【KAC2024/箱】乙女ゲームの攻略対象は、小箱とモブ少女にやきもきが止まりません!

弥生ちえ

やきもきな小箱


 ドリアーデ辺境伯邸の豪奢な館が、早朝の仕事を済ませた使用人らの寛いだ空気に包まれるひと時。


 草抜きを小休止した庭師の老爺が、喉を潤そうと木陰に向かう。その側を、黒髪の少女が網籠を小脇に抱えて駆け抜けて行った。


 ここ最近、連日見掛けるようになったその姿に、ドリアーデ辺境伯嫡男であるエドヴィンの目は自然と引き寄せられた。


 三階の自室の窓から見下ろす彼は、彼女の行動に気付いてからと言うもの、いつも決まってこの場所でその様子を目で追うようになってしまった。


 少女の名はレーナ。黒髪黒目、肩に付く長さのおかっぱ髪を軽やかに揺らし、簡素なワンピースに身を包んでいる。エドヴィンと同じ14歳だが、彼女にはなんと18歳まで生きた前世の記憶があるらしい。そんな話を打ち明けてもらえるほどには、打ち解けたつもりだった。


『あら、レーナったらまたあの子に会いに行くのね。ここのとこ毎日よね』


 エドヴィンの肩の上から、呆れた調子の少女の声が響く。


「ご先祖様……、レーナとアイツは、ただの幼馴染みだと彼女からは聞いています」


 やや傷付いた面持ちで声の主に顔を向ければ、彼の肩にちょこんと座った少女も、仏頂面で視線を返す。全身が薄緑の光に包まれた、エドヴィンの膝までほどの身長しかない彼女は、この土地の守り神である聖霊姫ドライアドの分体だ。


『もぉぉっ!! よびかた! それでホントに乙女ゲームの攻略対象なの!? 全っ然、乙女心が分かってないんだからっ。そんなだから、あの赤髪に後れを取るんでしょ!?』


「んなっ!?」


 そう、この世界はレーナが前世でプレイしていた乙女ゲームの世界で、エドヴィンは6人居る攻略対象のひとりなのだ。因みに『赤髪』こと、アルルクという少年もそれに含まれている。


「赤髪と私が、何故張り合わなければならないのですか!? 変な勘違いは止めていただきたい!」


『はーん? 素直じゃないわねぇ。あたしはね、愛する男の子孫である貴方の味方なのよ? 素直に言いなさいよ、レーナが気になってんでしょ』


 ニヨニヨと口元を緩ませる緑の少女のからかいに、エドヴィンの頬がカッと朱を上らせる。


「そのようなことはっ……!」


 反射的に声を荒げるも、軽やかに駆けるレーナに改めて視線を向けたエドヴィンは、ぐっと下唇を噛み締めると、あきらめた様にため息を吐いた。


「――珍しかったんだ。私達家族を見て、美術品や宝石に向けるような興味を向けるのではなく、同じ人間としてこちらを探る目を向けてくるレーナが」


『結果、気持ち悪がられたみたいだけどね。貴方たち、聖霊あたしの血を引いてるから綺麗なんだもんね。それを無意識に自認しちゃってるから、普段の仕草や表情でも、他人の心を操ろうとしちゃってんのを見透かされたのよ』


「そんなつもりはっ……!」


 遠慮無くキャラキャラと笑う緑の少女に、エドヴィンはカッとして目を剥く。だが己の内心に向き合ってみれば、あながち外れてもいない気がした。


「いや、そうなのですか?」


『あらやだ、分かってなかったの?』


 気付いていなかったのだ。こう視線を動かせば、こう唇を形作れば、相手がどんな反応を返してくるのか――確かに、想像できていた気がする。それが、レーナには通用しなかったのだ。


