第3話 そこに愛があるなら
「模擬結婚式なんて必要か?」
んー、わかってない。女子がウエディングドレスに憧れる心境を。
友だちは何ヶ所か式場を回って、ドレスを着て、チャペルを見て、お料理を堪能したと言っていた。わたしもそうしたいと思っていた。一生に一度のことだし、折角だから吟味したい。
「面倒なだけだけどなー。時間も取られるし」
「それも一生に一度のことじゃない」
「あー、まぁそうだろうけど、なに着たってなに食ったって変わらないよ。そんなのは貧乏なヤツがやればいいことで、いいホテルで式を挙げて、すきなドレスを着ればいいじゃないか。ちまちま試着するのはお前が休みの日にすきなだけやってくれ」
そう言われるとなにも言えない。
確かに忙しい龍明の時間を奪ってるのはわたしだ。
でも、ドレスの試着を一緒に見てほしいっていうのは、そんなにワガママなのかな? 龍明は見たくないのかな?
「じゃあ、龍明はなにを着るの?」
「お前の選んだヤツに似合うのを見繕ってもらえばいい」
「一緒に選ばないの?」
「時間がもったいない。わかるだろう?」
――わからない。
確かに若い医師の龍明にはどんなにちっぽけな時間でも大切かもしれない。でもわたしと龍明、ふたりの時間だって必要なはず。
落ち込んだ気持ちで淡々と結婚式の説明を受ける。わたしたちのすれ違った気持ちはいつになったら元に戻るんだろう?
お互いを、人生の伴侶にしてもいいと思ったあの時へ――。
◇
「斎藤さん」
「仁科さん!? ずっとここにいたんですか?」
仁科さんは気弱な表情で曖昧に笑った。駅前だった。
「さすがにそれはないです。あの時間に出かけたなら、この時間くらいかなって」
わたしは固まった。
それってちょっと怖い。
「仁科さん⋯⋯あの、それってちょっとストーカーくさいです」
思い切って口にする。
仁科さんは片手にスマホを持って、それを持て余しているようだった。唇を噛むと、口を開いた。
「斎藤さん、連絡先、交換してくれませんか? メッセージ送ろうと思ったら、連絡先知らないことに気が付いて、僕ってバカだなって。下心がないとは言いません。でもこの間の僕の『負け犬宣言』にあんな風に返してくれる人って今までいなくて。感動したんです」
「あの、連絡先は交換してもいいですけど、わたしはなにも応えられないと思います⋯⋯。実は、結婚するんです」
「結婚⋯⋯」
彼のスマホを持つ指が強ばった。
緩やかに、顔が上がり、わたしの目を覗き込む。
「それはつまり、僕にはチャンスの欠片もないってことですか?」
「⋯⋯多分」
「でも斎藤さんからそういう『しあわせオーラ』みたいなの、一度も感じてないです」
「彼は『マリッジブルー』だろうって。結婚に対する考え方がちょっと合わないっていうか、わたしどうして今、こうしてるんだろうっていうか、そんな気持ちになるんです。これって『マリッジブルー』じゃないですか?」
「⋯⋯そこに愛があるなら」
愛があるなら、とわたしは復唱した。龍明のことを本当に愛してるんだろうか、わからない日がずーっと続いている。
ただ彼の勢いに最初からずっと引きずられてるだけなんじゃないか、なんて、そんなことばかり考えて。
「愛ってなんでしょうね? わかんないんです。付き合ってて、プロポーズされて、結婚するみたいな一連のベルトコンベアー的な流れみたいな感じで」
「もし斎藤さんがそう感じるなら。これは打算的な意味じゃなくて、ゆっくり考え直すのもいいかもしれませんね。すみません、上手く行かないといいなって思ってます。結婚式はすぐなんですか?」
「いいえ、まだ式場探ししてるとこで」
どちらからともなく歩き始めて、歩道橋の前で別れた。この人が嫌いなわけじゃない。でも真っ直ぐなところが少し怖い。真っ直ぐな瞳が、心に痛い。
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