閑話 とある社長その1

「ふぅ……久しぶりに帰ってきたな……」


 私、レイン・スミスは久しぶりに故郷の地を踏んだ。

 かれこれ、半年以上は離れていただろうか。


「社長! お疲れ様です!」


 空港を出ると、顔見知りの部下がこちらに敬礼をしていた。

 声が大きいせいで、周りの人たちからも注目を浴びている。

 ……これはあとで再教育だな。そう心に決めながら私は部下を素通りして、車に乗り込む。

 続いて部下が運転席に乗り込んできた。


「本社へ戻ります!」


「……ああ」


 そうして車は走り始めた。



 私、レイン・スミスは民間軍事企業の社長をしている。

 今回、故郷を離れていたのはある国の軍事演習を指導するためのもの。本来はもう少し時間をかけるつもりだった。

 しかし、事情が変わって急遽帰国することになった。


「……例の資料はまとまっているか?」


 会社へ戻り一息をついた後、部下に尋ねる。


「はい! こちらになります!」


 予想をしていたのか、部下がタブレットを差し出してきた。

 その画面にはとある資料が表示されている。


「ダンジョンか……」


 数ヶ月前、突如として公開されたアプリ、ダンジョンという存在は我々の業界に大きな変革を及ぼしたのだ。


 スマホアプリからダンジョンと呼ばれる別空間へと入りそこで探索を行うという。

 いや、そもそも、別空間ってなんだ? いつからそんな技術が可能になったんだ?

 スマホアプリから肉体が移動する? そんなことがありえるのか?


 しかも、それは新技術により可能になったという触れ込みだが、その新技術がどこから来たのかは一切謎に包まれている。

 というか、新技術とか言っているけどそんな馬鹿なこと信じられるか。


 とんでもないことが起きているせいで世界が混乱している。


 このダンジョンのせいで私は一足早めに帰国することになったのだ。

 いや、正確に言えば、そこから得られる産物か。


「資料にあるポーションや魔法の杖というのは?」


「こちらになります」


 部下が差し出してくるビンと一本の杖。

 ひとまず、ビンを手にとって眺めてみる。


「……ただのジュースにしか見えんな」


 しかし、このポーションとやらを飲むと肉体が回復するらしい。杖の方も同じように肉体の回復ができる。

 この存在はどの業界にとっても価値のあるものだろう、しかし、1番重宝するのは我々軍事業界だろう。


 一瞬にして怪我を治す? それはどの程度だ?

 例えば撃たれた傷が一瞬で治るとしたら、それこそ戦争というものが変わる可能性がある。


 ビンを片手に資料を読む。


「初級ポーションでは簡単な切り傷程度、ポーションであれば捻挫なども即座に治すことが可能か……」


 流石に銃で撃たれた傷を即座に治すことはできないか……しかし、痛みを和らげることは可能と。


「……これは価値があるな」


 この時点でもうわかるヤバい存在だ。


「魔法の杖の方はその効果が複数回と……こっちもとんでもないな」


 ビンより大きいが複数回使えるということはその分荷物を減らせるということだ。

 空いた荷物に食料や弾薬などを詰められると考えればこちらも便利だろう。


「ダンジョン内では他の魔道具も手に入るがそちらは現実に持ち出すことは不可能と」


 ふむ……もし武器などが持ち出すことが可能になっていたとしたらとんでもないことになっていただろうな。


 一通り資料を読み終えてタブレットを机の上に置く。


「確かにこれは調査が必要だな」


 こんなものが出てきてしまっては演習どころではない。

 即座に調査が必要ということで、色々な組織から調査依頼を受けた。

 もちろん、私自身もこれは必要なものだと考えている。


「1番の問題は、今は現実に持ち出せるアイテムに制限がかかっているが、それが単なる制限にすぎないのかだ」


 本当はできるけど、それを制限しているとしたら……それはとてつもない脅威だ。

 つまり、持ち出せる一部の人間だけが強い力を手に入れることができるのだから。

 回復するアイテムももしかしたらポーション以上のものがあるのかもしれない。


 いや、そもそも、このダンジョンってなんだ?

 このダンジョンを作っているダンジョン・マスターと呼ばれる人物は何者なんだ?


 そういう調査をするために私は自国に戻ってきたのだ。


 本来であればわざわざ私が帰国してまで調査せずとも部下に調査を任せればよかったのだ。

 しかし、今回ばかりは私がやらざるを得ない理由があった。


「おい、この情報は間違いないんだろうな?」


 タブレットのページを動かし、部下に尋ねる。


「はっ! 諜報部の情報によると、間違いなくA社が何かしらの情報を持っているとのことです」


 間違いないのか……そうか……

 A社は誰もが知る世界でも有名なIT系の大企業だ。

 そして、現在のA社の社長は……


「エリオス・瓜生……」


 私の叔父だった。

 つまり、身内が何らかの形で関わっている可能性が高い。

 そうして私はわざわざ帰国してきたのだった。



「しかし、どうやって調べたものかな」


 部下が部屋を去り、1人になった私は机に手を置いて考え込む。


「普通に尋ねても答えてはくれないだろうな」


 当然企業機密だろう。部外者の私が聞いたところで答えてくれるはずはない。


「そうなると……あいつにかまをかけてみるか……」


 そう考えた時だった。


ブブブ


 ポケットに入れておいたスマホが振動で着信を知らせてきた。

 手にとって見てみると、


「グッドタイミングだ」


 ちょうど考えていた人物からの電話だった。


「おう、どうした? フィン」


「あ、姉さん?」


 その人物、弟のフィンはA社に務めている。

 今はどこかの部署の課長だったか? そこから何か情報が得られないかと思っていたのだが、まぁ、今はいい。


「姉さん今って戦場だったりする?」


「いや、ちょうど今日帰国したところだな」


 フィンは当然私の仕事は知っているが、予定などは特に知らせていない。


「そっか、ちょうど良かった。実はね、さっき叔父さんから電話があって」


「ほう? 叔父さんから?」


 そっちもちょうど考えていた人物だ。


「夏休みに飛鳥と雛香がこっちに遊びに来るんだって、それでいつものようにうちで預かることになったんだよ」


「ああ! 飛鳥に雛香か! もうそんな時期だったか!」


 飛鳥と雛香。可愛がっている従兄妹にして、叔父さんの子どもたち。

 こうして夏になるとこちらに遊びに来るのは定番になっている。

 そうして、私の実家、今はフィンだけが住んでいる家に泊まるのも定番の流れだ。


「それで、もしも姉さんも余裕があるなら会いに来るかなって」


 なるほど、それでフィンが連絡してきたわけか。


「ふむ……」


 考えてみる。

 これはちょうどいいのではないか?

 子どもたちが来るとなれば当然その親である叔父さんも来ることだろう、直接尋ねることはできないが、一緒にいれば何かわかる可能性もある。


「そうだな……ちょうど休みをとろうと思っていたところだ、久しぶりにそっちに顔を出すことにしよう」


「あ、そうなんだ」


 そうして私はしばらく実家で休みをとることにした。

 何か情報を得られたら儲けものだし、飛鳥と雛香にも会える。

 きっと神様がくれたチャンスだろう。


 ……まぁ、チャンスどころか、可愛い従兄妹がダンジョンを作っていたという事実を私が知るのはまだ先のことだった。

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