『効果的に使うのは結構だけど、レーナは無意識下の本心を見抜いちゃってるみたいね』


「それで、真っ直ぐ私を見てくれている気がしたんだな」


『だから、レーナが気になるんでしょ? なら負けていられないわよね』


 穏やかに励ますご先祖様・・・に視線を向ければ、彼を見守る暖かな視線に行き当たる。


「ですね」


 短く返したエドヴィンは、レーナの後を大急ぎで追い始めた。





 庭園へ出ると、すぐにレーナの居る場所に辿り着くことが出来た。


 連日続く彼女の行動に気付いてから、いつも目で追っていたのだ。迷うこともない。だから、いつも通り赤髪の少年アルルクが、その場に共に居ることも分かっていた。


 けれど親しげに語る二人の姿は、何度目にしても見慣れた光景だと、穏やかに眺めることはできない。


「これ、返すなっ」


 屈託無い笑顔を浮かべたアルルクが、レーナに小箱を突き出した。


 見れば、レーナの抱えた網籠から物を出した気配がある。いくら幼馴染みだと言っても、贈り物を突き返すアルルク無神経さは、許されるものではない。


「赤髪っ!! お前、レーナからの気持ちをそのように無下にするなどっ!! どう云うつもりだっ」


 エドヴィンは瞬時に怒りを覚えた。嫉妬心も混じって、余計に食って掛かる口調になったかもしれない。


「へ?」


 アルルクとレーナは、揃ってポカンと目を見開いた間抜けな表情を向けてきた。


 だが一呼吸置く間に、レーナはエドヴィンの言わんとしたことを察したらしい。にこりと笑って、たった今突き返されたばかりの小箱の蓋をパカリと開いて見せてきた。


「これはお弁当よ。中身はちゃんとアルルクのお腹に収まってるから問題ないのよ」


「俺のために、いつもレーナが作ってくれるんだっ」


「アルルクったら、朝に出掛けたらお昼ご飯を摂るのも忘れて、あちこち出歩いてるんだもの。だから、こうしてお弁当を持たせれば良いかなって」


 言われてみれば、アルルクの手の中にも、レーナが持つのと同じ小箱――いや、弁当箱が在る。しかもこちらは、レーナの手作りご飯が収まっているのだ。


「なんだとぉぉぉ!? それはそれでけしからん!」


 怒声を上げたエドヴィンの肩の上で、緑の少女がキャラキャラ笑う。


 ポカンとしたレーナも、つられて頬を緩める。


「そうそう、そんな風にちゃんと感情を見せてくれた方が、わたしは良いと思うな。特に気になるオンナノコの前ではね!」


 レーナは、まだ幼い攻略対象へのアドバイスのつもりだった。だが受けたエドヴィンは違う。


 頬に朱が上るのを自覚していると、ふとアルルクがこちらを見ていることに気付いた。


「いっつも レーナが俺のために用意してくれんだ! 旨いんだぜ」


 言って、ニヤリと笑ってみせる。


『赤髪、なかなか油断できない奴ね』


 緑の少女が耳の側でボソリと呟く。エドヴィンは、それに微かな首肯で返すと、ことさら華やかな笑顔を作って二人に向けてみせた。


 反射的にレーナが、ひしゃげた蛙を見る目を向けてくる。何か察したらしいアルルクは、訝しげに顔をしかめる。


「ならば、赤髪……いや、アルルク殿には、これからずっと我が家特製の弁当を用意させよう。なに、気を遣うことはない。家族と使用人らの大量に用意する食事を、そこに詰めるだけだ。こちらの負担は無い。そうすれば令嬢教育に忙しいレーナも、助かるのではないか?」


「なっ!?」


 不満げに声を発したアルルクに対し、レーナが「ホントにっ!?」と弾む声を上げる。


「助かるわぁー。毎朝のお弁当作りって意外に大変なのよ! それにね、実を言うとおかずを揃えるのが大変で、エドのところの余ったおかずをもらって詰めたりもしてたんだ。最近はそっちのおかずの方が多かったかも……なんて」


 ペロリと舌を出すレーナの言葉で、意外な事実まで発覚した。


「ならば、味も変わらぬことだし問題ないな」


 エドヴィンの自然と浮かぶ晴れやかな笑顔には、レーナは不快感を示さない。


「明日からは、これまで通りの内容の弁当を、我が伯爵家から用意しよう」


「そんなぁぁぁーーー!」


 爽やかな宣言に、アルルクの悲痛な叫びが続く。


(同じ攻略対象者たちばならば、別に結ばれるヒロインあいてが居るはずだ。ならば平凡モブ村娘を自称するレーナは自分こそが……!)


 そう考える攻略対象者同士の戦いは、始まったばかりである。

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