私は3分で

淡雪

第1話私は3分以内で

 私は3分以内でやらなければならないことがあった。


 それは、朝の日課である短歌作りである。


 毎朝8時前に出社し、誰もいない食堂で一人黙って、活動しているわけだが、これがなかなか創作に携わる人間にとってこれ程穴場なところはないと思っていて。


 端の方の席に座り、どんな短歌を繰り出すか、ずはじっくり考えるところから始まる。


……と言いたいところだが、そんな時間など微塵もなかった。


 何せ、私が短歌をやっているのは、極秘中の極秘。


 故に、誰にもばれてはいけないのであった。


 ばれれば最後、そこから先は言わなくとも想像出来るはずである。


 まぁ、特に有名でもないし。


 ばれたところで、黄色い声が上がるわけがないから、見つかっても別に構わないのだが。


 短歌を書きたくて、ノートを広げているにも拘わらず、根掘り葉掘り質問されるのが、面倒なだけである。


 ……私一人がそんなふうに思っているのかも知れないが。


「さぁ、時間がない」


 “やるか!”と、気合いを入れた私は、漸く原稿用紙に目を向ける。


 そこには、既に4つの句が書き込まれていた。


 これら全て3分以内で詠まれた短歌である。


 つまり、これから詠む短歌で5つ目であり、朝の日課として終わりを迎えることが出来るのだ。


 チラリと携帯に表示されている時間を見る私。


 あと1分で書き始められる。


 表示に向かってカウントダウンする私の胸は、3分以内で短歌が書けるという自負に踊っていた。


 「あと10、9、8……」

 

 声を出さないように数える私は、直ぐに文字が書けるようにと、お気に入りのシャープペンシルを強く握り、臨戦態勢をとる。


「2、1、ゼ」

「○○さん、探したよ!」

「……▽▽さん」


 絶妙のタイミングで話しかける男性が一人。


 部署は同じだが、やっている仕事が違う▽▽さんが、困惑した顔で声をかけてきた。


「何かありましたか?」

 

 ペンを持ったまま固まった私は、そう訊ねる。


 答えは聞かなくても想像がつくが、何か伝えたそうだったので、耳を傾けることにした。


「今日、□□さんがまた急遽休みだって」

「あっ、そうですか」


 正直、そんなことどうでも良い。


「だから、人数いないけど頑張って」

「分かりました」


 言われなくても、自然と皆協力して終わらせるから、大丈夫。


 私は胸の内を明かさないまま短く答え、心配してくれた▽▽さんの背中を押す。


 彼は何も察することもなく、ニコっと笑って、その場を去った。


 それと同時に、無情にも8時を知らせるチャイムが、食堂に響き渡る。


 そちらの方がショックだった私だったが……


 終わったことをいつまでもグタグタ言ってても、先には進めない。


 「……次こそは、5首連続3分以内で短歌を書いてやる!」


 私は悔しさに唇を噛みしめ、そう決意するのであった。


お仕舞い



令和6(2024)年3月1日~3月3日22:46作成






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私は3分で 淡雪 @AwaYuKI193RY

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