第30話 恋と愛

 雛香は嫉妬心から行動したわけだけど、それが悪いなんてことはない。

 嫉妬の対象であった、里楽さんが悪いわけでももちろんない。

 強いて言うならば……


「僕が一番悪いなぁ」


 実は雛香が寂しがりであることを知っていたのに、雛香のことをかまってあげれなかったこと。

 最近は特に、ダンジョン創作で里楽さんばかりを頼りにしていたこと。

 でも、それ以上に……


「雛香が最近変なことに気がついていたのに、ちゃんと向き合わなかった僕が一番悪いな」


 そもそも、少し前に、雛香と神社の観光に行った時から少し雛香の様子がおかしかった。

 あれも今考えれば、里楽さんという僕に近い女の子が現れたこと、秋田までわざわざ大愛さんのことを助けに行ったこと。


 そういうのが重なって、雛香は焦っていたのだと思う。


 もちろん、自覚をしていない雛香は、普段どおり里楽さんたちと接した。

 里楽さんだって、嫌われるような性格をしていない。


 結果的に仲良くなった。


 だけど、それは嫉妬心がなくなることには繋がらない。

 むしろ、僕との距離が近くなったことで、雛香は知らず知らずのうちに嫉妬心が蓄積していった。


「ほんと……僕が悪いよなぁ」


 ちゃんと雛香の気持ちには気がついていた。

 少なくとも、秋田の神社では雛香の気持ちに向き合おうって決めたはずなのに、恐怖心からきちんと向き合えなかった僕が悪い。


 でも、もう駄目だろう。


 今日、この段階で話すことができたのはギリギリだった。

 このまま放置していたら、爆発していてもおかしくない。


「……雛香、正直に答えてくれ」


 僕は覚悟を決めて雛香に向き直る。そして、僕自身にも向き直る。


「雛香は僕のことが好きなのか?」


「……うん……好き」


 雛香は顔を上げてまっすぐに僕を見る。


「兄として……だけじゃないよな?」


 僕は何を今更聞いているんだ、そんなこと雛香の目を見ればわかるだろう。

 この期に及んで逃げ腰な自分がちょっと情けない。


「うん……雛香は、お兄ちゃんが……ううん、瓜生飛鳥っていう人間が好き」


 対して、雛香はまっすぐに僕を見てそう言った。

 その目には何の曇もない。ただ、まっすぐに僕に好意を伝えてきている。


「兄妹での恋愛が禁忌ってことは……知ってるよな?」


「もちろん、でも……好きなものは好きだからしょうがないよね」


 開き直ったな……


「……はぁ……どうしたもんかなぁ……そもそも、雛香はどうして僕のことなんか好きになったんだ?」


 こう言っちゃなんだけど、雛香はちょっと面倒くさい性格はしているけど見た目はいいし、相手を選ぼうと思ったらいくらでも選べると思うんだが。


「わかんない。気がついた時からずっとそうだったから。きっと遺伝子レベル? で好きってやつだと思う」


「遺伝子レベルかぁ……」


 なんだそりゃ……って笑い飛ばせる空気でもないんだよなぁ。

 どうしてなのか、そんなもん神様に聞いてみるしか答えられないだろう。


「ねぇ、お兄ちゃんは、雛香のこと好きなの?」


「……もちろん、好きだよ」


「……それは妹として?」


「……うん」


「じゃあ……女の子としては?」


「それは……」


 どうなんだろう……妹として好きなことは間違いない。

 だけど、女の子としては……


「考えたことなんてなかった……わけじゃないんだよなぁ……」


 むしろ、僕だって悩まされてきた。


 ここ数年、女の子らしくなっていく雛香。

 それでも、僕にだけ無防備な姿を見せる雛香。

 それを妹だから、なんて笑い飛ばせるならそもそもこんなに悩んでいないんだよ。


 だから、雛香のことを女の子として意識しているのは間違いない。


「……結局僕自身の問題か」


 雛香は素直に自分の気持ちを認めた。

 後は、僕にそれができるかどうかだ……

 周りから、世間から後ろ指をさされる未来を考えて……それでも、雛香のことを好きと言えるのか?


「……」


 雛香は答えを待っている。

 その瞳には僕しか映っていない。

 今までも……きっとこれからもそうだろう……


「はぁ……しょうがないなぁ……」


 この選択はきっとお互いのためによくないのかもしれない。

 でも、


「僕も雛香のことは女の子として好きだよ」


 それでも、この子のことを放っておくことなんてできない。

 兄として? いや、人として、男としてだ。


「……えっ?」


 僕の返事を聞いた雛香はきょとんとしている。


「思ってた返事と違うって顔だな……」


「だって……お兄ちゃんは雛香と違って……常識的だし……」


 常識的と来たか……


「僕が常識的に見えるなら眼科行ったほうがいいぞ?」


 そもそも、本当に常識的な人間だったら、ダンジョンで世界を変えるなんてことは考えない。

 今更後ろ指さされるのくらいわけないさ。


「結局、雛香が僕のことしか見ていないように、僕も結局ダンジョンのことしか見てなかったんだよ」


 それでも、こうして迷うくらいには雛香のことは大切な存在なことは間違いない。


「……お兄ちゃん、本当に……? 本当に雛香の事好きなの?」


「好きだよ……多分……」


「多分って何!?」


 多分は多分だよ。

 雛香のことが好き、大切だって気持ちは間違いない。

 この気持ちが恋心なのか、それとも行き過ぎた兄妹愛なのかはわからない。


「今はこのくらいで勘弁しておいてくれ。そもそも、こっちは雛香と違って自覚したのが最近なんだから」


 歴が違うのだよ、歴が。


「もう、なにそれ!」


 雛香はぷりぷりと怒っている。

 でも、その表情はどこか嬉しそうだ。


「悪かったって、1つなんでも言う事聞くからさ」


 僕も、おどけて謝る。

 さっきまでの空気はもう霧散してた。


「むぅ……そうだなぁ……お兄ちゃん、もう1回だけさっきの言って……」


「さっきのって……」


「ねぇ、お兄ちゃんは、雛香のこと好きなの?」


 それはさっきの雛香の台詞だな……

 その答えは……そうだな……ひとつ試してみようか……


「……」


 僕は無言で雛香を抱き寄せた。

 そして……


「えっ……お兄ちゃ……んっ……」


 無自覚な僕自身にめいいっぱいの刺激と雛香への最大限の愛を伝えて答えとしようか。


 ……いささか刺激が強すぎたのは間違いなかった。

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