僕が愛したバッファロー

lager

僕が愛したバッファロー

 ハッセには3分以内にやらなければならないことがあった。

 遺書の更新である。


 前任のエイッカ大尉から中隊の指揮を任され、早半年。故郷に残してきた家族のために遺書を残しておけというのも、彼からの教えだった。

 なんで死ぬ前提で飛ばなきゃいけないんだと憤慨したものだったが、最初に敵機を撃墜したとき、自分の手でへし折った翼から上がる炎と煙が目に焼き付いて離れず、その日の夜には両親と妹に宛てた遺書を認めていた。


 風は強く吹きすさび、流れた血は一瞬で凍り付いていく。

 故郷に吹く風は、こんなにも冷たかっただろうか。

 きっと自分も、いつかあの黒い森の中に墜ちていくのだ。


「幸あれ」


 妹に、子供が生まれたのだという。

 どんなに愛らしいことだろう。

 こんな世の中で、ごめん。

 君が大きくなったとき、世界が少しでも良い形であるように、僕は今日も飛ぶ。


 出撃前にその知らせを受け取ったハッセは、急いで遺書を書き直し、騒ぎ立てる整備工たちにぺこぺこと頭を下げ、大尉から譲り受けた愛機に乗り込んだ。

 部隊のトレードマークである黒い山猫がペイントされた、B-239ブルーステル――またの名を、ブリュースター・バッファロー。


 見ていろよ、侵略者ども。

 我らが最強の空軍部隊、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群が、お前たちを必ず駆逐する。


 ……なんてね。

 分かってるさ、故郷のアメリカ軍じゃ、日本の零戦ゼロ・ファイターにボコボコにされちゃったんだって?

 けど、それまで寄せ集めのポンコツ機ばかりで頑張ってた僕たちにとっては、中立法の目を掻い潜ってようやく仕入れた本格的な戦闘機なんだ。

 

 大事な相棒さ。


 さあ、行こう。

 雄々しく飛ぼう。

 銀色の空へ。

 

 きっと大丈夫。


 



 この日、フィンランドのエース・パイロット、ハッセ・ウィンドが搭乗したB-239は一日で敵4機を撃墜する活躍を見せた。

 二人のエースによって乗り継がれた当機は、世界最高の撃墜数を誇るバッファローとして、歴史に名を残した。

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