を誇るシャリテから直々に剣術の稽古を受けてきた。基礎体力の訓練だって欠かさなかったし、実践の経験も豊富だ。時にはグールを斬り、時にはスカベンジャーの悪党どもを斬ってきた。
「プシュケを傷つけた者は殺します」
アレスは大男を鋭く睨んで言った。
大男は剣を上段に構え、さっきの軌道をなぞるように接近して剣を振り下ろしてきた。
愚かな! 何度やっても同じだっ!
事実、結果はさっきと同じだった。アレスは刃を受け止め、拮抗状態が続く。このまま力比べを続けて、奴の体力を削るのもアリか。いや、ここはひとつ、本気を出して奴の刃を跳ね退けてやろうか。アレスにはそれができる。
奴の力が弱まった。さっきと同じように、鍔迫り合いを諦めたようだ。
好機! 奴はこのまま退いて、アレスから距離をとろうとするだろう。さっきと同じように。そのためには、当然ながら刃を引かないといけない。そこに隙が生まれる。その隙をついて貴様の腹を切り裂いてやる!
アレスの頭の中に、大男を切り裂き、血飛沫が上がるまでのシーンが再生される。それは約束された未来だと、彼は信じて疑わなかった。
「……は?」
突如として、大男が、消えた。
消えた……?
……いや違う。……し、下かっ!?
大男は剣を手放し、徒手空拳の状態で地面にかがみ込んだのだ!
そして、かがみ込んだ勢いをバネにして、アレスの懐に飛び込んでくる。
アレスはなすすべがない。奴の拳が腹にめり込んでくるのを、ただ黙って受け入れるしかなかった。
なんですか、それっ……! 反則でしょうが……!
「が、ああ……!」
呼吸ができなくなる。
腹の底から嫌なものがこみ上げてくる。
視界が揺れる。
掠れる。
手足から力が抜ける。
〈太陽の剣〉が地面に落ちる――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます