プシュケの推理

 六日が経過した。アレスとプシュケは相変わらず、ミネルウェンで生活をしていた。ディカイオは「お金のことなんて気にしなくていい」と言ってくれたが、さすがにタダ飯食らいを続けるのは忍びなくなってきた。そこで二人は、宿泊している宿屋で掃除や炊事を手伝うことにした。宿屋のご主人と女将さんは喜んでくれた。

 

 そんなこんなで、もうしばらくはミネルウェンで暮らすことになるだろう。

 

 けっきょく捜索隊の必死の捜索も空しく、エピオは見つからなかった。アレスとプシュケも国中を駆け回って聞き込み調査を行ったけど、収穫はなしだった。

 そのことで、ニケはひどく落ち込んでいるようだった。彼女はよく〈希望の家〉に足を運び、子供たちに勉強を教えたり遊んだりしているのだと、後になってアレスとプシュケは知った。

 

 今日はディカイオに夕食会に誘われているので、夜になるとアレスとプシュケは城の食堂へ行った。デザートが出てきたあと、グールマンの話題になった。ニケの表情がさっと陰るのが分かった。


「エピオが消えてから、明日で七日になる」とディカイオは沈んだ声で言った。「エルピスは二十八日目。モニアは九十一日目」


「ずいぶんとしっかり覚えていらっしゃるんですね」

 アレスは感心して言った。


「ああ。我が国では、犯罪なんて滅多に起きない。だから嫌でも覚えてしまう。未解決の事件を、一日、また一日と、自然と心で数えてしまうのだ」


 夕食会を終えると、アレスとプシュケは城の前の広場までニケに送ってもらい、そこからは二人だけで宿屋に向かって歩き始めた。


「ニケもディカイオも、すごい暗い顔してた。これ以上の被害は出てほしくねぇよ……。でも、このままじゃ、いつかまた次の犠牲者が出ちゃうぜ」


「犯人の心理としては、エピオくんで打ち止め、とはいかないでしょうね。犯罪者は、味をしめたら止まらないものですから」


「なあ、あたしたちもさ、〈希望の家〉の警備を手伝わねぇか?」


「なぜです?」


「なぜです、って、馬鹿かお前! あたしたちが犯人を捕まえるために決まってんじゃん!」


「捕まえてどうするんです?」


「動機が知りたい! この平和なミネルウェンで犯罪者になってしまった理由はいかに?」


「けっきょく好奇心のためですか。そんなことだろうとは思いましたが」


「だけどこれ以上被害者を出したくないってゆーのはほんとだし!」


「足手まといになるだけですよ。ディカイオさんが言っていたでしょう? 〈希望の家〉の屋内にも憲兵を新しく二人配置したと」


「言ってたけどさぁ……」


「はっきり言って、警備は完璧なんです。俺たちが付け入る隙はありません」


「ぐぬぬ……。子供をさらうクズ野郎がミネルウェンのどこかに潜んでるっていうのに、あたしたちは何もできないのかー!」


「犯人が次いつやってくるかが分からない以上、俺たちにはどうしようもありません。出現の正確な日時が分かれば対処のしようもあるでしょうけど」


「ぐぬぬ……」


 二人は宿屋に戻る前に、天然温泉のお湯屋に寄った。体を綺麗にし、疲れを癒した。


 風呂あがり、女湯から出てきたプシュケは、なぜか「12歳……。12歳……」とぶつぶつ呟き続けていて、アレスのちょっかいにも反応しなかった。12歳? なんのことだ?

 

 宿屋に着くと、帳場で売上記録を睨みつけていたご主人がべっ甲製の鼻眼鏡を外して笑顔で「おかえりなさい」と言ってくれた。アレスとプシュケは宿の手伝いをしているということもあり、すでに気心の知れた間柄だ。

 

 部屋に戻っても、プシュケは書き物机の前で、まだぶつぶつ言っている。日課の日記にも、一向に手を付けようとしない。

 

