閑話 とある兄妹の観光デートその3

「わぁ! 風が凄い!」


「おいおい! 雛香! あんまり身体を出しすぎるなよ!」


 食事を楽しんだ後、僕らは海の上にいた。もちろん飛んでいるわけじゃないよ。ちゃんと船に乗ってるから。

 流石にダンジョン化してないところで飛ぶのはできないからね。

 きちんとチケットを買って船に乗っている。


「どのくらいかかるんだっけ?」


「確か20分くらいだったかな?」


「そうなんだ……ってどのくらい遠いの?」


「あー、ちょっと待ってな」


 確か資料に……


「おっ! 書いてある! えっと島までの距離は1.5マイル……2.4キロだって」


「ふーん……」


 なんか反応薄いな。まぁわかるけど。ぱっと距離言われてもわからんよね。


「まぁ、元は脱出不可能って言われてた島だからね。それなりに遠いはずだよ」


「ふぅん、でも雛香だったらいけるはず!」


 いやぁ、流石にどうだろうなぁ。なにせこれから行くのは……


「脱獄不可能と言われた刑務所があった島だからね」


 いわゆる監獄島ってやつだ。



 さて、僕らがそんな島へ向かっているかと言うと……

 いや、別に僕らがなにか犯罪をして収監されるとかじゃないよ。ちょっとダンジョンで世間を賑わせてるけど別に犯罪にはなってないから。

 そもそも、その刑務所は今は稼働していないからね。だいぶ昔に刑務所は閉鎖されて今は観光地になっているんだよ。

 観光ツアーだって開催されてる。僕らもそれに参加しているってわけ。



 フェリーから降りて島へ上陸した。


「へぇ、あれが刑務所なの?」


「ああ、らしいね」


「……思ったより小さい?」


「確かになぁ。あ、違うみたい。あの奥のやつだね」


 ガイドさんが説明をしてくれた。


「あの建物は単純に受付だってさ」


 元は刑務所の管理施設だったらしい。その前は軍用施設と……ふーん、古い建物なんだなぁ。

 説明をしてくれているのでなんとなく聞いてみる。


「あ、へー。ツアーだけどセルフツアーなんだ」


 ガイドさんに付いていくってわけじゃないんだ。


「あっ! でもガイドブックがあるらしいよ? それに説明用のガイド音声もあるって」


「なるほど、そういう形式なんだ。それを参考に観光しようか」


 説明なしで見て回るだけでも楽しいかもだけど、やっぱりあったほうが深くわかるからね。


「雛香、どっちにする?」


「うーん、ちゃんとお兄ちゃんの声聞きたいから本の方で!」


「ほいほいっと」


 確かにイヤホンで塞がれちゃったら一緒に観光してる感じしないもんね。



 受付近くのショップでガイドブックを買って読みながら歩いていく。


「へぇ、刑務所以外の建物も結構あるんだね」


「ああ、どうやら普通に民間人も暮らしてたらしいぞ?」


「そうなんだ! でもわざわざこんな島で?」


 こんな島って若干失礼だな。まぁ、確かに近くに刑務所があるのに普通に暮らすのはちょっと怖いけど。


「まぁ、ほとんどが刑務所関係者とかじゃないか? 知らんけど」


 流石にそこまでは書いてないか。


「あれ? メインプリズン……ってひょっとしてこれが監獄?」


「セルハウス……そうみたいだな」


 歩いていると1つの建物に行き着いた。

 なんだろう、普通のマンションっぽく見えるけど……と、良く見たら、窓とか全部鉄格子だ。入口も鉄で出来てるし、この建物が監獄なんだろう。


「そんじゃ、入ってみるか」


「はーい」


 薄暗い入口をくぐって建物の中へ入ると……


「なんか中は思ってたよりも綺麗だね」


「だな、外から見た時はいつ崩れるんじゃないかと怖かったけど、普通に観光施設って感じ」


 入口がちょっと薄暗かっただけに、ちょっと拍子抜けしちゃったよ。

 しかし、それは最初だけだった。


「おおっ! 凄いいっぱい並んでる!」


 少し先へ進むと、そこには長い通路の両側に並んだ独房が。しかも、2階にも独房がある。


「どのくらいあるんだろ?」


「えっと、全部で348個の独房……まじか、そんなにあるんだ」


「へぇ、うわっ、狭い!」


 雛香に釣られて独房の中を見てみると。


「……トイレとかじゃないよな?」


 狭い部屋の奥に1個の便器と手洗いがあって手前にちょっとした出っ張りがあるだけ。

 この出っ張りはなんだ? あっ! 椅子と机か! ちっさっ! ノート置いたらそれだけでいっぱいだぞ!


「なんとなくイメージではベッドみたいのがある気がしてたけど、そんなこともないんだね」


「いや、昔にはベッドがあったみたいだぞ。あっ! こっちの部屋はそのままにしてある」


 どうやら観光スポットとして残してある部屋があるらしい。


「うわっ! 頭の上に便器がある」


「ひっどいなぁ……流石にここには入りたくないなぁ」


 いや、そもそも独房とか入ろうと思うほうがおかしいとは思うけど、それでもここで暮らすことを考えるだけで気が滅入ってくるくらいにはちょっと衛生的にどうかと思うわ。


「そりゃ脱獄も考えたくなるね」


「ああ、一応島から脱獄したって記録はあるらしいぞ?」


「えっ! 本当に?」


「ただし、海流を超えられたかどうかはわからないってさ」


 フェリーで20分の距離だもんなぁ。波もキツかったみたいだし、生きてる確率はだいぶ低いんじゃないかって話だ。


「それだけ厳しい環境だったんだねぇ」


「だなぁ。まぁ、刑務所ってそういうもんだと思うけど」


 ここが稼働していた時代は今よりもずっと前だ。今の感覚からするとだいぶ命が軽い時代だったと思う。


「……」


「うん? あれ? お兄ちゃん、どうしたの?」


「あ、いや……うん。ちょっとな」


 なんだか、ここにいると昔のことを思い出してしまう。

 僕は実は独房に入ったことがある。今の人生じゃなくて前世での話だけど。

 スパイ容疑で捕まってしまった時に入れられた独房。それほど長い時間はいなかったけど。


「僕の時は脱獄なんて考える余裕なかったなぁ」


 そもそも、処刑が決まっている上での投獄だった。

 それに……


「あいつ元気にしてるかなぁ」


 前世で部下だったあいつ。僕が処刑されたことであいつの罪はなかったことにされたはず。


「……むぅ、お兄ちゃんが他の女の人のことを考えてる気配がする」


「えっ? あっ、ははっ! ごめんごめん」


 うん、今考えることじゃなかったね。


「大丈夫だよ! お兄ちゃん!」


「えっ、えっと何が?」


「例えお兄ちゃんが独房に入れられちゃったとしても、雛香が絶対に助けに行くからね!」


「……だな」


 うん、過去のことは過去のこと。


「雛香だったら刑務所ごと破壊してでも僕のことを助けに来そうだな」


 今一緒にいる女の子のことのほうが重要だ。


「任せて! 雛香が壁なんかぶち破っちゃうんだから」


 雛香なら確かにできそうだなぁなんて思いながら、僕は雛香とつなぐ手の力を少し強めた。

 これからも雛香と一緒にいよう。

 そんなことを思った一日だった。

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