 アレスはそんなプシュケを横目に、ベッドに入った。ウトウトがすうっと音もなく下りてきて、アレスの体に覆いかぶさる。まどろみに身を任せていく……。

 と、その時、プシュケが「ああ!」と叫び声をあげた。

 アレスは驚きのあまり「うわあ!」と絶叫して、掛布団を跳ね飛ばして起き上がった。


「な、なんですか! プシュケ、あなたさっきからなんか変ですよ?」


「分かっちまったんだよ、天才プシュケちゃんはさ!」

 プシュケはアレスのベッドにぴょんと飛び乗ってきた。そして顔をぐっと近づけて、目の奥をのぞき込んでくる。


「近いですよ」


 プシュケは構わず顔を寄せた格好で続ける。「あたしはお風呂で、たまたま〈希望の家〉の子と一緒になったんだ。そんで少し話をした」


「はい」


「その子は、消えた子供たちがどんなにいい子たちで、優しかったかを語ってくれた」


「はい」


「それから彼女、こう言ったんだよ。『みんな、もうすぐ12歳の誕生日を迎えるはずだったのに』ってさ」


「みんな、ですか?」


「そ。消えた子供たちには『12歳の誕生日を目前に控えていた』という共通点があったわけ!」


「ひとまず、ちょっと離れてくれませんか?」


「照れちゃってさー! 初々しいのう」

 プシュケはニタニタしながらアレスの頬をぺちぺち叩いてから顔を離した。


「それで」

 アレスは咳ばらいをしてから言った。

「消えた子供たちは、もうすぐ12歳の誕生日を迎えるはずだった。それは分かりました。でも、それがなんだっていうのですか?」


「話には続きがあんだよ。お風呂でね、あたしはその子に、いま現在他に12歳の誕生日を目前に控えた子はいるのかって聞いたのさ」


「そしたら?」


「そしたら、一人いるって。ソピアという女の子」


「あなたはこう言いたいわけですか? グールマンの次のターゲットは、そのソピアだと」


「まさしく! グールマンは、12歳直前の子を意図的に狙っているんだからな!」

 プシュケは確信に満ちた声で言う。

「それからさ、もうひとつ気づいたことがあるんだ」


「?」


「今日の夕食会での、ディカイオの言葉を思い出してくれ。彼は言ってたよな。エピオが消えてから明日で七日になるってさ。それから、その前の被害者が消えてからは二十八日、更にその前の被害者が消えてからは九十一日が経つって」


「そんな正確な数字覚えてませんよ。でも、まあ、あなたが言うならそうなのでしょうね」


 プシュケは記憶力も抜群なのだ。基本的に彼女は間違わない。


「いいかアレス。七日と、二十八日と、九十一日だぜ?」


「だぜ、と言われましても」


「まったく、閃きが足りてないぜアレス! そんなんじゃこの乱世は生き残れないぞぅ! いいか、よく聞けよ、閃き不足のアレスくん。この三つの数字は全て、七の倍数なんだよ」


「……ふむ。確かに七の倍数っぽいですね。で、それがどうかしたのですか?」


「アレス。明日は土曜日だから、安息日。ディカイオは、明日、つまり安息日から数えて、七、二十八、九十一という三つの数字を出したんだよ」


 ディカイオは確かに「明日で~日になる」と発言していた。安息日を基準にして経過日を数えていたことになる。


「言うまでもなく一週間は七日間。で、明日の安息日から数えて七の倍数の日付を遡った日に犯行が行われている。もう分かるだろ? グールマンは、必ず安息日に子供をさらってるんだ」


「……!」

 これにはアレスも驚いた。

「明日も安息日ですよね? ということは……」


「そうさ。グールマンは、明日さっそく次なる犯行に及ぶかもしれないってことだぜ」


「しかし、さすがに先週やったばかりですし、そんな早く動きますかね普通?」


「分からん。でも可能性はある」

 プシュケは真剣なまなざしで言う。この目をしている時の彼女は、人が変わったように大人びて見える。

「ジッとしちゃあいられねぇよアレス! 今すぐ外着に着替えろ! ニケに知らせに行くぞ!」


 超やる気モードになったプシュケを止めることはできない。そして、そんな彼女に手を貸すのを、アレスは心のどこかで喜び、誇りに思っている。


「プシュケ。残念ながらニケさんに知らせている時間はありません。お城に行って憲兵さんに事情を話してニケさんに取り次いでもらって、なんてやっている隙にグールマンに先を越されてしまったら目も当てられません。俺たちだけでやりましょう」

 

 部屋の窓からは時計台が見える。

 あと半時間も待たずに金曜日は土曜日に姿を変えようとしている。

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